第142話 魔法のこと、もっとわかるかもしれないから!

 驚いているのか迷っているのか、ブレアはそのまま無言で女性を見ている。

 見かねたアーロンが、ブレアの肩を掴んで女性から遠ざけた。


「ないです。」


「釣れないなぁ。ちょーっとだけだからさ、ね?5分でいいよ。」


 アーロンが冷たく返すと、女性は顔の前で手を合わせた。


「ないです。オレら修学旅行で来てるんで。」


 ブレアが何も答えないので、アーロンが変わりに断る。

 別に時間がないわけでもないが、明らかに怪しい。話すべきではないと判断した。


「修学旅行なの?だから制服なんだ……高校生?」


「そうだが……。」


「いーなーぁー!」


 アーロンが怪訝そうに答えると、女性は急に大きな声を出した。

 図書館では静かにしないといけない、と気づいたようで、慌てて自分の口を塞ぐ。

 誤魔化すようににこりと笑ってから、その手をそっと離した。

 意外と子供っぽい人なのだろうか。


「いいなぁ高校生。JK拝み放題じゃないか!」


「はぁ……?」


 突然よくわからないことを言われ、ブレアは困ったように首を傾げた。

 拝み放題とは。


「JKとか存在が神じゃない!?若いっていいなぁ、私もうおばさんだから合法的にJKと絡めることほぼないんだよ……。遠巻きに眺めることしかできない。」


「え、怖ぇ。」


 ドン引きしたアーロンは、ブレアの肩を掴んで更に後ろに下がらせる。

 今は男の姿をしているが、一応JKなので心配だ。


「正直に言おう、私はJKが好きだ!今も可愛い子の声が聞こえたから覗いてみたいなーと思って来たら、何故か可愛い子はいなくて、君達がいたってわけなんだ。」


 胸を張って言う女性から、アーロンはドン引きして更にブレアを遠ざける。


「帰ります。」


 完全にヤバい人だった。

 アーロンがブレアを連れて出ていこうとすると、女性はブレアの腕を掴んで引き留めた。


「待って待って待って!その本、面白い!?私が書いたんだよ!」


「……そうなの?」


 その一言で、ブレアの興味が一瞬で動いた。

 ブレアが自分を見たのを確認して、女性は得意気に胸を張る。


「そう、私、アズサ・スプラウトっていうんだ。アイシクル王国で魔法学者をやってる。その本にも書いてあるはずだよ?」


 女性――アズサに言われ、ブレアは本の一番最後を見る。

 確かに著者名は“アズサ・スプラウト”となっていた。


「その本、子供にはかなり難しいと思うんだけけど……読めてる?」


「大体は。根本がわからなくて、探していたところですが。」


 ブレアが素直に答えると、アズサは驚いたように目を丸くする。

 アーロンはというと、ブレアの敬語が珍しくて驚いていた。


「言語も微妙に違うのに、すごいね?私今仕事でこっち来てるんだけど、こっちの言葉覚えるの、わりと時間かかったんだよ?」


「これくらいなら。」


「すごいねー!」


 感心したように言ったアズサは、キラキラと目を輝かせた。


「面白いかい?気になったこととか、聞きたいことは?私的には3章あたりなんていいと思うんだ。」


「わかります。僕も似たようなことを考えたことがありますけど、違った結論になっていて面白いです。」


 ブレアはパラパラと本を捲り、目的のページを開いた。

 もう一度軽く読み直すと、別のページを開く。


「僕は、ここが気になりました。気になったんですけど……わからないんです。」


「そうなんだ?」


 ブレアが落ち着いた声音で言うと、アズサは不思議そうに肩を竦めた。


「内容も、言ってることもわかる気がするんです。……けど、聞いたことない言葉が頻出していて、全部は理解できません。」


「あー、なるほど。君がさっき呟いてたので、殆ど合ってるんだがね。」


 ブレアはアズサから目線を外し、もう一度本に目を通す。

 初めて聞くものが当然のように書かれていて、背景がわからない。


「来てみてびっくりしたんだけど、こっちでは魔法の使い方もかなり違うみたいだよね。……君が気になってること、わかるよ。」


 アズサは眼鏡を持ち、ヨロイ辺りをブレアに見せるように指す。

 黒いフレームに、瞳と同色の宝石のようなものがはめ込まれていた。

 不思議そうに見ているブレアに顔を近づけ、アズサは甘い声で囁いた。


「これが魔映石まえいせきマナを魔力に変換する時、媒介になる魔導具だよ。気になるなら、今度ゆっくり教えてあげようか。」


 ブレアの目が見開かれたのを見て、アズサは薄く微笑む。

 いつの間にか用意していたメモ用紙をブレアの手に握らせると、ぱっとブレアから離れた。


「興味があったら、今度そこにに来てくれるかい?」


「5分経っちゃったね。」と言って、アズサは少し残念そうに笑う。

 目を瞬いているブレアと、まだ怪しんでいるアーロンにひらひらと手を振った。


「名前、聞いてもいい?」


「……ブレアです。」


 ブレアが短く言うと、アズサは満足そうに笑った。


「ブレアくんね、覚えた!いい返事を期待してるよ。」


 もう一度手を振って、アズサはそのまま帰っていった。

 変な人だった。というか何だったのだろうか。


「あれは不審者の類でいいのか……?」


 よくわからないまま顔を顰めたアーロンは、何も答えないブレアを見る。

 アズサが去って行った方を見つめるアメシストの瞳は、好機に満ちてキラキラと輝いていた。


「マジかよ……。めちゃくちゃ惹かれてるって顔してんぞ。何、お前変態が癖なの?」


「どういう意味かなそれ。……惹かれてるのは確かだよ。魔法のこと、もっとわかるかもしれないから!」


 深く頷いたブレアは、完全に興味津々なようだ。

 絶対話を聞く、という強い意志を感じる。

 じっとブレアを見ていたアーロンは、呆れたように息を吐いた。


「あの人と会うのはいいんだが……リアム先生についてきてもらえよ。」


「そのつもり。僕1人で列車乗りたくないし。」


 皺の寄ったメモを読みながら、いつもより少し弾んだ声で答えた。

 ならいいか、と思いかけたアーロンは、アズサの問題発言を思い出す。


「あと、行くならその恰好で行け。絶対。」


「……わかった……?」


 しっかりと言い聞かせるように言われ、ブレアは不思議そうに首を傾げた。

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