エイプリルフール特別編1 ……嘘だったんだが

 隣を歩いているブレアの姿を見て、アーロンは大きく溜息を吐いた。

 最悪だ。今のブレアを見ているだけで、気分が下がる。


「人の顔見て溜息吐かないでよ。失礼じゃないかな。」


「別に顔見て吐いてるわけじゃねぇよ……マジでさぁ。」


 またしても大きな溜息が漏れ、ブレアはむっと唇を尖らせる。

 顔ではないといっても、ブレアを見て溜息を吐いていることには変わりない。

 しかも、ずっとこんな調子なのだ。


「君のせいでしょ?」


 流石に呆れたブレアは、むっとして言う。


「それは……そうなんだが……。」


 不満そうなブレアに見つめられ、アーロンは気まずそうに顔を逸らした。

 何故、アーロンの気分がこんなに沈んでいるのかというと。

 理由は十数分前の、軽い気持ちで発した一言にある。






 4限の授業が終わり、アーロンは隣に座っているブレアに声をかけた。

 特に用事はない。ただ、エイプリルフールなので嘘を吐いておこうと思った。


「なあユーリー、ルークはエマくらいの髪の長さが好みなんだってよー。」


 といっても、ブレアは基本的には知的である。そう簡単に引っかかりはしないだろう。

 どうせ騙されないだろうと思いつつ、適当に浮かんだことを言ってみた。


「ふーん、そうなんだ。」


 案の定、ブレアから返って来たのは素っ気ない反応だ。

 嘘だとわかっているからなのか、それともこの話題に興味がなかったのか。

 ルークの名前を出しておけば関心くらいは得られると思っていたが、ルークほど単純ではなかったようだ。


「そー。」


 ネタバラシには早いかと、短く肯定してみる。

 騙されそうな嘘を吐き直す手もあったが、あまり思いつかなかった。


「へぇ。」


 ブレアは暫く考え込むと、さっと右手振って魔法を発動する。

 虚無から大きめのハサミが現れ、ブレアはそれを握り、長い銀色の髪にかける。


「は、お前、ちょっと待――」


 アーロンが止めようと手を伸ばすが、それよりも早く――ジョキッと音がした。

 長い髪の束が床に落ちる。

 アーロンが唖然としている間に、ジョキジョキと更に何度かハサミの音が鳴った。

 ハサミが音を立てる度に、床に積もった銀色が増えていく。


「……これくらいかな?」


 小さく息を吐いたブレアが机にハサミを置く。

 ようやく顔をあげたアーロンの顔が、引き攣った。


「お前……マジかよ……。」


「見ての通りだけど。」


 ブレアの銀色の髪が、肩より少し上辺りまで短くなっている。

 ブレアはなんてことのないように、少々不揃いになった毛先を摘まんだ。


「え……いや、マジで切ることなくね?」


「言うってことは、そうした方がいいよってことでしょ。」


 短くなった髪を指で梳きながら、ブレアが怪訝そうに眉を寄せる。

 アーロンは盛大に溜息を吐くと、困ったように額を押さえた。


「……嘘だったんだが。今日エイプリルフールじゃねえか……気づけよ。」


「そうだったんだ。」


 小さく首を傾げたブレアは、呆れたようにアーロンを見る。


「あーマジかよ……お前髪型変えたことねぇじゃねえか!切るとか思わねぇよ……!ルーク怒るよなぁ……。」


「わざわざ言ってくるってことは、切れってことだと思って。」


 ブレアは入学してからずっとあの長さを保っていたので、簡単には切らないと思っていた。

 だから安心して嘘を吐いたというのに、本当に切ってしまうとは。

 ルークはブレアの好きな所で、『綺麗で長い髪!』と答えるくらいだし、悲しむのではないだろうか。


「うわぁ、やった。マジでやった。切ってよかったのかよ?」


「うん。気分転換だね。」


「似合う?」とブレアが髪を払って聞いてくる。

 アーロンはまたしても大きな溜息を吐くと、「そうだな。」と短く肯定した。


「……じゃあ、彼に見せに行こうよ。」


「え、嫌だが。」


 席を立ったブレアに見降ろされ、アーロンは即座に否定する。

 断られるとは思っていなかったようで、ブレアは不満そうに「何で。」と聞いた。


「今のお前をルークに見せたくない。」


「どうせ教室帰るんだから。髪が伸びるまで会わないわけにもいかないでしょ。」


 教室に戻れば、ルークが一緒に昼食を食べようと待っているだろう。

 それを回避しても、放課後になれば迎えにくる。部屋だって同じだ。


「だよなぁ……。1人で行ってくんね?」


「君だって弟さん待たせてるでしょ。ほら、帰ろ。」


 ブレアに言われ、アーロンは渋々席を立った。

 ブレアは満足気に頷くと、ドアの方に歩き出す。

 アーロンが横に並ぶと、軽い調子で口を開いた。


「折角だし写真撮る?」


「撮らねぇ。気持ちの整理がついたらそのうち。」


 確かに髪の短いブレアは新鮮だが、撮る気分じゃない。


「残念。」


 ブレアは言葉とは裏腹に、少し微笑んで肩を竦めた。

 心なしか、少し機嫌がいいように見える。

 こっちの気分は最悪なんだがな、と、アーロンはまたしても溜息を吐いた。


 教室を出て、もうかなり生徒の減った廊下を歩く。

 と、突然ブレアが立ち止まった。


「どした?」


 ゆっくりと辺りを見回したブレアは、少し眉を寄せる。


「視線を感じる気がした。」


「何だよソレ。」


 アーロンが顔を顰めると、ブレアはくるりと振り返る。

 特に誰もいない。

 どこかの教室に入ったのだろうか。


「……多分、あの子だと思うんだけど。いないね。」


「あー。エリカ先輩か。」


 もう一度全体を見回したブレアは、少し残念そうに言った。

 エリカとはあまり会いたがっていないのだと思っていたが、会いたかったのだろうか。


「髪、どう思うか聞いてみようと思ったのに。」


「何かノリノリだな?エリカ先輩なら嫌がりそー。」


 アーロンが少し笑うと、ブレアは「そうかも。」と小さく頷いた。


 2人には見つからなかったが、ブレアを見ていたのはエリカだった。

 丁度近くの教室で授業があり、ブレアの姿を見つけたのだが。


(ブレアくん……何で切っちゃったんでしょう……?)


 髪が長い方が、人形みたいで可愛いのに。というか、折角綺麗な髪だったのに。

 と、アーロンの予想通り、ものすごくショックを受けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る