第139話 僕は君のこと、結構好きだけどな

 2日目は、完全自由行動だった。

 現在地は、国でも有数の観光都市。

 元は商都であったが、最近隣国との交流が増えた影響で、観光都市としても発展したようだ。


 これからは自由時間らしいが、どうしようか。

 特に行きたいところもないし、ここで待っていては駄目だろうか。


「ユーリーさん、一緒に周らない?」


 などと考えていると、見知らぬ人に話しかけられた。

 5人組のグループ。その1人の男子生徒。

 同じ制服を着ているので同級生だろうが、誰かは知らない。

 おそらく話したことはないだろう。


「……僕、1人で過ごそうと思ってるんだ。」


「単独行動は禁止だって先生が言ってた。誰とも約束してないなら俺らと行こうよ!」


 軽い調子で誘われたブレアは、小さく首を傾げる。

 特に行きたいところもなければ、一緒に行きたい人もいない。

 気は進まないが、1人が駄目ならば断る理由がないかもしれない。


「そういうことなら――」


 返事をしようとすると、後ろから軽く肩を叩かれた。


「悪ぃ、コイツはオレと約束してんだよ。」


 振り返ると、いつの間にかアーロンが後ろに立っていた。

 小さく微笑んで、ブレアに声をかけた人を見ている。


「……約束なん――」


 約束なんてしてない。と言おうとすると、素早く口を塞がれた。

 全く記憶がないのだが、アーロンは何を言っているのだろうか。


「っつーわけで、コイツ連れてくわ。じゃーな!」


 若干早口気味に告げると、ブレアを引きずるようにしてその場を離れた。

 少し歩いてからようやく解放され、ブレアはむっと眉を寄せる。


「はぁ、何するの。」


「お前が余計なこと言おうとするからだろうが。助けてやってんだから合わせろ。」


 呆れたようなアーロンに言われ、ブレアは不思議そうに首を傾げた。

 何故助けられたのかわからないようだ。


「嫌なら嫌って言え。何着いてこうとしてんだよ。」


「単独行動がダメなら、仕方ないかなって。」


 アーロンはブレアの答えに意外そうに目を丸くした。

 班学習などでも、大抵「1人の方が楽。」などと言って、組むのを嫌がっていたのに。

 1人は駄目だと教師に注意されても、「何で?」と突っかかっていた気がする。


「気が進まなかったのは事実だし、助かったよ。じゃあ。」


「おい待て、どこ行こうとしてんだ?」


 一方的に告げるとブレアはそのまま立ち去ろうとする。

 アーロンが慌てて引き留めると、不思議そうにされた。


「どこって……特に決めてはないけど。」


「オレを置いてくなよ。」


「え、何で?」


 本気で意味がわからず、ブレアがきょとんとして聞く。

 アーロンは「はぁ!?」と声をあげると、大きく顔を顰めた。


「オレが一緒に行ってやる、っつってんだろ。」


「ああ、そういうことだったんだ。」


 ブレアはようやく納得して、身体の向きをアーロンの方に戻す。

 その場を凌ぐための嘘だと思っていた。

 そういうことなら、と口を開くと、2人の声が揃う。


「「で、どこ行きたいの(てぇの)?」」


 同時に質問し、同時に「「はぁ?」」と声を出した。

 てっきり、友人とだと行けないところに行くためにブレアを誘ったのだと思っていたのに。


「僕は特にないよ。君が行きたいところに行こ。」


「オレも別に。」


 じーっと、お互い不満そうに見合う。

 2人ともはっきりしてほしい、と思っているようだ。

 暫くそうして見つめあった後、アーロンが呆れたように息を吐いた。


「んじゃーテキトーにうろつくか!気になったとこあったら言えよ。」


「わかった。」


 小さく頷いたブレアは、素直にアーロンについて行く。

 横に並ぶと、前を向いたまま声をかけた。


「他の人といなくていいの?君なら彼女さんとか、女の子誘いたがりそうなのに。」


「オレ今彼女いねぇし。ソーユーのやめてんだよ。」


 記録用魔道具で辺りの景色を撮影しながら、アーロンは答える。

 言われてみれば、最近はエマやアリサ以外の女子と一緒にいるところを見ない気がする。

 それでも意外なものは意外だ。


「友達は?」


「いるが。なーんか気分じゃねえっつーか、今はアイツらよりお前と喋りたい気分なんだわ。」


 バツが悪そうにアーロンが言うと、ブレアはぱちぱちと目を瞬く。

 じっとアーロンを見ると、少し俯いて考え始めた。


「……友達って、ずっと一緒にいたい人だと思ってた。」


「なことなくね?ダチは1人じゃねえし。わけるだろ。」


「わける?」


 ブレアが首を傾げると、アーロンはどう説明しようかと考え始める。


「例えば、勉強会するなら同じ教科取ってるやつだし、楽器やるなら、音楽好きなヤツの方が楽しいだろ?」


 アーロンがちらりとブレアに目を向けると、真剣な表情で考え込んでいた。

 唇を引き結んで、無表情で下を見ている。


「なんとなーく今は喋りたい気分じゃねえなとか、なんとなく、今はコイツらといるより他のことしてえなってなることとか、ねえ?オレはある。」


「わかんない。けど……そうなのかなぁ。」


 呟くように返事をしたブレアは、顔を上げた。

 そのままアーロンの方を見て、小さく首を傾げる。


「……なら、君が僕の最初の友達だったのかも。」


「はぁ?どした急に。」


 アーロンが目を丸くして聞くと、ブレアはにこりと微笑む。


「さっきみたいにさり気なく助けてくれるのも、ありがたいし。気楽なんだ。君は、僕に好きって言わないから。」


 綺麗なのに、その笑顔は少し寂しそうに見える。

 伏せられた目を見て、アーロンはわざとそっけなく返す。


「そりゃあ、好きじゃねえから言わねぇよ。」


「残念。僕は君のこと、結構好きだけどな。……あ、友達なら、名前で呼んだ方がいい?」


 エマが名前呼びに拘っていたことを思い出し、ブレアはアーロンを見たまま首を傾げた。

 言葉も相まって可愛いと思ってしまい、アーロンはぶっきらぼうに返す。


「……勝手にしろ。」


「えーっと、君の名前は確か……。」


「覚えてねぇのかよ!?」


 自身の頬に人差し指を当てたブレアに、アーロンは盛大にツッコむ。

 ずっと話しているし、友達などと言うのだから、流石に覚えられていると思っていた。


 くすりと笑ったブレアは、柔らかい表情で再びアーロンの方を見る。


「冗談だよ、アーロン。」


「は――!?」


 アーロンの目がたちまち丸くなり、顔に熱が上る。

 不覚にも、ドキッとしてしまった。

 きつく目を閉じたアーロンは、持っていた魔道具を額に当てた。


「……やっぱやめろそれ。気持ち悪ぃ。」


「は?どこが?最悪!」


 気持ち悪いのはブレアではなく、自分の反応なのだが。

 ブレアは名前を呼んだことだと思い、むっとしたように眉を寄せた。

 なんとか誤魔化そうと、アーロンはあからさまに話題を変える。


「ほら、他のヤツに好きとか言ったらルークが拗ねるぞ。」


「いいよ別に。今の話聞いて、わかったから。」


 ブレアは何だか達観したように、目を伏せて微笑む。

 アーロンはようやくブレアの方を見て、「何を?」と聞いてみた。

 数秒、迷うように目を閉じたブレアは、顔を上げて、どこか遠くを見つめた。


「――彼、僕にとっては、友達じゃないみたいなんだ。」

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