第144話 うわぁ、ネガルークくん新鮮ー

 修学旅行1日目同様、ルークとヘンリーは2人で勉強をしていた。

 否、している


「……ルークくーん?元気出しなよー?」


 勉強しているはずだったのだが、ルークは勉強などしていない。

 しかも、2日ともだ。


「無理だぁーやる気でないぃ。」


 ルークはベッドにうつ伏せになり、不貞腐れている。

 もうすっかり夜だが、夕方からずっとこうだ。


「そんなにエリカ先輩に言われたことがショックだったの?」


「ショックに決まってるだろ……うぅ、正論刺さる、辛い……。」


 ヘンリーに聞かれ、ルークは顔を伏せたまま嘆いた。


 エリカが何の用だったかと言うと、予想通りブレアの話だった。

 内容を一言で言えば、牽制、だろうか。


「確かに俺はただの友達で!恋人でもなんでもない……。」


「それは前からずっとだよね?」


 今更気が付いたわけでもないだろう、とヘンリーは首を傾げた。


 勿論わかっていた。わかっていたが、断言されると悲しくなる。

 それにルークとしては、束縛と言われたこともショックなのだ。


「ヘンリー、俺って束縛強いかなぁ?」


「緩くはないと思うよ?」


 枕に顔を埋めたルークは、はぁーっと大きな溜息を吐いた。

 ヘンリーが見る感じ、独占欲は強そうだな、とは思う。

 しかしバレンタインのこと等を思い出すと、お互い様な気がする。


「だよなぁ……いざ先輩と付き合えても、束縛強すぎるDV彼氏になったらどうしよう。てか俺本当に先輩と付き合えるのか……?口説きますとか言ったけど、ちゃんと口説けてるのか……?先輩のこと落とせるのか……?」


「うわぁ、ネガルークくん新鮮ー。」


 最近のルークくん、口説いてたっけ?と思ったが、ネガティブを加速させてしまいそうなので黙っておく。

 いつでもポジティブ思考、というかブレアにどれだけあしらわれても凹まなかったのに、こんなにネガティブになることがあるのか。

 何だか気分がじめじめしている。


「仕方ないだろ……こっちは2日も先輩成分接種できてないんだぞ?」


「授業中、カーデに顔埋めてるの知ってるよ?」


「匂いだけじゃ限界がある。洗ったから匂い落ちたし。」


 あれだけ堪能していて、まだ物足りないのか。

 うぅぅ、と唸ったルークが、足をばたつかせた。


「もうそれも今すぐバレたい……『ド変態キモい。匂い消えるように水かけてあげようか?』とか言われたい。はーあ、先輩が帰ってきて今の俺見て『何かじめじめしててナメクジみたい。鬱陶しい。湿度上がるから出て行ってくれる?』とか罵ってくれないかなー。」


「ユーリー先輩って、そんなこと言うっけ?」


 流石の再現度と言うべきなのか、話し方は結構似ている。

 似ているが、いくらブレアでもそこまで毒舌だっただろうか。


「言わないかもしれない、本当に先輩の解像度低い……。先輩が今何考えてるか全然わからない、寝てるか……?」


 完全にネガティブ思考、最早鬱状態のルークを、どう励ませばいいのだろうか。

 ヘンリーが困り果てていると、突然鞄に入れている通信用魔道具が鳴った。


「あー、兄貴だ。ごめんルークくん、ちょっと通話するね?」


「勝手にしてくれぇ。」


 ルークの相手も大変だし、珍しく電話がありがたい。

 完全に無気力状態のルークを放って、ヘンリーが魔道具の通話ボタンを押した。


「……兄貴?何、切っていい?」


 といっても修学旅行中にまで、弟にかけることないだろう。

 普段ならすぐに『何でだよ、切るな!』と返ってくるのに、今日は微かな物音しか聞こえない。


「兄貴ー?」


『あ、えぇと……僕、です。』


 もう一度呼びかけると、ちゃんと返事が返ってきた。

 聞こえてきたのは、兄のものではなく、少し低い女性の声。


「えっ、ユーリー先輩?どうしたんですか?」


「先輩!?先輩と電話してるのか!?」


 ブレアの名前を口にした途端、ルークが勢いよく起き上がった。


「何で……兄貴って、アーロン先輩と先輩が一緒にいるのか!何でお2人が?こんな時間に……?まさかどっちかの部屋だったり!?」


「ルークくん煩いよ?」


 勝手に変なことを想像して勝手に心配し始めたルークに、ヘンリーは困ったように注意した。

 こんなに騒がれては、ブレアの話を聞くどころではない。


「すみません、ルークくんに変わっていいですか?」


『う、うん。』


 仕方がないので、ブレアに直接説明してもらおう。

 ヘンリーは「失礼します。」と丁寧に挨拶し、ルークに声をかけた。


「ルークくん、ブレア先輩と話せるよー?」


「いいのか!?やったー!」


 ベッドから飛び降りたルークは、ヘンリーから魔道具を受け取る。

 すぐに問い詰めるのかと思ったが、何も話さない。


「……あの、先輩……?」


 暫くの無言の後、遠慮がちに言った。


『うん……何?』


 ブレアの声が聞こえた途端、ルークが膝から崩れ落ちた。


「やばい、本当に先輩だ……っ!」


「だからユーリー先輩だって言ってるじゃん。」


 感極まっている様子のルークは、最早泣きそうだ。

 声を聞いただけでこうなるとは、余程限界だったのだろう。


「ああ先輩だ!先輩ですよね?うわぁ、先輩だぁ!」


 かなりはしゃいでいるルークを見て、ヘンリーはほっとしたように笑った。

 ブレアが何と答えたのかは聞こえないが、呆れられていそうだ。


「えーと、先輩、いつもならもう寝てる時間ですよね?」


 深呼吸として心を落ち着かせたルークは、少し声を抑えて聞いた。


「そうなんですね……。」


 気を使っているのか緊張しているのか、ブレアの言葉に小さく相槌を打っている。

 微妙に表情が硬くて、見ていて面白い。

 納得したように呟いたルークは、どんどん話題を繋げていく。


「――えっ、俺の話ですか!?」


 数秒後、急に声を大きくした。

 目を見開いて、いつも通りの大きな声になる。


「そんな、めちゃくちゃ嬉しいです!それで電話を?何か言いたいこととかあるんですか?」


 こんな大きな声で通話すると、ブレアの耳が痛くならないか心配だ。

 ブレアにはルークの姿は見えないのに、過剰に頷いたり、表情を変えている。


「……なら、どうしてわざわざ?」


 きょとんとして聞いたルークは、


「――っ!?」


 と、更に目を丸くして息を呑んだ。

 ここまでリアクションが大きいと、何と言われたのか気になってきた。


「っはい、勿論大好きです!……はい。明日帰ってくるんですよね?何時くらいですか?」


 随分長い間そうしていたルークが、弾かれたように言葉を取り戻す。

 うんうんとブレアの答えを聞いた後、しゅんとしたように眉を下げた。


「夜ですか……早く会いたいです……。」


 寂しそうに言ったルークが、『えっ!?』とまたしても大きな声を出した。

 何故か床に蹲っている。


「せせせ、先輩、それって、あの、つまり――」


 すぐに顔だけ上げたルークが、酷く焦ったような声で聞く。

 が、答えはないまま電話を切られてしまった。


「……はぁー、何だったんだこれ……!」


 暫く呆然としていたルークは、脱力したように床に倒れ込んだ。

 ヘンリーが魔道具を回収すると、ルークはバンバンと床を叩く。


「どうだったのー?」


 呆れたようにヘンリーが聞くと、ルークは外まで聞こえそうなほど大きな声で言った。


「先輩、可愛すぎる~~~~っ!!」


「ああ……よかったね……。」


 飛ぶように起き上がったルークは、ベッドにダイブして足をばたつかせる。

 やっと起き上がったと思ったら、また寝るのか。


「マジで可愛い、最高に可愛い、圧倒的彼女感!俺、先輩と付き合ってたっけ……?」


 嬉しさとブレアの可愛さに感動しているルークは、すっかり普段通りの調子に戻っている。

 ルーク的には、会話のカップル感がすごかったと思う。付き合ってたのではないかと錯覚しかけてしまった。

 顔を赤くしているルークを見て、ヘンリーは少し冷めた目で言った。


「ルークくん、現実は見た方がいいよ……。」


「言うなよそんな事!いつか本当に付き合うからな!?」


 顔を上げたルークに抗議され、ヘンリーは誤魔化すように笑った。

 この様子だけ見ていれば、一生付き合えなさそうだが――


 ――ブレアは今、どう思っているのだろうか。

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