第133話 お前に全力かけてさえなければ

 そうして半強制的に外へ連れ出されたアーロンは、ものの30分ほどで昇降口に戻ってきた。


「お疲れ様?」


「……マジで疲れたわ。アイツ体力馬鹿すぎんだろ。」


 ソファに座って外を眺めていたブレアは、ちらりとアーロンに目を向ける。

 ブレアなら寮に戻ると思っていたが、意外と気になるのか、ずっとここで待っていた。


「意外と早く解放してもらえてよかったじゃないか。」


「エマが来たからな。雪だるま作りてぇらしい。」


 呆れたようにいいながら、倒れ込むようにブレアの隣に座った。

 エマもルーク程ではないが、雪遊びが好きなようだ。

 一旦家に帰って防寒具を取りに行っていたらしい。


「そこ弟さんが座ってたから怒るかもよ。」


「マ?ヘンリーも来てたのかよ。」


 はあっと息を吐いたアーロンは、意外そうに目を丸くした。

 そのわりには、見回してもヘンリーの姿は見えない。


「うん。なんかちょっと席外しますねって。僕が暇しないようにかな、色々話してくれたよ。」


「いい子だね。」とブレアが付け足すと、アーロンは得意気に胸を張った。


「だろー!オレの弟だからな!」


「君とは似ても似つかないって意味だけど。」


「おい。」


 どれだけ弟が好きなんだ、とブレアは呆れたように眉を下げた。

 そういえば同室だった時、何度もヘンリーに電話をかけていた気がする。


「冗談だよ。君も何だかんだ言って優しいもんね。」


 不満そうなアーロンを宥めるつもりなのか、ブレアはくすりと笑って訂正する。


「はいはいありがとーございますよっと。いやでもマジでヘンリーはいい子すぎる。ソーユーとこオレに似てない、優しい可愛いよな。」


「うわぁ、ブラコン……。」


 嬉しそうに話すアーロンに、ブレアは若干引いている。

 確かにいい子だと言ったが、可愛いとは言っていない。


「煩ぇ。いいヤツなのは事実だろ。もっと自信持てばいいと思うんだがなぁ……。」


「それは僕も思った。魔法が苦手みたいだけど、彼が成功するイメージを掴めてないだけで、資質は申し分ないんだよ。」


 ソファーにもたれかかったアーロンは、「だよなぁ。」と不思議そうに言った。


「マジで何でんなに自信ねぇんだろうな。お前スゲーんだから自信持てよっつったらフルシカトされんだぞ。」


「ふーん。」


 本気で疑問に思っている様子のアーロンだが、原因は彼にあるのではないだろうか。

 ヘンリーとは授業くらいでしか話さないが、その中ではそう感じた。


「テキトーに相槌打ってりゃいいと思うなよ?」


「ごめん。ちょっと面倒だなって。」


 1番身近にいたはずのアーロンが気づいていないのなら、気のせいかもしれない。

 どちらにせよ、ブレアから言えることは何もない。


「自分から言い出しただろうが。……にしても、ここも普通に寒ぃな。」


「入口閉めたらかなりましだよ。それでも、防寒具必須だけど。」


 ブレアがさっと手を振ると、大きな音を立ててガラス戸が閉まった。

 普段開いているはずなのに閉まっていると思ったら、ブレアが閉めていたのか。

 ブレアはアーロンから視線を外し、外に目を向ける。


「……ねえ、最近あの2人仲良くない?」


「あの2人って――エマとルークか?」


 遠くで遊んでいるルークとエマを見て、ブレアは少し不満そうに言う。

 今はブレアが相手をしてあげないから2人で遊んでいるのだとわかるが、今だけではない。

 最近、2人でいることが増えた気がする。


「あー。エマは誰とでもああだろ。」


「エマはね。彼は?」


 小さく頷いたブレアに、アーロンは軽い調子で返す。

 ブレアは納得はしたものの、まだ不満そうだ。


「ルークは……いや、アイツは知らんけど、そうなんじゃね?友達多そうなキャラしてるだろ。お前に全力かけてさえなければ。」


「そうなのかなあ。」


 そんな言い方をされると、振り回していたことが少し申し訳なくなってしまう。

 確かに2人とも明るい性格をしているし、気が合うのだろうか。


 無言で2人を見ていると、ヘンリーが戻って来た。


「お待たせしました。……うわ、兄貴帰ってきてるじゃん。」


「うわって何だよ。」


 アーロンを見るなり顔を顰めたヘンリーは、「冗談。」と苦笑した。

「どこ行ってたの?」とブレアが聞くと、ヘンリーは持っていた缶飲料をブレアに見せる。


「温まるかなと思って買いに行ってました。ココアとコーヒーどっちがいいですか?」


「どっちでもいいよ。君がいらない方で。」


 ヘンリーは少し迷った末、ブレアにココアを手渡した。

 ブレアは受け取った缶を両手で包むように握った。


「あったかいね。ありがと。」


「オレが寒かっただけですから。兄貴のはないからね。」


「お前で暖取るからいい。」


 ふいと顔を逸らしたヘンリーは、よくわからない答えを出した兄に顔を顰めた。

 缶を開けると、アーロンの爪先を軽く蹴る。


「オレのこと何だと思ってるの。そこ座りたいから退いてー。」


「はぁ?上来いよ。」


 アーロンが自身の膝をぽんぽんと叩くと、ヘンリーは一層顔つきを険しくした。


「……立った方がマシ。」


「何でだよ!オレのこと嫌いか!?」


 うん、とヘンリーが躊躇いなく頷く。

 むっと眉を寄せたアーロンは一旦立ち上がると、ヘンリーの腰に手を回して無理矢理座らせた。


「兄孝行しろや。お前あったけぇよなー。」


「兄孝行されたいならまずそのブラコン治しなよ。」


 コーヒーが零れないかと焦ったヘンリーは、ほっと息を吐いて言い返す。

 すぐに離れてやろうと思ったのに、それを見越してかぎゅっと抱きしめられていた。


「ブラコン言うな。え、お前最近食ってる?痩せてね?」


「1キロしか変わってないよ?怖ぁ……触んな。」


 ドン引きしたヘンリーは、胴を触ってくるアーロンの手を叩いた。

 殆ど変わっていないと思うが、どこからその変化を感じ取っているのだろうか。


「もっと食えよ、お前ちまいから消えてなくなんじゃねえの?」


「何言ってるか全然わかんない……。」


 本気で心配しているアーロンを見て、ブレアは困ったように苦笑する。

 ブラコンの考えは到底理解できないようだ。

 下手をすればリアムより怖いかもしれない。


「はいはい食べてる食べてる。兄貴のストレスなんじゃないのー。」


「はぁ!?え……オレ、何かした?」


「ウザい。」


 適当にあしらったつもりなのに、本気にされてしまった。

 面倒だなあとヘンリーが溜息を吐くと、ブレアがココアを机に置いて席を立った。


「ユーリー先輩、どこか行かれるんですか?」


「うん。君達楽しそうだから邪魔しちゃ悪いし、僕も外行ってみるよ。」


 ヘンリーは全く楽しくないどころか、むしろ止めてほしいのだが。

 そうは言いつつ、本当はブレアもルークと遊びたいのかもしれない。


「……はは、オレ達この辺いるんで、どうぞ行ってきてください。」


「何笑ってるの。」


 思わず笑ってしまったヘンリーに、振り返ったブレアは不満そうに返す。

 怒られたのかと思ったがブレアの表情は意外にも柔らかかった。

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