第134話 楽しさ倍増かもしれないんでしょ
外に出て行ったブレアと入れ違う形で、エリカがやってきた。
「アーロンさんっ!ブレアくんいませんか?」
「げっ、エリカ先輩……。」
アーロンの手の力が緩んだ隙に、ヘンリーは先ほどまでブレアが座っていたところに座った。
「その反応、失礼ではありません?ブレアくんも一緒にいると思ったのですが、いないのかしら?」
逃げるように視線を逸らしたアーロンに、エリカは笑顔で詰め寄った。
圧がすごいなあと、ヘンリーはすっかり他人事でコーヒーを啜っている。
「いるぞ。」
「どこですか?見当たらないのですが。」
アーロンは渋々といった様子で外を指差す。
外に出ているとは思っていなかったのか、エリカは意外そうにその方向を見た。
「雪が積もっていますのに、わざわざお外に?」
「雪遊びだってよー。」
アーロンが短く答えると、エリカの視線が鋭くなった。
ブレアだけでなく、エマとルークの姿を見つけたようだ。
何をしているのかはわからないが、ルークがブレアの方へ走って行こうとしている。
「雪遊びを、ブレアくんが、ですか?」
「いや、ルークがやりたがったんだよ。ユーリーも構ってやろうと思ったんだろ。」
エリカの表情が一層険しくなるが、角度的にアーロンには見えていない。
エリカはじっと、睨むようにルークを見た。
四六時中ブレアに着いてまわっているだけでなく、ブレアに構われるとは。
結局、一体彼は何者なんだ。
何を持っている?ブレアのために何をした?――彼の何が、ブレアを惹きつけた?
「――ブレアくんは、あの人のことが好きなんですか?」
「好きなんじゃねえの?じゃなきゃアイツがあんな顔するかよ。」
遠いためよく見えないが、2人はかなり仲がよさそうに見える。
他人の距離感ではない。友達にしても、近すぎる。
「……そうですか。」
エリカは小さく呟くと、きゅっと唇を噛んだ。
かなりご立腹の様子を見て、ヘンリーはさり気なく席を外す。
(あの人、何かルークくんに似て……いや、ただのヤバい人かも?)
明らかに不機嫌になったエリカを横目で見て、ヘンリーはあることを察した。
――兄貴、絶対余計なこと言ったな……。と。
一方でルークはと言うと、エマと雑談を交わしながら雪だるまを作っていた。
ある程度大きくなった雪玉を2つ重ね、石や枝で顔を作る。
「おおー!めちゃくちゃすごいじゃないですか!」
「可愛くできたね!やった!」
完成した雪だるまを見て、2人揃って嬉しそうに笑った。
かなり大きな雪だるまで、高さが肩くらいまである。
「ルークくんが張り切って大きくしちゃうから、大きさ合わせるの大変だったわ。」
「すみません、楽しくて……。」
くすくすと笑ってエマが言うと、ルークは照れたように頬を掻いた。
エマはちょっと小さな雪だるまが作れればいいな、くらいだったのだが、いつのまにか大作になっていた。
「本当に好きなのねー!ルークくんが楽しそうだから、私もますます楽しくなっちゃった!」
「だってめちゃくちゃ楽しいじゃないですか!先輩もやったら楽しいと思うんですけど……!」
「そうねー。」
落ち込んでしまったルークを、エマはにこにこと笑ったまま慰める。
さっきまであんなに楽しそうだったのに、勝手にブレアの名前を出して落ち込み始めた。
「ブレア、ルークくんがこれだけ言っても断るのね。」
「そんなに雪嫌なんでしょうか……。」
少しくらい相手をしてあげればいいのにな、なんて思いながら、エマは考える素振りを見せる。
一緒に説得しに行っても無駄だろうか。
「もう1回雪合戦したいのでアーロン先輩誘ってきます!エマ先輩もや――」
無理矢理気持ちを切り替えたルークが言うと、後ろから雪玉をぶつけられた。
素早すぎてかなり痛い。声をあげたルークが衝撃で倒れ込む。
「今の雪玉殺意ないですか!?しかも頭……て、先輩!?」
頭を擦りながら起き上がったルークは、飛んできた方に目を向けて――嬉しそうな笑顔になった。
少し離れたところにいるブレアが、上げていた右手をすっと降ろす。
気恥ずかしかったのか、腕を組んでそっぽを向いた。
「先輩もしますか!魔法使うのは反則だと思いますよ!」
「しない!なんとなくムカついたからぶつけただけ。」
ますます顔を背けたブレアを見て、エマはくすりと笑った。
「ブレアってば、素直じゃないんだから!」
「何のことかな。……え、ちょっと、走ったら滑るよ!?」
微笑ましい、などと思われていそうで癪だ。
ちらりと横目でエマを見ると、ルークが走って来ていることに気が付いた。
注意しながら後ずさろうとすると、自分が足を滑らせてしまう。
「ひゃっ。」
慌てて速度を上げたルークは、ブレアを庇うべく抱き寄せる。
結果、同じく滑って、2人揃って倒れ込んでしまった。
「うぅ……だから滑るよって言ったじゃないか。」
「先に滑ったの先輩じゃないですか!怪我してませんか?」
顔を上げたルークは、心配するように下敷き状態のブレアに声をかける。
ゆっくりと目を開いたブレアは、「大丈夫。」と小さな声で答えた。
「大丈夫ですか?ならよかったです……。あっ、すみません退きます!!」
ブレアの姿を見ると急に恥ずかしくなり、頬を赤くしたルークは飛び退いた。
「制服も髪も濡れたし……最悪。」
「すみません。」
立ち上がって雪を払っているブレアに、ルークは正座で謝る。
座ったら濡れるのにな、と思いつつ、ブレアは呆れたように溜息を吐いた。
「絶対冷えるよ。立った方がいいんじゃない。」
「すみません……。先輩、今日はあったかかったですね。」
ルークが触れた時の体温を思い出して、照れたように言う。
ブレアは平熱が低いようでいつもひんやりとしているのだが、さっきは少し温かかった。
「君が冷たくなってるんでしょ。マフラーくらいしたらどうなの。」
「すみません。」
何も言い返せないのか、ルークはひたすら謝っている。
夢中すぎて寒さも気にならないのか、とブレアは呆れたように眉を寄せた。
「そんなに楽しいんだ。まだ続けるの?」
「はい!」
再び溜息を吐いたブレアは、自分のマフラーを解いた。
それをルークの首にかけると、手早く巻く。
「これ、使っていいよ。貸してあげる。」
「え、いいですよ!先輩が冷えるじゃないですか!」
「頬も、鼻も耳も真っ赤な人に拒否権はないよ。」
それは先輩が可愛いからもあるんですが……。
とルークが反論する前に、ブレアはマフラーから手を離す。
踵を返すと、校舎の方へ歩き始めた。
「じゃあ、僕一旦戻るね。」
「先輩も一緒に雪遊びしませんか?」
ダメ元で引き留めると、ブレアが振り返った。
寂しそうな顔をしているルークを見て、クスリと笑う。
「そんな顔しないでよ。コート取って来るって言ってるの。」
「……つまり、遊んでくれるんですか!?」
ルークの目が、期待でキラッと輝く。
ブレアは恥ずかしそうに俯いて、その後、しっかりとルークに目を合わせた。
「君と一緒なら、楽しさ倍増かもしれないんでしょ。」
ブレアはにこりと微笑んで、校舎の方に戻っていく。
一連を見守っていたエマは、きゃー!と小さく歓声をあげた。
「よかったわねルークくん!」
エマが声をかけると、突然ルークが膝から崩れ落ちた。
マフラーを握って、顔を隠すように上げている。
「大丈夫!?どうしたの?」
近寄ったエマが声をかけると、ルークは蹲ってしまった。
「すみません……色々嬉しくて、追いつきません……!」
マフラー貸してもらった、巻いてもらった、遊んでくれる、笑いかけられた、俺の言ったこと覚えてくれてた……!
と、喜びを噛みしめて悶えている。
エマが笑顔で見守っていると、ブレアが返ってくるまでこうしていた。
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