第155話 聞いてほしいことがあるんだけど
意外とすぐに習得できるのではないか。
――と思ったが、そんなに甘くはなかった。
「……先輩、これって、本当にできます?」
できる気がしなくなってきたのか、ルークが弱気な顔で聞いてきた。
「……理論上できる。」
「それって本当にできます?」
疑われたブレアは、ふいと顔を逸らした。
そんなことを聞かれても、“理論上できる”としか答えられない。
ブレアにはできなかったが、できると思ったから書いた、リアムもできると思ったから褒めてくれた訳なのだから。
「そういえば、何で先輩にできない無効化魔法が、俺にはできたんですか?」
今更だが、よく考えてみると全く理由がわからない。
ブレアは誰より魔法が得意だ。
どの属性の魔法も、得意な生徒以上に扱えている。
ならば、いくらルークが無属性魔法が得意だと言っても、ブレアを超えることは不可能ではないか。
「君が変なんだよ。無属性魔法との相性が良すぎる。それこそ、得意なんて言葉じゃ表せないほどね。」
「良すぎる?」
確かに他とは桁違いに使いやすいが、そんなに変なのだろうか。
ブレアが得意不得意は誰にでもあると言っていたのに、急に変判定されてしまった。
「そ。普通はこんなに極端じゃないし……いくら得意でも、君ほど使いこなせる人見たことない。」
「えっと……?」
当然のような顔で言うブレアだが、ルークにはよくわからなかった。
そもそもブレアよりすごい魔法が使えたのは無効化魔法だけで、他は至って普通の魔法しか使ったことがない。
伝わらないと思ったのか、ブレアは困ったように眉を下げる。
「数字に例えるとわかりやすいかなぁ。前、得意属性の魔法は一般的に他の1.5~2倍くらい使えるって話したの、覚えてる?」
「すみません全く記憶にないです!」
ルークが正直に謝ると、ブレアは下がった眉を寄せた。
「したよ。僕じゃなくてあれだけど。数学の勉強した時に1.5倍と考えてねって。」
「あ、それは覚えてます!そういう意味だったんですね!?」
細かい内容は覚えていないが、1.5という数字は覚えている。
2倍とは聞いていないし、聞いていた話と少し違うのだが、どちらも合っているのだろうか。
「だから、どんな魔法でも使える状態を100としたら、平均的な人は得意魔法が45で、全部30って感じなの。個人差はかなりあるけどね。」
「因みにですが先輩は?」
ルークはすかさず嬉々として聞いた。
「全部75くらいかな。」
ルークは少し意外な答えに目を見開いた。
ブレアなら100……とは言わずとも95くらいかと思っていたが、意外と自己評価が低い。
「僕はいいんだ。今君の話してるから。」
「そうでした!その例えでいくと、俺はどんな感じなんですか?」
興味関心がブレアの方に傾きすぎて、つい聞いてしまった。
気を取り直して、自分のことを聞いてみる。
「無属性魔法90、ほか10……って感じかな。」
「喜んでいいのか悲しんでいいのかわかりません。」
想像の何倍も偏った回答に、ルークは微妙な顔をした。
90が高すぎることに喜んでもいいのだろうか。
それでも、他が低すぎて泣けてくる。
「微妙だね。でも、僕よりすごいくらい、君は無属性魔法が得意なんだよ。」
「それ、冷静に考えてめちゃくちゃすごいのでは……!?」
「だから変だって言ってるんだよ。」
あり得ないほど極端に偏りがあること。
完璧、と言いたくなるほど無属性魔法を使いこなせること。
どこをとっても、不可解だ。
「それくらい変な君なら、僕ができないことができてもおかしくないってわけだ。」
「よくわか……りました!」
よくわからないが、とりあえずルークならできるかもしれないことはわかった。
「君に足りないのは、魔力とかじゃなくて想像力だと思うな。」
「これめちゃくちゃ難しいですよ……。」
頬杖をついたブレアに言われ、ルークは困ったように息を吐いた。
見えないものを動かすイメージをするのは、かなり難しい。
魔力の流れ自体のイメージはできるようになったのだが、跳ね返すというのがまた難関だ。
「見えないのが難しいなら、基礎魔法の球とかで練習してみる?」
ブレアは頬杖をついていない方の手を上げ、手のひらに火球を生み出した。
「先輩、チョイス考えてください!?水とかあるじゃないですか!」
「そっか。」
ブレアはさっと手を振って、炎を消し去る。
火属性はよくないと思う。
ルークに当たると火傷するし、植物に当たると火事になる。
「……まあ、方法はどうだっていいんだ。魔力の扱いもかなり慣れてきたし、イメージさえどうにかなれば、できるんじゃないかな。」
「本当ですか!?この調子で頑張りますので、待っててくださいね!」
ブレアの言葉に希望を見出したのか、ルークが嬉しそうに笑った。
そんなルークの様子を見て、ブレアは小さく首を傾げる。
「僕、待ってるの?」
「はい!先輩に見てもらうためにやってるので!」
何の迷いもなく答えられ、ブレアは少し目を見開いた。
薄々そんな気がしていたが、本当にブレアのことしか考えていなかったとは。
ブレアに見せたい、といいつつ、少しくらい他の使い道もあると思っていた。
「そんなに頑張らなくてもいいのに。」
「頑張りますよ!俺先輩の助手――じゃないんだった……けど、先輩のこと大好きなので!」
一瞬悲しそうな顔をしたルークを見て、ブレアは「ふーん。」と素っ気ない返事をする。
いつもと変わらない、キラキラとしたシトリンの瞳。
こんな発言でも、やっぱり真剣なのだろう。
「……ねぇ、ルーク。聞いてほしいことがあるんだけど。」
ふっと息を吐いたブレアは、まっすぐにルークの目を見て言う。
なんとなく普段と違う雰囲気を察して、ルークはきょとんとした表情を浮かべた。
「どうしたんですか?」
「驚くかもしれないんだけど……僕ね、」
ブレアは一瞬目を逸らしてから、もう一度ルークの方を向いた。
アメシストの瞳が、じっと見つめてくる。
言葉を紡ぐ唇の動きが、ゆっくりに見えた。
「――好きな人、できたんだよ?告白されたら、付き合おうと思ってるの。」
「え――っ!?」
柔らかく、薄い笑みを浮かべたブレアから、目が逸らせなかった。
綺麗で儚いそれが見られて、嬉しい。
嬉しいけど――
――終わった。と、思った。
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