第149話 探偵みたいでかっこいいかなーて

 そのままあっと言う間に、図書室の前まで来てしまった。


「ちょっーと待ってくださいリサ先輩っ!」


「何ー?ここまで来て普通やめる?」


 ようやくルークから手を離したアリサの手を、今度はルークから握る。

 迷いなくドアを開けようとする手を掴んで止めると、大きな声で言った。


「尾行とか盗み聞きとか、悪趣味だと思うんですよね!」


「しー!中行ってもそんな声だったら、絶対バレるよぉ?」


 アリサは空いている手の人差し指を立てて、口元に当てた。

 慌てて口を塞ぐルークを見て、アリサはにまーっと笑う。


「悪趣味でも、気になるんだよね?」


「気になりますけど……先輩が嫌がると思うんですよ!先輩のプライベートを邪魔するわけにはいきません!」


 ルークは声を潜めてきっぱりと言う。

 確固たる意志のようだが、アリサにはよくわからない。


「聞くだけだからぁ、邪魔じゃないよ?ルーくんが大きい声出さなければの話だけどぉ。」


「確かに!でもやっぱり……。」


 まだ尻込みしている様子のルークに、アリサは困ったように眉を下げた。

 その眉を今度は寄せて、むむむと考え込む。


「……大丈ー夫!ルーくんは、リサと来てるんだから!」


「リサ先輩がいたら大丈夫なんですか?」


 全く意味がわからず、ルークは真顔で首を傾げた。

 大丈夫なら勿論ブレアの様子を伺いたいが、大丈夫なわけがないだろう。


「ルーくん~、うち、面白い本探したい気分だなぁ。一緒に行こ?」


「え?」


 アリサは演技がかった言い方で、白々しく言った。

 脈絡のない内容に、ルークは戸惑っている。


「ルーくんは、うちに誘われたから来ただけ!本見てたら、たまたまゆりゆりの声が聞こえちゃうこともある。なら、仕方ないよねー?」


「そういうものですか……?」


 確かにそれなら仕方がない――気もする。

 アリサの言いたいことはわかるが、本当にそれでもいいのだろうか。

 アリサは今度こそドアを開けると、ルークの腕を引っ張った。


「そーゆーもの!ルーくん、声大きいんだから静かにしてね?」


「わっ……かりました……。」


 普段通りの声で返事をしようとしたルークは、意識して声を小さくした。


 乗り気ではなかったのに、図書室の中に入った途端、目が勝手にブレアの姿を探す。

 以前来た時もそこまで人は多くなかったが、今日は更に空いている気がする。

 これならすぐに見つけられそうな気がするが、ブレアの姿は見当たらない。


「魔導書の棚は奥だった気がするー。行ってみよ。」


「わかりました。」


 すたすたと前を歩くアリサが、突然本棚の影に隠れた。


「先輩、いたんですか?」


「んーん。なんか隠れて行った方が探偵みたいでかっこいいかなーて。」


 ドヤ顔で言うアリサは、すごく楽しそうだった。

 楽しそうで何よりだが、できれば真面目にやってほしい。


 こそこそと移動するアリサを真似て、ルークも同じようについて行ってみる。

 案の定、魔導書や魔法関連の本が置いてある一角に、ブレアとエリカがいた。


 本棚に真剣な眼差しを向けている、ブレアの端正な横顔がよく見える。

 少しきりっとした表情は綺麗で、見とれてしまいそうだ。


「ルーくん、こっち!」


 じっとブレアの姿を見ていると、アリサに手を引かれた。


「覗いてたら、あの先輩と目ぇ合う。仕方ないから、声だけ聴いてよぉ?」


「確かにです。」


 まっすぐ本を見つめているブレアとは対照的に、エリカはブレアの方ばかり見ているようだった。

 離れているとはいえ、ブレアを挟むような位置にいたため、エリカに見つかりかねない。


 丁度ブレア達の見ていた棚の裏辺りに来た2人は、本を選ぶふりをして聞き耳を立てる。


「さっき読んだのは――――で、こっちのが――」


 本を選んでいるのか、ブレアは独り言のように何やら難しいことを言っている。


「それなら、私はこっちの方が気になります。ブレアくん、さっき――」


 完全に独りよがりだと思っていたが、エリカにはしっかり伝わっていたらしい。

 さっきの様子を見る限りでは温度差を感じたが、対等に話せているのだろうか。

 やっぱり、ブレアが楽しいと言うだけある。


「ルーくん、どお?」


「……先輩、お声が小さくて愛おしいです……!」


 口元を押さえたルークは、感動を噛みしめるようにぎゅっと目を閉じた。

 エリカの声よりも、ブレアの声の方が聞き取り辛い。

 ブレアの綺麗な声をもっと聴きたい、と思うが、それ以上に声が小さいのが可愛らしく思える。


「内容わかるかなって意味で聞いたのにー。」


「すみません、まったくわかりません。」


 はっとしたルークは、真剣な顔できっぱりと告げた。

 恐らく成績がいい方であろうアリサにわからないことを、ルークにわかるわけがない。

 日頃からブレアと話していればわかったかもしれないが、諦められているようで、ルークにはこういった話は全くしてこないのだ。


「――――だけど、エリカどうかな。」


「あります、恐らく!」


 半分聞き流していたのだが、エリカ呼びが引っかる。

 やっぱり、普通にエリカと呼んでいるようだ。


「そっか。エリカ、ちょっと顔近づけてくれる?」


 いくつか言葉を交わすと、またエリカと言った。

 妬ける。何をしているのか気になる。内緒話か何かだろうか。

 頑張ったら聞こえないかなと耳を澄ました時、「えぇ!?」とエリカが驚いたような声をあげた。


「そ、そんな……ブレアくん、意外と大胆……。」


「ごめん、嫌だった?」


 照れたようなエリカの声が聞こえるが、ブレアは平然としていそうだ。

 何だか嫌な予感のする台詞だが、一体何の話をしているのだろうか。


「いえ!ブレアくんになら、何をされても嫌ではありませんわ。」


「彼みたいなことを……、ありがと。」


 呆れたように言うブレアはいつも通りのテンションだが、ルークとしてはかなり嫌な想像をしてしまう。

 何の話をしているのだろうか。気になる。もやもやする。


「……リサ先輩、先輩達何してると思いますか?」


 意見を頼もうとアリサの方を向くと、少し目を丸くしていた。


「マジぃ?ゆりゆりって、意外と男の子……?」


「嘘でもいいから、何か別のこと言ってほしかったです……。」


 衝撃を受けたような顔をしていたアリサは、誤魔化すように笑った。

 この状況でも楽しそうに見えるのだが、もしかして、ルークで遊んでいるのだろうか。

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