第143話 本当に僕でいいと思う?

 同室の友人に1声かけてから、アーロンはホテルのラウンジにやってきた。

 探すまでもなく、よく目立つ銀色の長髪が目についた。


「よ。待たせたか?」


「別に。……久しぶりに見たけど、弟さんそっくりだね。」


 ソファに座って紅茶を飲んでいたブレアは、アーロンの姿を見て首を傾げた。

 前髪を下して眼鏡をかけていると、一瞬ヘンリーと見間違えそうになる。


「だろー!」


「並ばれると、雰囲気と髪色くらいしか見分けつかないかも。」


「それはねえだろ。顔違ぇし身長とかどうした。」


 嬉しそうに笑ったアーロンは、少し目を丸くしているブレアにツッコむ。

 似ている自覚はあるが、見分けがつかなくなる程ではないと思う。


「つーか、お前来るの早くね?まだ言ってた時間じゃねえじゃん。」


「僕1人部屋だから、暇なんだよね。」


 紅茶を口に含んだブレアは、ほんの少し眉を寄せる。

 あまり美味しくなかったようだ。


「去年までずっと1人部屋だった癖にな。寂しかったり?」


「まあ……ううん、別に。本がないからやることがないだけ。」


 ブレアの答えを聞いたアーロンは、にやにやと笑っている。

 むっとして睨み返したブレアは、ふいと顔を逸らした。


「――んで、何の話なんだ?」


 アーロンは隣に座って、早速本題を切り出す。

 ブレアの反応が面白くて、こうでもしないと就寝時間まで煽ってしまいそうだ。


「えーと……あのさ、うーん……。」


 言い出し辛いことなのか、ブレアは言葉を詰まらせる。

 両手で使い捨てのカップを握り、忙しく視線を彷徨わせた末――


「――ごめん、やっぱり何でもない。」


「はぁ!?」


 相談するのを諦めてしまった。

 無言で待っていたアーロンは、拍子抜けして声をあげる。


「んだよ。何もねぇわけねえだろ?吐け。」


「嫌だ。やっぱり、いい……。」


 きゅっと唇を噛んで俯いてしまったブレアは、まるで子供のようだ。

 困ったアーロンは、じっとブレアを見て、小さく息を吐いた。


「言いたくねぇなら当ててやる。まずルークのことだろ?」


「……うん。」


「変態すぎてキモいとか?」


「違う。」


 俯いたままのブレアに否定され、アーロンは小さく首を傾げた。

 絶対そうだと思ったのに、違ったとは。


「可愛いとか言われすぎてウザいとか?」


「違う。」


「今更身の危険を感じたとか?」


「それは……違う。」


 少しそれっぽい返事が返ってきたが、違ったらしい。


「魔法が全然上達しねぇとか?」


「違う。」


「料理が美味しくねぇとか?」


「違う。」


 簡単に当てられると思ったが、当てられなかった。

 思いつかなくなってきたアーロンは、腕を組んで考え込む。


「……馬鹿が嫌?」


「違う。確かに馬鹿は嫌だけど。」


 考え込んでみると、ブレアはそんな小さなことで悩まない気がしてきた。

 意外と盲目……というか、何気ないことには目を瞑りそうだ。

 となると、もっと大雑把なことだろうか。


「じゃあ何だよ……さてはお前、女の方が好きとか……!?」


「……違う、けど……。」


 半分冗談で言ってみたのに、一番それっぽい反応が返ってきた。


「けど、何だよ?」


 アーロンが促すと、ブレアは少しだけ顔を上げる。

 すぐに俯いて、微かに揺れる琥珀色を覗いた。


「……彼はさ、本当に僕でいいと思う?」


「は?」


 ブレアは絞り出したように、小さな声で言った。

 意味がわからず、アーロンは困ったように顔を顰める。


「彼は、本当に僕のこと好きだと思う?違うな、好きなのはわかってるんだけど……。」


 伝え方がわからず、ブレアは小さく首を振った。

 本当に、心から好いてくれているのは、もうわかっている。


「……僕、彼女って感じじゃないでしょ……?」


 けれどやっぱりブレアは、そこがどうしても不安になってしまう。


「別によくね?アイツは可愛い子よりお前みたいなのが好みだったんだろ。」


「そうじゃなくて。」


 ブレアは一度言葉を止めると、更に小さな声で言った。


「彼女じゃないかもしれないんだよ?」


 アーロンはようやく言いたいことを理解して、「あー。」となんとも言えない返事をした。


 ブレアの性別は、ブレアでもわからない。

 どちらとも言い切れない以上、今はよくても――付き合ってしまったら、やっぱり嫌だと思われるかもしれない。


「ズルいんだよ、もしかしたらわかるかもしれなかったのに、確かめなかったの。ずっと、ただ知りたいって思ってたのに……急に、怖くなったんだ。男だったら、どうしようって……!」


 ずっと、不確定な自分が嫌だった。

 嫌で、自分のことが知りたくて、方法を探していたのに。


 今になって、逃げてしまった。

 その嫌だった“不確定”に甘えてしまったことが、なにより嫌だ。


 唇を引き結んで、じっと紅茶を見つめていると、横から押さえるように手を握られた。

 驚いて顔を上げると、アーロンにカップを取り上げられた。


「震えてんぞ。」


「ごめん。」


 しおらしく謝ったブレアを見て、アーロンは呆れたように溜息を吐いた。

 アーロンは空いている方の手を軽く丸めて、ブレアの顔に近づける。

 そのまま中指でブレアの額を弾いた。


「痛っ!?」


「考えすぎなんだよ。お前が男だろうと女だろうとどっちでもなかろうと、関係ねぇから好きにしろ馬鹿!」


 額を押さえたブレアは、驚いたように目を丸くしている。

 見開かれた紫色の瞳が、水面のように揺れた。


「……好きにできるのは、僕だけじゃないか。君達は、ルークは、そうじゃないでしょ?」


「は?それは……そう、だが。」


 子供のような表情に、アーロンは戸惑って顔を引き攣らせた。

 ブレアの瞳に涙が滲む。


「考えるに決まってる、関係あるでしょ!生まれた時から女だったら、こんなに悩まなかった!初めから男だったら……こんなにしなかったよ!」


「お、落ち着け!泣くなよ、わかったから!」


 瞳を潤ませたブレアは、このまま泣き出してしまいそうだ。

 完全に怯んでしまったアーロンは、慌てて声をかけた。


 ポジティブな意味で言ったつもりだったのだが、悩みを軽視していると思われてしまった。

 どう説明しようか、その前にどうすれば落ち着いてもらえるか。


「わかった、連絡しよう!通信用魔道具持ってきたから!ヘンリーにかければルークも出るだろ!」


「え、何で……待って。」


 必死に考え込んだアーロンは、大きな声で言った。

 記録用魔道具と同じようにポケットに入れていたものを取り出し、ブレアの制止も聞かずにヘンリーに電話をかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る