第148話 寝言は寝てから言おうねぇ

 翌日も、ルークはいつものようにブレアを迎えに3ーSの教室にやってきた。

 ブレアは毎日のようにエリカと放課後を過ごしているが、この習慣は変わらなかった。

 やっぱりブレアはエリカと約束をしているようで、ルークは顔を曇らせる。


「……先輩、図書室行って楽しいんですか?」


 行かないでほしい、という思いが先走って、変な聞き方をしてしまった。

 図書室の魔導書に載っている魔法は、一通りできると言っていた。

 それなのに、毎日通って楽しいのだろうか。


「興味あるのは全部読んじゃったし、1人で行っても面白くないけどね。あの子となら、行ってもいいかなって。」


「そんなにエリカ先輩と喋るのが面白いんですかー?」


 不満そうにルークが聞くと、ブレアは少し考える素振りを見せる。

 何と答えようか迷った後、小さく頷いた。


「うん。結構楽しいよ。」


 ブレアが薄く微笑んだのを見て、ズキッと胸が痛んだ。

 柔らかい笑顔をもっと見たいと思う一方で、そんな顔しないでほしい、などと思ってしまう。

 ブレアはこんなに気軽に、簡単に笑ったっけ。


「エリカ先輩、そんなに魔法詳しいんですか?」


「まあまあかな。実践もそれなりにはできるみたいだよ。」


 ブレアは考えることなく、さらりと答えた。

 思い出すまでもなく、ちゃんと覚えている……いや、それは当然か。


「……俺だって無属性魔法得意です。」


「無属性魔法ね。」


 悔しそうにルークが言うと、ブレアは困ったように首を傾げた。


「行ってくるね。もし帰ってくるのが遅かったら、迎えに来てくれる?」


「……わかりました。」


 離れ難そうなルークに気を使ったのか、ブレアは少し口角を上げて言った。

 図書室まではついていかなくとも、途中までなら一緒に行っても重くないだろうか。

 そう考えてついていこうとすると、廊下でエリカが待っていた。


「ブレアくん!お待ちしておりました!」


 エリカはブレアの姿を見た瞬間、ぱっと腕に抱き着く。

 ルークとしては物凄く離れて欲しいのだが、ブレア本人は、そこまで嫌な顔はしていない。


「ごめんね。先生が今日リリ……カ?さんが何とかって言ってたけど、エリカは予定ないの?」


「えっ――!?」


「大丈夫です!お姉様はデートに行きたがっていましたし、2人でどこか行かれるんだと思いますわ!」


 ルークは驚いて固まっているが、ブレアは特に違和感なく会話を続けている。


(今、先輩名前でエリカって呼んだよな……!?)


 言った。間違いなく“エリカ”と言った。

 ルークですら数回しか呼ばれたことがないのに、さらっと当然のように呼んだ。

 

「僕は行くけど、君は大丈夫?」


「はい、大丈夫です……。」


 ルークの様子がおかしいと思ったのか、ブレアが気を使って声をかけた。

 “君”と呼ばれたことだけが気になって、素っ気ない返事をしてしまった。


「じゃあね。」とブレアが背を向けたのを見て、ルークは一旦教室に入る。

 ガンッと音を立てて、壁に頭をぶつけた。

 かなりの奇行に、多くの生徒が注目する。


「ルーくんー?大丈夫そぉ?」


 すぐに近寄ってきたアリサは、苦笑気味に聞いた。

 よろよろと振り返ったルークが、真剣な顔で言う。


「リサ先輩……先輩を寝取られた気がするんですが、どうしたらいいですか!?」


「寝言は寝てから言おうねぇ、2つの意味で。」


 上手く言ったつもりなのか、アリサはくすくすと笑っている。

 笑いごとじゃない、と指摘する元気もない。


「ごめんごめんー、冗談だって、いい案教えてあげるから許してぇ?」


 ルークの本気を察したのか、アリサは軽い調子で謝る。

 得意気に胸を張ると、アリサはぱちんと片目を閉じた。


「そんなの簡単~!寝取り返せばいいんだよ?」


「寝取り返す?」


 アリサが得意気に言うが、ルークはきょとんとして首を傾げる。

 寝取る、と取り返す、はわかるが、寝取り返す、とは。


「そーだよ、ルーくんがもっと熱ーく甘ーく触れてあげればぁ、『ルーくん、しゅき……っ!』ってメロメロゆりゆり間違いなし!」


「先輩から“ルーくん”とか言われてみたすぎる!……って、俺は!丁寧に慎重に接したいんです!」


 一瞬納得しかけたルークは、慌てて否定した。

 付き合うまで手は出さないと決めているし、なんとなく嫌だし、絶対無理だ。

 メロメロゆりゆり、ちょっと語呂がいいのやめてほしい。


「ええー、ゆりゆりを取り返せてぇ、おまけに依存させるという最強の案だったのに。」


 アリサは不満そうに頬を膨らませる。

 丁寧に慎重に接したい人は初対面で告白などしないと思うが、駄目なものは駄目らしい。


「じゃー、一緒に行って、くっつきそうになったらとめたらいんじゃないのー?」


「それは駄目です!先輩の邪魔はしたくないんですよ!」


 大きな声で否定され、アリサは小さく首を傾げた。

 ブレアとエリカにくっついて欲しくない。けれどブレアのはしたくない。


「それってー……ゆりゆりがあの先輩のこと、好きってことぉ?」


「ぐっ、言わないでくださいそんなこと……。」


 ない、それはないと思っていたのだが……さっきの様子を見ると、否定できない。

 アリサにまで言われたら、本当にそうな気がしてくるからやめてほしい。


「冗談冗談~。ゆりゆりはあの先輩より、アーくんと付き合った方が――」


「それも駄目です!」


「冗談だよぉ。」


 ルークに鋭い目で見られ、アリサは誤魔化すように笑った。

 アリサはあの2人がお似合いだから言っているのだと思うが、ルークだって自覚している。

 アーロンはイケメンで、頭がよくて、魔法もルークより何倍も上手くて、恋愛経験が多くて――考えるだけで嫌になってきた。

 わかっているからこそ、言わないでほしい。


「――ルーくんで遊ぶのはここら辺にして、と。ルーくんは2人の邪魔はしたくない。でも、2人が何をしてるかは、知りたいんだよね?」


 確認するようにアリサに聞かれ、ルークはこくりと頷く。

 遊ばれていたのか!?とは思ったが、アリサの目が意外と真剣で、ツッコめなかった。

 ルークの真剣な目を見つめたアリサは、にこりと笑って人差し指を立てた。


「なら、取るべき手段は――尾行一択でしょ!れっつごー!」


「尾行って……ちょ、リサ先輩!?」


 アリサはルークの手を掴むと、言葉を聞かずに走りだした。

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