第145話 ――声、聴きたかったから……かな

 ヘンリーが出るのを待っているアーロンを、ブレアは困ったような顔で見た。


「何で電話?」


「だってお前、寂しそうだったから……。ホームシック的なヤツかと。」


 きょとんとして答えるアーロンに、ブレアは顔を曇らせる。


「僕は真剣に悩んでたんだけど。」


「悪ぃって。不安なら、本人に聞くのが一番だろ?」


 軽い調子で言うアーロンだが、それができればこんなに困らない。

 聞けば絶対、いいと答えるに決まっている。


 ブレアから見ても、ルークは盲目すぎるところがある、と思う。

 だから本当にブレアでいいのか、客観的な意見を聞かせてほしかった。


「それじゃあ意味がないから、君に頼ったんだよ。」


「それは後な。一旦声聞いてみろよ、ほら。」


 納得いっていないものの、仕方なくアーロンから魔道具を受け取る。

 普段は使用しないため、全く使い方がわからない。

 ブレアが狼狽えている間に、ヘンリーにつながった。


『……兄貴?何、切ってもいい?』


 魔道具から、微かにヘンリーの声がする。


「これ、どうしたらいいの?」


「耳に当てて、あとはフツーに喋れ。」


 そんなことも知らないのか、とアーロンは半ば呆れている。

 ブレアは言われた通りに、魔道具を耳に近づけた。


『兄貴ー?』


「あ、えぇと……僕、です。」


 こちらの声は聞こえていなかったようで、ヘンリーの不思議そうな声が聞こえた。

 ブレアが言うと、ヘンリーが『えっ。』と驚いたように声をあげる。


『ユーリー先輩?どうしたんですか?』


『先輩!?先輩と電話してるのか!?』


 ヘンリーの声をかき消すように、ルークの声が聞こえてきた。

 近くの音しか拾わない仕様になっているのだが、ルークの声が大きすぎて聞こえるようだ。

 普段と全く変わらないオーバーリアクションに、自然と口角が緩む。


『何で……兄貴って、アーロン先輩と先輩が一緒にいるのか!何でお2人が?こんな時間に……?まさかどっちかの部屋だったり!?』


『ルークくん煩いよ?』


 勝手に変なことを想像していそうなルークに、ヘンリーは困ったように注意している。


『すみません、ルークくんに変わっていいですか?』


「う、うん。」


 ブレアが返事をすると、ヘンリーは『失礼します。』と丁寧に挨拶した。


『ルークくん、ブレア先輩と話せるよー?』


『いいのか!?やったー!』


 大袈裟なほど喜ぶ声と、若干の物音が聞こえた。

 ヘンリーが魔道具をルークに手渡したのだろうか。

 無言で待っていると、暫く沈黙が続く。


『……あの、先輩……?』


 それを破るように、遠慮がちなルークの声が聞こえてきた。


「うん……何?」


 ブレアが返事をすると、何かをぶつけたような音が聞こえてきた。


『やばい、本当に先輩だ……っ!』


 感極まっているルークの様子が目に浮かぶ。

 ヘンリーが何かを言っている気がするが、ルークの時ほどはっきりとは聞こえてこない。


『ああ先輩だ!先輩ですよね?うわぁ、先輩だぁ!』


「何言ってるの君。」


 1人ではしゃいでいるルークの声を聞いて、ブレアはくすりと笑った。

 全く意味がわからないが、嬉しいことだけは伝わってくる。


『えーと、先輩、いつもならもう寝てる時間ですよね?』


「うん。消灯直前まで、起きてないといけないんだ。」


『そうなんですね……。』


 気を使っているのか緊張しているのか、ルークの声がいつもより小さい気がする。

 納得したように呟いたルークは、『じゃあ、』と次の話題に続けた。


『どうしてアーロン先輩と一緒に、いるんですか?』


「それは――」


 素直に答えようとしたブレアは、言葉を詰まらせる。

 ルークが本当にブレアでいいのか相談していた、なんて、できれば知られたくない。

 かといって変に嘘を吐くと、面倒なことになる気がする。


「――君の話、してたの。暇だから。」


『えっ、俺の話ですか!?』


 予想外の回答だったようで、ルークの声が大きくなった。

 嘘は言っていないので、ブレアは「うん。」と肯定する。


『そんな、めちゃくちゃ嬉しいです!それで電話を?何か言いたいこととかあるんですか?』


 聞いてくるルークの声が弾んでいて、かなり喜んでいるのがわかる。

 一瞬迷って、ブレアは小さく首を横に振った。 


「……ううん。何も。」


『なら、どうしてわざわざ?』


 不思議そうに問われ、ブレアは「うーん。」と考え込む。

 アーロンにかけられた、と言えばそれまでだが、実際にルークの声を聞いてみて、正直、少し安心した。


「――声、聴きたかったから……かな。」


 そう答えたブレアは、柔らかく微笑んでいた。

 黙って見守っていたアーロンは、驚いたように目を丸くして――その目をニヤリと細めた。


(ルークはこの顔見れねぇとか、勿体ねぇなー。)


『――っ!?』


 ルークが息を呑む。が、返事は帰ってこない。

 待てなかったのか、ブレアはそのまま言葉を続ける。


「ね、僕のこと好き?」


『っはい、勿論大好きです!愛してます!』


「……そっか。」


 力強く言われ、ブレアは静かに目を閉じた。

 そんなこと、とうにわかっている。

 わかっているのに、自然と頬が緩んだ。


「それだけ。ありがと。」


『はい。明日帰ってくるんですよね?何時くらいですか?』


 ブレアの用が終わったのなら、と、今度はルークが質問する。


「いつだろ。8時くらいかなぁ。」


 しおりには軽くしか目を通していないが、それくらいの時間だった気がする。


『夜ですか……早く会いたいです……。』


「うん、僕も……早く会いたいな。」


 ブレアが何気なく返すと、『えっ!?』と一番大きな声が聞こえてきた。

 またしても何かをぶつけたような大きな音がした。


『せせせ、先輩、それって、あの、つまり――』


「じゃあ、また明日。ばいばい。」


 動揺しているルークを放って、ブレアはすぐに電話を切った。

 ふっと息を吐いて、魔道具をアーロンに返す。


「ありがと。」


「どーいたしまして。お前でもんな顔すんのな。」


 魔道具を受け取ったアーロンは、茶化すように言った。

 途中で写真を撮ったりもしたのだが、ブレアは気づいていなさそうだ。


「どうだ?好きって言われたろ?」


「言われた。……正直、ちょっとほっとしたけど……。」


 顔を曇らせたブレアを見て、アーロンは呆れたように顔を顰めた。

 いつも通りの声、いつも通りの反応に、安心した。

 けれどやっぱり、それが間違っているんじゃないかと思えてしまう。


 今は友達同士だが、もし、もしも恋仲になってしまったら――。


「だからー、お前は考えすぎなんだよ。アイツがお前のこと嫌いなわけねえし、付き合いてぇに決まってんだろ!お前が好きなら付き合ってろ。」


「そんな簡単に……!」


 きっぱりと言われ、ブレアは抗議の目を向けた。

 真剣に悩んでいるのに、何だか軽く見られている気がする。


「んなに気にしねえで、男女どっちでもなれてラッキーくらいに思ってろよ。……お前は、『どっちでもないから』って遠慮してるが。どっちでもんじゃなくて、どっちでも、なら、好きに生きればいーじゃねぇか。」


 ブレアが首を傾げたのを見て、アーロンは困ったように考える。

 一瞬眉を寄せてから、再び口を開いた。


「これまで通り、好きにしながら付き合っても、ルークならゼッテーいいって言う。お前がどうしても彼女になりてぇなら、男になるのをやめる、それでいんじゃねーの?」


 アーロンは呆れたように言いながら、紅茶の入ったカップを返す。

 受け取ったブレアは、困ったような顔をしていた。


「本当はどっちだとか、気にしてんのお前くらいだからな?アイツはもう好きになっちまったんだから、性別なんて関係ねんだよ。」


「……本当に?」


 怒涛の勢いで言われ、ブレアは不思議そうに目を丸くした。

 疑っている様子のブレアに、アーロンは深く頷く。


「ああ。確かに、自分の性別を選べるのはお前くらいだが――好きになる相手の性別は、誰でも選べんだよ。男でも女でも、どっちでもなくてもな!」


 アーロンがにかっと笑うと、ブレアはぱちぱちと目を瞬く。

 それから、くすりと吹き出した。


「ふふ、僕に『女だったら〜』とか言う癖に、いいこと言うね。」


「煩ぇ。」


 ふいと顔を逸らしたアーロンを見て、ブレアは笑いながら首を振った。

 励ますためにこう言ってくれたのか、変わったのか、どちらにせよ面白い。


「まあ、アイツとお前見てたら思うよ。そういう細かいこととか、他のこととか気になんねぇくらい――1人を好きになるのも、いいかもなって。」


「そうなんだ。」


 意外そうなブレアの顔を見て、アーロンは何だか気まずくなって目を逸らす。

 誤魔化すように、挑発するようにニヤリと笑った。


「でもよかったじゃねえか。オレが本気だったら、今頃オレのこと好きだったかもしんねーぞ?」


「面白い冗談だね。」


 ブレアが嘲笑うと、アーロンが堪えきれずに吹き出した。


 昼間に言ったように、アーロンのことは、友達としては好きだと気づいた。

 けれど、それとこれとは、違う。


「――僕は、彼だから好きになったんだよ。」


「わかってる。」


 柔らかく微笑むブレアをみて、アーロンは小さく息を吐いた。

 ルークにこの顔を見せるのは、いつになるのだろうか。

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