第137話 保護者さんみたいだね?

 ひとまず、ルークの悩みは解決したようだ。


「……それはそうと先輩、何で事前に言ってくれなかったんだろ……。」


 すると今度は、違った理由で落ち込み始めた。

 修学旅行程の大きな行事なら、1カ月前には知らされていただろう。

 会話も沢山したし、言う機会も何度もあったはずだ。

 それなのに知らされていないとなると、それはそれで悲しい。


「行く気がなかったからではないでしょうか?」


「リアム先生!早いですね?」


 呆れたように息を吐いたリアムに言われ、ルークは目を丸くして顔を上げた。

 普段なら朝休みが終わる頃に来るのに、まだ10分程余裕がある。


「ブレアに、ディアスさんがちゃんと生きているか見ててと頼まれましたので。」


「生きているか!?」


 さらりとリアムが言った言葉に、クロエは驚いたように少し大きな声を出した。

 何だか物騒なワードだ。


「私も必要ないと言ったのですが、『彼なら不安死しかねないから。』と強く言われてしまいました。」


「間違ってはないかもですね……。」


 リアムは溜息交じりに言うと、冗談だろうと苦笑した。

 さっきまでの様子を見ていたヘンリーからすれば、間違ってない気がしてくる。

 そう思うなら教えてあげればいいのに、とルークの方を見ると、何だか嬉しそうな……というかきゅんときたような顔をしている。


「先輩が俺を気にかけてくれた……?」


「わぁ、ポジティブ……。」


 ブレアがルークのいないところで自分の話をしていただけで嬉しい。

 しかも心配してくれていたとなると、非常に嬉しい。


「そうかもしれませんね。昨日、帰り際に言われました。」


「なのに俺には言ってくれなかったんですか!?」


 そうだ。言ってくれない理由の話をしていたんだった。

 と、ルークはハッとしたように叫ぶ。

 舞い上がっていた気持ちが一気に落ちた。


「あの子、行くつもりがなかったんですよ。参加同意書だって全然私に出さなかったので、提出期限日に私から言いました。」


 ブレアは行かないから出さなくていいと思っていたのだろうが、配布物は貰ったその日に出してほしい。

 同意書には行かない場合も提出が必要だったのだが、ブレアは知っていたのだろうか。


「ならその時点で行くことは決まってたのでは?俺言われてません!」


「行かなくてもいいから一度出しておきなさい、と言ったんですよ。行くことを決めたのは昨日のようですね。」


 昨日、準備室にやってきたブレアに行くのかと聞くと、当然のように行かないけど?と返された。


「行かないつもりだったようなので、説得しました。」


 ブレアとの会話を思い出したのか、リアムは柔らかく微笑んだ。

 本当に行きたくないのなら無理に行かなくてもよいとは思ったが、意外と興味がないわけではなかったようなので行かせた。

 最近は少しずつクラスメイトと会話をするようにもなっているようだし、そこまで心配はないいう判断だ。


「心配じゃないんですか?」


「勿論心配ですよ。ですがブレアももう3年生ですから、過保護すぎるのもよくないかと思いまして。」


 心配がないわけではない。

 校外なので傍で見守ることもできない。何かあっても、すぐに駆け付けてあげることはできないのだから。

 しかしそれが“本来のの姿”だと思えば、送り出す他なかった。


「俺は心配しかないんですが!先輩、行事のノリで告白されたり、知らない人にナンパされたりしませんかね……?」


「そんなに心配しなくても、ユーリー先輩ならビシッと断るんじゃない?」


 顔を青くして言うルークに、ヘンリーは笑い交じりに返す。

 告白は全然有り得る話だと思うが、ブレアに限って了承することはないだろう。

 知らない人に関しては、わざわざ学校行事に絡もうとはしないだろう。


「一般の方におかしな声を掛けられることはないと思いますよ。ラングトリーさんのお兄さんも時折様子を見てくださるそうなので。」


「うわぁ、オレも急に心配になってきた。」


 兄の名前を出した途端、ヘンリーの表情がすっと真顔になった。

 3人とも心配しているのに、方向性が全く違う。


「えーと……何だかヘンリーくんとルークくんも、保護者さんみたいだね?」


 困ったように視線を彷徨わせて、クロエが小さな声で言った。

 2人とも年下、ルークに関しては家族ですらないのに、まるで保護者のようだ。


「そうかー?照れる。」


「それでいいの……?」


 ルークが嬉しそうに微笑むと、ヘンリーは呆れたようにツッコんだ。






 修学旅行中の3年生はというと、魔法列車で目的地に移動しているところだった。

 貸し切り状態の車両内は、各々が会話していて賑やかだ。

 そんな中でもブレアは、気にならないかのようにすうすうと寝息を立てている。


「リサー、ブレア起こした方がいいと思う?」


「そろそろ着くらしいし、そうかもー。ゆりゆり、エマちにべったりだねぇ。」


 アリサはエマの隣から、反対の隣に座っているブレアを見る。

 乗車してすぐに眠ってしまったブレアだが、ずっとエマにぴったりとくっついていた。

 肩に頭を乗せるようにもたれかかり、おまけにぎゅっと手を握っている。


「ね。可愛いから、起こすの躊躇しちゃうわ。」


 くすりと笑ったエマは、空いている方の手でとんとんとブレアの肩を叩く。

「起きてー。」と声をかけると、暫くの間の後、ゆっくりとアメシストの目が開いた。


「ん……りあむ……ぅ?」


「リアム先生じゃないわよー?」


 寝ぼけているのだろうかなどと思いながら、エマは優しく否定する。

 瞬きをしたブレアは、虚ろな目でエマを見つめ、ようやくリアムではないことに気が付く。


「――やっ!?」


 ブレアは小さく悲鳴を上げて、飛び退くように立ち上がった。

 さっと胸の前で手を握り、荒くなった呼吸を整えている。


「ごめんなさい、嫌だった……怖かったの?」


 エマも釣られるように立ち上がって、心配そうにブレアを見た。


「あ……違うの、ごめん……。」


 不安そうなエマの表情を見て、すっと頭の中が晴れた気がした。

 絞り出すような声で謝ったブレアは、ふっと短く息を吐く。

 電車の揺れでぐらりと身体が傾き、崩れ落ちるようにしてその場に座り込んでしまった。


「大丈夫!?」


 エマはブレアの傍にしゃがみ、触れようと伸ばした手を――引っ込めた。

 取り乱している様子のブレアに、触れてもいいのかもわからない。


「ゆりゆり、とりあえず座ろ?体調悪いなら寝転んでいいよ、リサ立っとくから!」


 アリサは躊躇いなくブレアを支え、元の席に座らせる。

 深呼吸をして、無理矢理落ち着いたブレアは、潤んだ瞳でエマを見た。


「ごめん……嫌じゃない。むしろ、肩、貸してくれて……ありがと。」


 か細い声で言ったブレアは、もう一度「ごめん。」と謝る。

 ほぼ無意識にああしていた。拒まないでくれたのに、悲鳴をあげたりして申し訳ない。


「いいのよ。本当に大丈夫?」


「大丈、夫。マナ酔いがきつい……だけ。」


 疲れた様子のブレアは、ゆっくりと目を閉じた。


「……そう。着いたらまた声かけるから、無理しないでね。」


 それだけなら、取り乱したりしないでしょ?とは指摘できず、エマはブレアを安心させるべく、無理矢理口角を釣り上げて笑った。

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