第135話 僕がいないからって変なことしないでよね
毎朝ルークは6時半に目を覚ます。
ぴったり同じ時間に目が覚めるのだ。
ルークの体質というわけではなく、ブレアの魔法によってそうなっている。
強制的に眠らされ、そうなると全く起きられないので、「6時半くらいに起きれるようにしてくれませんか?」と頼んだ結果こうなった。
一通り身支度を終え、朝食と弁当を作り、今日のように学校がある日なら7時40分頃にブレアを起こす。
それから朝食を済ませ、ブレアと一緒に登校する。
最早それがルークの日課になっていた。
――のだが。
「先輩……どういうことですか……?」
ブレアから告げられたことが理解できず、ルークはやっと声を絞り出す。
いつもの如く6時半に目を覚ますと、既にブレアが起きていた。
昨日何故か用意していたキャリーケースの中身を確認したりと、朝から(ブレアにしては)活発に動きまわっている。
そんなブレアを不思議に思いつつ『おはようございます。』と挨拶をすると、衝撃的なことを告げられた。
「言葉通りの意味。暫く帰ってこないって言ってるんだよ。」
何がそんなにわからないのか、と、ブレアは呆れたように腕を組んで繰り返す。
「何でですか!?俺と同室嫌になりました!?俺が何かしたなら謝ります、悪いところがあるなら直しますから!見捨てないでください……!」
「別に見捨てたわけじゃないんだけど……。何言ってるの。」
ブレアはますます呆れたように顔を顰めると、キャリーを閉じて立ち上がった。
「じゃあなんですか、何でどっか行っちゃうんですか?休日とか時間がある日まで待たないってことは、それだけ俺と一緒にいるのが嫌ってことじゃないんですか?もう俺とは顔も合わせたくないってことですか?」
「面倒……
そもそもここはブレアの部屋だ。
ルークが嫌になればルークを追い出す。
話が通じないと判断したのか、ブレアはドアを開けて外に出た。
「僕がいないからって変なことしないでよね。じゃ。」
悲しそうな顔で見てくるルークを一瞥し、ブレアはぱたんとドアを閉めた。
ブレアがいないため、普段より1時間も早く教室に来てしまった。
かなり時間が早いので、誰もいない。
やることがなかったわけではないのだが、ブレアのことが気になって全く手につかなかった。
つまり、登校したはいいものの、何も出来ず。
「……先輩どこ行ったんだろ……。」
自席に座り、ただただブレアのことを考えていた。
寮室よりはマシかと思い登校したが、全然変わらなかった。
「俺何かしたか……?怒らせ――嫌われた?全く心当たりないのやばいよな……。」
誰に話すわけでもなく、ただただ呪詛のように独り言を呟いている。かれこれ30分近く。
帰ってきたらすぐに謝りたいのだが、原因もわからないまま謝っても許してもらえないかもしれない。
「どうすればいいんだ……?」
あれこれ考えていたルークは、とうとう頭を抱えてしまった。
「あー、ヘンリー早く来ないかなぁ!相談乗ってほしい……。」
何でもヘンリーに相談し過ぎている気がするが、ヘンリーくらいしか相談できる人がいない。
リアムに聞いてみるのもありだが、HRまで来ない。
そもそもあまりあれこれ言いすぎると「なら諦めたらどうですか?」の一点張りになる。
「――あの、大丈夫?」
うんうんと唸っていると、遠慮がちに声を掛けられた。
顔を上げると、席の前に女子生徒が立っていた。
かなり時間が経ったため、気が付けば少しずつ人が増え始めている。
セミロングの黒髪に、アイオライトのような灰瞳をしている。
困ったような顔をしていて、落ち着いた印象の子だ。
同じクラスの人だ。名前は――自己紹介の時に寝ていたからわからない。
「……大丈夫じゃない。」
「大丈夫じゃないの!?」
大丈夫と言われると思っていたのか、女子生徒は驚いたように目を見開いた。
少し迷うような素振りを見せてから、ルークの隣に座る。
「えーと、ユーリー先輩のこと?」
「そう。よくわかったな?」
すごい!と目を見開くルークだが、ルークがこうなるのはブレア絡みだと、誰だって予想できる。
女子生徒は少し苦笑して、「どうしたの?」と優しく聞いた。
「……先輩に嫌われたっぽくて。」
「うん。」
「全然心当たりなくて。」
「うん。」
「悲しい。」
「そうなんだぁ。」
重い話かなと思ったら、ものすごくあっさりしていた。
相槌を打っていた女子生徒は、困ったように首を傾げた。
「それって、本当に嫌われちゃったの?」
「本当!先輩、最近はわりと優しかったのに今朝はあっさりしてたし!先輩はお優しいから遠回しに言ってくれただけで、もう俺の顔なんて見たくないんだ……!」
大声で嘆いているルークを見て、女子生徒は困惑しているようだ。
どういう状況か全く理解できない。
「ユーリー先輩なら、嫌なことは嫌って、はっきり言うんじゃないかなぁ。」
苦笑しながら、ようやく当たり障りのないことを言ってみる。
ブレアがどれだけ優しいかなどは置いておいて、自分の意見は――特に嫌なことはストレートに言う人だと思っていた。
『ええー嫌だ。面倒……。』
『疲れるからやりたくない。』
『僕は気が進まないからエマがやってよ。』
と、授業の時だってしょっちゅう嫌なことは拒否している印象がある。
相手がルークでも、それは変わらないのではないだろうか。
「確かに……!でも俺、先輩に嫌って言われたことほぼな――いや、ある。あるけど何か違う!」
「複雑なんだね……?」
混乱し始めたルークに、女子生徒は困ったように眉を下げた。
いつもこの調子なら、難なくコミュニケーションが取れているヘンリーが凄すぎる。
「そう、複雑なんだよ……!嫌って言っても後で嫌じゃないって言ってきたり、嫌がるかと思ってしなかったら『何でしてくれないの?』って怒ったり。俺に女心を教えて欲しい!」
「うーん、ユーリー先輩のことは、わたしでもわからないかも……。」
ずいと詰め寄られ、女子生徒はそっと誤魔化した。
ブレアの感情は、女心以上に複雑だと思う。
そもそもユーリー先輩は女性だったっけ?と根本が気になってしまった。
ルークと話しつつ、ドアから入ってくるクラスメイトのことを気にしていた女子生徒は、「あ、」と声をあげる。
「ヘンリーくん……!おはよう。ごめんね、席借りてた。」
「おはようロイドさん。席は全然いいんだけど……ルークくん。」
女子生徒――ロイドに笑いかけたヘンリーは、一方でルークに冷たい目を向ける。
ヘンリーの方を振り返ったルークは、視線の意味が分からず、不思議そうに首を傾げた。
「おはよう!何だ?」
きょとんとしているルークに、ヘンリーはドン引きしたように言った。
「――ユーリー先輩が留守だからって、他の女の子に走るのは最低だと思う……。」
冷めた声で言ったヘンリーは鞄から通信用魔道具を取り出した。
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