第136話 ルークくんってソユ感じなんだ……

 そのまま誰かに電話を掛けようとしているヘンリーを、ルークは慌てて止める。


「待ってくれ、俺先輩一筋だから!」


「ユーリー先輩がそうしてたら絶対浮気って言うじゃん……。ルークくんがオレ以外と話してるとこ初めて見たよ?」


「しかも女子。」とヘンリーが付け足すと、ロイドは慌てたように立ち上がった。


「ごめん、わたしが声かけたの!悩んでるみたいだったから……。」


「ルークくんはいつもしょーもないことで悩んでるけどね。」


 はは、とヘンリーが笑うと、ルークは納得いかなそうに眉を寄せた。

 しょうもなくなんてないのだが。真剣に悩んでいるのだが。


「流石に電話は冗談だけどね。話してただけってわかってたけど、何かルークくんぐいぐいいってたぽかったから……。」


 そもそもルーク定義では喋ったら浮気なのかと思っていたため、普通に驚いた。

 通信用魔道具を鞄に仕舞うと、ヘンリーは面白そうに笑った。


「そもそも誰にかけようとしてたんだ?」


「兄貴。ユーリー先輩も一緒にいるだろうから。」


 ヘンリーはなんてことないように答え、ロイドが開けてくれた席に座ろうとする――と、ルークに腕を掴まれた。

 驚いて目を向けると、すごく真剣な顔で見られていた。


「どうしたの?……オレ睨まれてる?」


「何で先輩とアーロン先輩が一緒にいるんだ?」


 ブレアは何故早朝からアーロンのところに行ったのだ。

 そして何故ヘンリーがそれを知っているのだ。

 訝しむようなルークに、ヘンリーはきょとんとしたように目を見開いた。


「何でって、当たり前じゃない?」


「当たり前!?まさか……夜這い?」


「スゲー朝。」


 やっぱりすぐ浮気判定するじゃん。とは言えず、ヘンリーはとりあえず根本をツッコんでおく。

 今回ばかりはルークが何を言っているのかわからない。

 同じクラスなのだから、一緒にいて当然だろう。


「だって先輩、俺が嫌で出て行ったのに!」


「うん?ごめん何の話?」


 ルークは心底悲しそうな顔で言う。

 ヘンリーには全く意味が分からず、困ったように聞き返した。


「あの、ヘンリーくんのお兄さんって3年生だよね?」


「そうだよ?」


 恐る恐る、といった様子で確認したロイドは、申し訳なさそうにルークに声をかけた。


「なら普通に修学旅行なんじゃ……。」


「修学旅行!?」


 ヘンリーから手を離したルークは、驚いたようにロイドの言葉を繰り返す。

 特に驚くことではないのではないだろうか。

 少し勢いに驚いているロイドとは対照的に、ヘンリーは察した。


「もしかしてルークくん、知らなかったとか?」


 ルークはダンっと机を叩き、深刻な顔で頷いた。


「全く聞いてない……!」


 ルークはブレアから、修学旅行のことを知らされていない。

 毎日一緒にいたというのに一切話題にすら上がらなかった。

 昨日突然荷物を纏めはじめて、今朝静かに出て行ってしまった。


「修学旅行だったのか……よかったぁー!」


 心の底から安堵したルークは、へたり込むように机に顔を伏せた。

 とりあえず嫌われていなかった。

 ルークが嫌で出て行ったわけではなかった。

 本気で心配していたため、かなり安心した。


「ほら、ロイドさんに心配かけたんだから、お礼言おう。」


「ご心配をおかけしました、ありがとうございますえー……と、ロイドさんって名前何て言うんだ?」


 礼を言おうとしたが、名前がわからなかった。

 ヘンリーが“ロイドさん”と呼んでいるからわかるが、フルネームがわからない。


「失礼だよ!?先輩に名前覚えてもらえない悲しさ忘れたの?」


 あんなに嘆いていたのに自分は忘れるのか、とヘンリーは呆れている。

 ルークは忘れたわけじゃない。聞いたことがないからわからないだけだ。


 自己紹介は寝てしまったため誰のも聞いていない。

 その後はブレアと出会ってしまったため、クラスメイトとの交流はほぼしなかった。

 ブレア一筋で過ごしてきた弊害を、今実感している。


「ふふっ、大丈夫だよ。話したことないから仕方ないよね、クロエ・ロイドです。よろしくね。」


 ふふふと笑ったロイド――クロエは、改まって自己紹介をした。

 しっかりと脳に名前を刻んだルークは、嬉しそうに笑う。


「クロエちゃん!ごめん覚えた、心配してくれてありがとうな!」


「いえいえー。解決したならよかったよ。」


 柔らかく微笑んだクロエに、ルークはもう一度礼を言い直した。


「それはそうと結構本気で女心を教えてもらいたい!心配ついでに頼むよクロエちゃん~!」


「それは……難しいかなぁ。ユーリー先輩攻略には役立たないと思うの。」


 縋るように頼んでくるルークから逃げるように、クロエはさり気なく後ずさった。

 ヘンリーはというと、何だかバツが悪そうに「あー。」と声をあげる。


「ルークくんってソユ感じなんだ……。」


「俺何か変なこと言ったか!?」


 引かれている気がして、ルークは即座にヘンリーを見た。

 うーんと唸ったヘンリーは、小さく首を振る。


「別に。ソーユーキャラだったんだーって思っただけだから気にしないで。」


「どういうキャラなんだ!?え、大丈夫そうか?先輩に嫌われそうだったりしない!?」


 焦ったように問いただされ、ヘンリーは困ったように苦笑した。

 こんな時でも基準はブレアなのか。


「大丈夫なんじゃないかな?怒られはするかもね~。」


「嫌だ嫌だ、先輩に嫌な思いさせたくない!すぐ治すから教えてくれよ~!!」


 ルークはヘンリーの両肩を掴み、揺さぶりながら聞いている。

 クロエは止めようか迷った末、諦めた。


「治さなくて大丈夫だと思うよ、怒ったユーリー先輩も可愛いんでしょー?」


「そりゃあめちゃくちゃ最高に可愛いぞ!でも怒るってことは先輩が不快な思いをするってことだろ!?」


 「教えてくれよー!」とルークが嘆くと、揺らすスピードが速くなった。

 ヘンリーは目を回しそうなのに、ずれないように眼鏡を押さえている。

 非常に申し訳ないのだが、クロエは笑ってしまいそうだった。


「大丈夫大丈夫。ルークくんがいつも言ってるソレを、言われる側になってみるのも気分いんじゃないぃー?」


「それってどれだよ?はっきりしてくれヘンリー!」


「そろそろ離してほしい……。」


 か細い声でヘンリーが言うと、ルークはようやく手を離した。

 やりすぎてしまった自覚はあるが、教えてくれないヘンリーが悪いと思う。


「……ふぅ。頭痛くなりそー……。」


「ごめん。」


 ルークが申し訳なさそうにしゅんと項垂れる。

 見守っていたクロエは、とうとう堪えきれなくなって笑ってしまった。


「ふふふっ、2人は仲良しだね……?」


 ルークは楽しそうに笑っているクロエを見て、力強く頷いた。

 特に意識したわけでもなく、嬉しそうな笑顔になっている。


「当然だろ!俺ヘンリー以外友達いないんだから!」


「当然って、それ言ってて悲しくならない?大丈夫ー?」


 ルークは初め、『楽しい学校生活を送りたい』と言っていた。

 楽しい学校生活に友人はつきものだと思うのだが、それでいいのか。


「少なくても、ヘンリーくんが素敵だからいいんだよ。私もルークくんのお友達になりたいなぁ。」


「是非!やったあ友達2人目~!クロエちゃんよろしく!」


 入学してほぼ半年で2人目の友人ができた。

 かなりスローペースだが、ルークは本気で喜んでいる。


 ブレアが帰ってきたら怒りそうだな、とヘンリーは思ったが、面倒なので言わないでおくことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る