エイプリルフール特別編4 そんなにショックだった?

 前を歩くブレアは、どこか上機嫌に見える。


「アーロン先輩、何で先輩あんなにご機嫌なんですか?」


「知らん。オレにわかるわけねえだろ。」


 ルークが小声で聞くと、隣にいたアーロンは素っ気なく答えた。

 ただでさえ読めない人だ。わかるはずがない。

 好きな物絡みのことならわかりやすいと思うが、髪型に関してはさっぱりだ。


「何で急にイメチェンなんてしたんですか。」


「知らん。オレに聞くな。」


 ブレアの短くなった髪を見ているルークから、アーロンはそっと顔を逸らした。

 上機嫌のブレアとは対照的に、ルークはかなり不満そうにしている。

 やっぱり髪が長い方がよかったのだろうか。


「可愛いですよ?先輩ですから、めちゃくちゃ最高に可愛いですよ?でもちょっと悲しいです……!」


「髪型くらいで、んなに凹まなくてもよくね?」


 本人でもないのに。とアーロンが言おうとすると、「凹んでません!」と強く否定された。

 凹んでいるようにしか見えない。


「……こそこそ僕の話されるの、気分悪い。」


「すみません!」


 ちらりと振り返ったブレアが、少し眉を寄せた。

 ルークがすかさず謝ると、目的のドアの前で立ち止まる。

 てっきり職員室に行くのだと思っていたが、魔法創造学の準備室だった。


「リアム先生、職員室にいるのかと思ってました。」


「普段はそうだけど、今日は僕がいっぱいレポート出したから、ここで見てると思う。」


 そういえば昨日は一日中書いていたな、と思い出しながら、ルークは「そうなんですね。」と返した。

 昨日まで春休みだったのだが、ブレアはずっと何か書いていた気がする。

 たまにしか相手をしてもらえなかったのは悲しいが、長期休みでも一緒にいられただけで幸せだ。


「先生ー。来たよ。」


 軽くノックしたブレアは、返事を待たずにドアを開けた。

 大量のレポートに目を通していたリアムが、少しの間の後顔を上げる。


「どうしたんですか?この時間なら、まだ昼食も食べ――!?」


 ブレアの姿を視界に入れた途端、リアムの言葉が止まる。

 目を丸くしたリアムの手から落ちたレポートが、机の上に散った。


「ど……どうしたんですか?」


「切ってみた。」


 唖然としているリアムに近づき、ブレアは少し微笑む。

 軽い調子で言われ、リアムは焦ったように立ち上がった。


「切りたくなったら言いなさい、といつも言っていますよね!?それにそんなに短く……ディアスさんに何か言われたんですか!?」


「先生!生徒を疑うのはよくないと思います!」


 真っ先に疑われ、ルークは大きな声で抗議する。

 リアムがすごく取り乱しているが、ルークだってかなり動揺した。

 そんな自分をリアムが超えていて、驚いているが。


「別に。邪魔だしなーと思っただけ。」


「魔力保持量のことはよかったんですか?」


 ブレアは元々、長い髪を邪魔だとは言っていた。

 しかし髪にも魔力は溜められるため、ぎりぎりまで伸ばしていたはずだ。


「うん。僕元々の器が大きいから、髪なんて誤差だって気づいた。足りなくて使えない魔法なんてないしね。」


「それは……そうですが。だからといって突然嫌になります?何度も長すぎる、と言った前髪は切らないのにですか?」


 リアムから見れば、後ろよりも前髪の方が優先度が高いように見える。

 目にかかっているし、見るからに邪魔そうだ。


「うん。とりあえず後ろを切ってみた。」


「そうですか……。」


 リアムは諦めたのか、額を押さえて溜息を吐いた。

 切ってしまったものは仕方ない。

 微妙な表情でブレアを見たリアムは、短くなった髪を指で梳く。


「切るなら綺麗に切りなさい。毛先が不揃いでシルエットが崩れていますよ。」


「そう?先生厳しい。」


「今まで貴女の髪を整えていた人は誰でしたか?」


 リアムがにこりと笑うと、ブレアは観念したように目を閉じた。


「先輩、リアム先生が触っても怒らないんですか!?ズルいです!」


 俺も触りたいのに。と抗議してくるルークに、ブレアは何も言わない。

 無視されたルークは、ますます不満そうな顔になった。


「全く……切りたくなったなら私に言いなさい。自分で上手くできると思ったんですか?」


 毛束を分けず、1度に全部切ろうとしたのだろう、かなり切り口が斜めになっている。

 切るのが面倒なら、始めから切らなければいいのに。


「放課後、ここに来てもらえます?整えますので。……ブレア?」


 ブレアが一向に返事をしないため、リアムは心配そうに俯いたブレアの顔を覗き込む。

 髪が短いお陰でよく見える顔は、どうやら笑いを堪えているようだ。


「ふふっ……ちょっと、3人とも面白すぎるよ……?」


「オレ何も言ってねえんだが。」


 肩を震わせていたブレアは、声をあげて笑い始めた。


「2人はともかく、リアムは普通気づくでしょ。そんなにショックだった?ふふ、こんなに短く切るわけないって。」


「え、でも先輩、切ってるじゃないですか。」


 ころころと笑っているブレアに、ルークは戸惑って聞く。

 切るわけないと思っていた。思っていたのに切ったから戸惑っているのだ。

 ひとしきり笑い終えたブレアはルークの方を見て、にやりと微笑む。


「そんなの――」


 言いながら、短くなった髪をさっと払う。

 手の動きに合わせて、銀色の髪がするすると伸びて――元の長さに戻った。


「――嘘に決まってるでしょ。」


「ええええぇぇぇぇぇ本当ですか!?!?」


 大きな声を出したルークが、縋るようにブレアの肩を掴んだ。

 アーロンとリアムも驚いていたのだが、ルークの声が大きすぎてかき消された。


「本当じゃなくて嘘だって。切ってないよ、ほら。」


 ブレアはルークの手を持ち上げて、自分の髪に触れさせる。

 触っていいんだ……と思いつつ暫く髪を撫でていたルークが、突然黄色い瞳を潤ませる。


「よがっだです……!」


「そんなに?なんで半泣きなの。」


 髪を掴んだままじっと見てくるルークに、ブレアは困ったように苦笑する。

 髪を切ったことがショックだったようだが、泣くほど嫌だったのだろうか。


「だって先輩、髪長くて綺麗で似合ってたから勿体ないなって!ヘアアレンジさせてほしかったですし!それに先輩、切ったら俺が喜ぶってアーロン先輩が言ったから切ったんですよね?」


「そんな理由だったんですか!?」


 驚いているリアムをよそに、ブレアはこくりと頷く。

 嘘だとわかっていて、アーロンを驚かせるために切ったが、大体合っている。


「魔法いっぱい使うために伸ばしてたのに、俺ごときのせいで切っちゃったとか申し訳なくて……罪悪感で死にそうでした。」


「そうなの?喜ぶかと思った。」


 ブレアが意外そうに目を丸くすると、ルークは大きく、何度も首を縦に振る。


「そうですよ!そりゃあ、先輩は魔法のことばっかりで全然構ってくれなくて、不満もありますけど!俺のせいで先輩が大事にしてたものを変えることになるのは、違うじゃないですか!」


「うーん、そうなの?」


「そうですよ!」


 ルークが力強く頷くと、ブレアは困ったように首を傾げる。

 未だ髪に触れているルークの手を、遠ざけるついでに握った。


「それはもう、手遅れだと思うけど。」


「え……?何がですか!?」


「嘘。」


 ルークがワンテンポ遅れて聞くと、ブレアはあっさりと答えた。

 本気で心配してしまった。

 ルークはわかりやすいだろうが、ルークにとってブレアは、未だに全く掴めない。

 嘘かどうかなど、検討もつかなかった。


「君、本当は長い方が好きなの?」


「はい。圧倒的ロング派です!」


 思いしたように聞かれ、ルークは大きな声で即答する。

 勿論ブレアならどんな髪型でも可愛いが、ルークは元々ロング派なのだ。

 それに、ブレアは髪が長いのが一番似合っていると思う。


「ふーん。それは、騙されたなぁ。」


 ルークの答えを聞くと、ブレアは柔らかく微笑んだ。

 さっき、ルークが「今の方が好き。」と答えた時とは大違いだ。


「よかった。」


「何がですか?」


「何でも。」


「はぐらかさないでくださいよ!」とルークが抗議すると、ブレアは誤魔化すように笑った。

 もう切らないでおこう、と、そっと元に戻った髪を撫でた。


(よかったぁー、マジでよかったぁぁぁ!)


 丸く収まった様子の2人から少し離れた所で、アーロンはものすごく安堵していた。

 本当に切ったのだと思った。

 ルークに怒られそうだったし、なんならリアムにも怒られそうだった。

 何より、ルークが言うように、軽い気持ちで髪を切らせてしまったことが、少し申し訳なかったのだ。


「すみません、うちの義妹に変なこと言うのやめてもらえますか?」


「すみませんでした。」


 結局リアムに釘を刺されてしまい、即座に謝る。

 この人、笑顔なのに怒ってるの丸わかりだよなーと、どうでもいいことが頭をよぎった。

 ブレア以外、全員嘘が下手そうだ。

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