エイプリルフール特別編3 何で切っちゃったんですか!?

 ヘンリーと別れて、教室に向かう。

 3年の教室が並ぶフロアに着くと、丁度エマとアリサが教室を出ていたところだった。


 少し離れたところにいる2人と目が合う。

 瞬間、アリサが駆け足で近寄ってきた。


「ゆりゆりー!何ソレ可愛すぎ~ぃ!」


「意外と普通だな。もっと驚くかと思ったが。」


 キラキラッと目を輝かせたアリサが、勢いよく抱き着いてくる。

 アーロンはさり気なくよろめいたブレアの背を支えながら、アリサの様子を見て目を丸くした。


「んーん。びっくりしてるよ?でも可愛いからぁ、まずは褒めるでしょ!」


 当然のように言ったアリサは、ブレアに剥がされて少し悲しそうな顔をする。

 歩いて追いついてきたエマも、アリサと同じような反応を示した。


「きゃー、可愛い!似合ってるわよブレア。あ、お揃い、やったー!」


「そうだね。」


 嬉しそうににこっと笑ったエマに言われ、ブレアは小さく頷く。

 エマくらい、と言われて切ったので、当然といえば当然だ。


「髪の長いブレアも勿論綺麗だけど、短いのも素敵ー!ねぇ双子コーデしたいわ。ブレアも編み込みする?」


「それは……遠慮するよ。」


 わくわくした様子のエマに言われ、ブレアは困ったように目を逸らした。

 髪を触られるのはあまり好きではないので、やめておきたい。


「えぇー、絶対似合うのにぃ。んで、何で切ったのー?」


 ツッコまないのかと思ったが、普通に聞かれた。

 イメチェンにしても、普通は放課後にするだろう。

 疑問に思われるのは当然である。


「これに切った方がいいって言われたから。」


「嘘だっただんだがな……。」


 ブレアの簡潔な説明に、アーロンは念のため付け足しておく。

 本気でよくわからない助言をする人になるところだった。


「ブレアが本気にして切っちゃったの?」


「そー。本気にして切っちゃった。」


 真顔でブレアが頷くと、2人は揃って不思議そうな顔をする。

 ブレアがそう簡単に騙されるのも、それで本当に髪を切ってしまうのも意外だ。


「ルーくん、どんな反応するかなぁ?」


「ブレアが遅い~って心配してたわよ?」


 アリサがクスクスと笑うと、エマが教室でのことを思い出して笑う。

 確かに、髪を切ったりしていたため、いつもより教室に帰るのが遅くなっている。


「なら、早く帰ってあげないとね。どんな反応するんだろ。」


 クスリと微笑んだブレアは、そのまま教室の方へ歩き出した。

 アーロンは2人に分かれを告げて、ブレアの隣に並ぶ。


 何故切ったか、と聞かれれば、ブレアはアーロンと答えるだろう。

 ルークのことだし、怒るだろうか。

 ちらりとブレアに目を向けると、ますます下らない嘘を吐いたことを後悔した。


 ブレアが教室のドアを開けると、すぐにルークと目が合う。

 すぐに走って来そうだな、と思ったが、来なかった。

 じっとブレアを見つめて固まっている。


「ただいま。」


 ブレアは自分の席に座って、目の前のルークに声をかける。

 まだ無言でブレアを見ていたルークが、震える口を開いた。


「先輩、可愛……何で切っ!お帰りなさいめちゃくちゃ似合ってます遅かったですね!?」


「うん。つまり何?」


 言いたいことが多すぎて、順序がバラバラになっている。

 ブレアが真顔でいうと、ルークはぎゅっと目を閉じた。

 思考が整理できず、何も言えないようだ。


「どうかな。」


 全く返事が返ってこないので、ブレアから促してみる。

 ルークは机に手をつくと、席を立って身を乗り出してきた。


「近。」


「似合ってます、めちゃくちゃ可愛いです。新鮮すぎてドキドキします。いつもの先輩が魅力的なのは勿論ですが、今の先輩もまた違った魅力があって素敵です。似合いすぎじゃないですか?破壊力高すぎて失明します。」


「そっか。」


 若干食い気味に答えられ、ブレアは少し顔を引き攣らせた。

 さっきはなにも答えなかったのに、驚くほど答えが返ってきた。


「何で切っちゃったんですか!?」


「うーん、あれが『切ったら君が喜ぶんじゃない?』って。」


 問い詰めるように聞かれ、ブレアは正直に答えた。

 ルークにすごい勢いで顔を向けられ、アーロンはすかさず目を逸らした。


「何を根拠にそんなことを……。嬉しいですよ、嬉しいんですけど!!……心の準備が……。」


「心の準備って何。」


 ブレアが怪訝そうに眉を寄せると、ルークは倒れ込むように机に顔を伏せた。


「髪の長い先輩を見れなくなるショックを受け入れる準備と、髪の短い先輩の尊さを受け入れる準備ですよ!ショックキュン死しそうですよ……!」


「意味わかんない。」


 胸辺りを押さえて起き上がったルークを見て、ブレアはますます眉を顰めた。


「そんな軽いノリで切っちゃうんですか……。いや、可愛いですよ、勿論可愛くて最高なんですけど!あんなに伸びるの、年単位でまだまだですよ?」


「わかってるよ。」


 なんだか怒られた気がして、ブレアは煩そうに顔を逸らした。

 ちゃんとわかった上で切ったに決まっているだろう。

 ルークは熱が収まったのか、大人しく椅子に座った。


「……君は、前の方がよかった?」


 ブレアはルークの方に視線を戻し、探るように聞いた。

 ルークはじーっと無表情でブレアを見る。

 そのまま何秒も考え込んで、絞り出すように答えた。


「……今の方が好きです。」


「ふーん。そうなんだ。」


 ブレアは抑揚の少ない声で答えると、ふいと顔を逸らしてしまった。

 思いのほか素っ気ない反応に、ルークは少し戸惑っている。

 好きな人が髪型や服装を変えたらとにかく褒めればいい、とアーロンに言われたのに。おかしい。


 何か間違っただろうか、とルークが悩み始めた時、ブレアが無言で席を立った。

 そのままドアの方へ歩いて行こうとする。


「待ってください先輩!何か気に障ったのならすみません。気の利いたこと言えなくて申し訳ありません!お願いなので一緒にご飯食べてください……。」


「どういう情緒してるの……。先生のとこ行くだけだよ。」


 慌ててブレアを引き留めるルークに、呆れたように言った。

 最近、すぐこう言われる気がするのだが、ブレアはそんなに怖いだろうか。


「どうして先生のところに!?」


「髪見せに行く。絶対驚くでしょ。」


 ブレアが楽しそうにクスクスと笑うと、ルークは少し不満そうな顔をする。


「お昼食べないんですかー?」


「後でね。」


 ブレアがそのまま行ってしまいそうなので、ルークも渋々といった様子で席を立つ。

 ルークがついてくることを確認したブレアは、アーロンにも「行こ。」と声をかけた。


「何でもオレなんだよ。いらねーだろ。」


「絶対『勝手に切らないでください!』って怒られるし。一緒に怒られよ。」


「心底行きたくない理由だな。」


 文句を言いつつ、アーロンは仕方なく立ち上がった。

 絶対アーロンがいた方が怒られると思うのだが、ブレアは気づいていないのだろうか。

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