第140話 ただの、僕の好みの問題かな

 ヘンリーに見送られ、ルークは廊下に出た。

 ルークが出てくるなり、エリカはすぐに口を開く。


「ブレアくんと私が会う時、ついてくるのをやめてくださいません?」


 と、開口一番に不満をぶつけられた。

 にこやかに笑っていたが、ものすごく敵意を感じる。


「嫌です!」


 よく思われていないのはわかっていた。

 が、ルークだってブレアと一緒にいたい。

 ルークがきっぱりと答えると、エリカは少し笑みを引き攣らせた。


「理由をお聞きしてもよろしいかしら?」


「俺が先輩と一緒にいたいからです。それに、先輩1人だと心配なので。」


 ルークとしては、ブレアと四六時中一緒にいたい。

 授業中はどうにか我慢しているのに、放課後も会えないなんて耐えられない。


「心配?出かけるならともかく、校内は安全だと思いますが。」


「それは……し、心配なものは心配なんです!」


 本当のことを言うと、エリカに取られそうで心配だからなのだが、流石に言えない。

 それにブレアは抜けていることがあるので、普通に心配でもある。


「なら、私が気になっていたことを質問させてください。あなた、ブレアくんの何なんですの!?」


「えっ!?」


 力の籠った質問に、ルークは目を瞬いた。

 ブレアの何と聞かれれば――ブレアの何なのだろうか。

 ルークの唯一と言っていい誇りであった“助手”という肩書は、少し前に手放してしまった。


「友達です。」


 となると、これしかないだろう。

 ルークの答えを聞いて、エリカはむっとしたように笑みを消した。


「ただの友達、ですよね?ただの友達がブレアくんの行動を縛るのって、勝手ではありません?」


「勝手……?」


 ルークが反芻すると、エリカは真剣な顔で頷いた。


「そうです、ブレアくんが幼馴染の私や、仮に他のご友人と会う時――わざわざついてくるのは、最早監視・束縛ではないでしょうか?」


 エリカに詰め寄られ、ルークは困ったように少し後退る。

 圧がすごくて、つい萎縮してしまう。


「ブレアくんにだって、あなた無しで他の方と過ごしたい時間もあると思うんです!恋人でもない、家族でもない人がそうしてブレアくんを縛るのは、身勝手なエゴではありませんの?」


「それは……確かに、そうかもしれません。」


 ルークが力なく肯定すると、エリカはぱっとルークから離れた。

 深い青色の目が細められ、にこりと笑顔になる。


「なら、私とブレアくんの邪魔、しないでくださいな!」


 本当は嫌だ。「嫌です。」と答えたい。

 けれどエリカの言うことは一理ある。

 ルークのせいで、ブレアのしたいことができなくなるのは――嫌だ。


「……わかりました。」


 絞り出すようにルークが答えると、エリカは「ありがとうございます。」とお辞儀する。

 そのまま機嫌よく、どこかへ行ってしまった。






 中々衝撃的なことを言ったブレアが、ふっと微笑んだ。

 ばちっと目が合い、逸らせなくなる。


 柔らかく細められたアメシストの瞳の奥は、キラキラと輝いている。

 その視線には、確かな熱がこもっているように見えた。


(……コイツのんな顔、初めて見たな……。)


 たかが2年半、そこまで深い仲ではなかったけれど、よくわかる。

 、と。

 あくまで推測だが、きっとリアムでも、こんな顔は見たことないだろう。


「……ふーん、結構意識してんだな?」


 にやりと笑ってアーロンが言うと、ブレアは小さく頷く。

 素直に肯定され、アーロンはますます驚いた。


「アイツのどこがいんだか。センスねーなーお前。」


「失礼だなあ。僕、人を見る目はある方だと思うんだけど。」


「なら言ってみろよ。アイツのどこが好きなんだ?」


 苦笑したアーロンが聞くと、ブレアは数度目を瞬く。

 普段通りの表情で、「うーん。」と考え込だ末、口を開いた。

 ゆっくりと動く唇に、自然と視線が吸い寄せられる。


「――――ところかな!」


 にこっと笑みを深めて、いつもより少しだけ弾んだ声で言った。

 全く想像のつかなかった、意外な理由だ。

 

「……言ってること違ぇじゃねえか。」


「彼はいいの。気持ち悪くない、むしろ、心地いいんだ。」


 柔らかく微笑んだブレアが、胸の中心に手を当てる。


 最初は、怖かった。胸の奥に突き刺さって、抜けなくなった棘の痛みが。

 怖くて、認めたくなくて、見ないフリをしていたのに。

 無理矢理引き抜こうと、冷たく当たったのに。

 そんな冷たさなんてものともしない熱が、燃え広がって、いつの間にか、全身を巡っていた。


「何が違ぇんだか。」


「何も違わないよ。回数だって関係ない。ただの、僕の好みの問題かな。」


 その熱が、何故か心地いい。


 自分でもわからない、言語化できないことが、アーロンに伝わっただろうか。

 ブレアが不安そうに目を向けると、アーロンはにやりと笑った。


「成程なー。需要と供給が釣り合ってるわけだ。」


「そんな市場経済みたいな言い方……。」


 ブレアが苦笑すると、アーロンも声をあげて笑った。

 面白いことを聞いた。まるで、ブレアではない人の話のようだ。

 それくらい変わったのか、はたまた隠れていただけで、内面はこのようなものだったのか。


「あの鬼供給について行けんのスゲーわマジで。もう付き合っちまえよ。」


「うーん。それもいい、けど……。」


 ブレアは悩むように視線を彷徨わせた後、遠慮がちにアーロンを見つめる。


「……ちょっと、相談乗ってもらってもいいかな。就寝前とか、時間ある?」


「ああ、別にいいんだが……今じゃなくていいんだな?」


 今だって暇なので、念のために聞いてみる。

 少し考えたブレアは、困ったように眉を下げた。


「うん。できたらゆっくり話したいんだ。」


「んなに大事な話?」


 アーロンが苦笑して、小さく首を傾げる。

 ブレアは小さく頷くと、無邪気に笑った。


「そ。大事な友達にしかできない相談!」


 またしてもドキッとしてしまい、アーロンは反射的に目を逸らした。

 誤魔化すように首を振ってから、気まずそうに、横目でブレアを見る。


「……なんだ、その……オレも、友達としては!友達としては割とお前のこと好――」


「あ、ねえ、僕あそこ行きたい。」


「聞けや。やっぱお前嫌いだわ!」


 ブレアはアーロンの言葉を遮って、少し先にある大きな建物を指差した。

 アーロンに悪態を吐かれ、「何で?」と不思議そうにしている。

 好きだ、なんて少しでも思ってしまった自分を殴りたくなった。

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