第132話 授業中の暇つぶしには丁度よかったねって

 断られたが、ルークはやっぱりブレアと雪遊びがしたい。


 もう1度頼んだら了承してくれたりしないだろうか。

 なんて思っていたのだが、それ以上の問題が浮上した。


「……先輩、楽しそうですね?」


「うん、ちょっと楽しい。」


 不満そうに見つめてくるルークに、ブレアはあっさりと答える。

 かなり楽しいようで、少し口角が上がっている。


「俺とは遊んでくれないのに、アーロン先輩とは遊ぶんですか!?」


「オレとも遊んでねえよコイツは……オレ遊んでんだよ!」


 アーロンが苛立ちの伝わる声で反論すると、ブレアは小さく頷いた。


「そ。コレで、遊んでるの。」


 ブレアは機嫌よく答えて、すっとアーロンの頬を撫でるように触れた。

 アーロンはすかさず、反射的にブレアの手を払う。


「冷て、ぇって!?マジでいい加減にしろよお前なんなの?オレのこと好きなの?」


「嘘ですよね先輩!?」


 キツくブレアを睨んで、アーロンが裏返った声で言う。

 冗談で言ったつもりなのだが、ルークの顔が一気に不安に染まった。


「少なくとも普段の君よりはかなり、ね。」


「普段のオレがんなに嫌いかよ。」


 にこっと微笑んだブレアは、きゅっと両手でアーロンの手を握った。


「普段の君が嫌とは言ってないよ?ただ今日の君は――」


 ブレアが笑みを深めると、握った手のひらに薄い氷が張った。


「授業中の暇つぶしには丁度よかったねって。」


 アーロンが手を振り払おうとするも、できない。

 魔法で握力を補正しているようだ。


「マジでお前ない!ねぇわガチで離せよ変態ドSっ!」


「そこまで言わなくてもよくない?」


 クスクスと笑いながら、ブレアは案外すんなり手を離した。

 極度の寒がりであるアーロンには、今日はかなり嫌な日であるらしい。

 朝から寒い寒いと嘆いている人がいれば、勿論冷やしたくなるわけで。


「ゆりゆりぃ、それ1日中やってるね?アーくんのこと好きすぎぃ~?」


「暇だったからね。丁度いい玩具があって嬉しい。」


 いつの間にか後ろに来ていたアリサがぎゅっと抱き着いてきた。

 さり気なくアリサをはがしながら、ブレアは当然のように答える。


 魔法以外の授業には何ら興味はないし、魔法関連の授業も、8割程は意味をなさない。

 故に、ブレアは授業中、基本暇なのだ。

 今日は授業中もこうしてアーロンにちょっかいをかけて遊んでいた。


「首触ってきたり氷服ん中にぶっこむのの何が楽しんだよ!」


 隣の席な授業では、そのやたら冷たい手で触られる。

 席が離れた授業だと魔法で小さな氷を服の中に入れてくる。

 繊細なコントロール術の無駄遣いだ。


「それは別に楽しくない。声ださないように我慢してるのとか、つい反応して怒られてる君を見るのが楽しい。」


「正真正銘のクズじゃねえかよ。いい加減にしろ性悪野郎。」


 楽しそうに笑っているブレアを、アーロンは顔を顰めて睨む。

 ブレアにはまったく反省する気がなく、それ久しぶりに言われたな、などと言っている。


「先輩……俺よりアーロン先輩“で”遊ぶ方が楽しいですか!?俺で遊んでくださいよ!」


「君授業中いないし。寒いの平気でしょ。」


 ブレアは呆れたような顔でルークの姿を見る。

 2月だというのに、雪が降っているというのに、シャツの上にブレアのカーデを着ていて、ブレザーは来ていない。

 物凄く寒そう、というか、この季節にブレザーを着ていないのは彼くらいではないだろうか。


「全然平気――いえ、寒いです、めっちゃ寒いです、アーロン先輩より寒がってみせます!」


「ルーくんは寒いならブレザー着たらいいと思うよ~?」


 ルークはブレアに遊ばれたい(?)がために見え透いた嘘を吐いている。

 誰もが思っていたであろうことを、アリサが躊躇いなく指摘した。

 寒くなくても流石にブレザーを着た方がいいと思うのだが、ルークはきっぱりと否定した。


「嫌ですよ。先輩の服が見えなくなるじゃないですか!」


「意味わからないんだけど。あげなきゃよかったかなあ。」


 はあっと息を吐くブレアに、ルークは「そんなこと言わないでください!」とブレアに詰め寄った。

 その間もペタペタとアーロンの頬やら首筋やらに触れていて、ルークはかなり不満そうだ。


「あーもういい加減にしろお前ら!マジで!」


 ばっとブレアの手を強く払い退けたアーロンは、フードを被って机に伏せてしまった。


「防御姿勢が初等学生なんだよねぇ?」


「それ防御だったんだ。」


 茶化すようにアーロンを突いているアリサに、ブレアは呆れたように眉を下げた。

 魔法なら直接服の中に氷を出せるから、意味がないのだが。


「失礼します。……兄貴何してるの?」


 丁度よく入って来たヘンリーは、顔の見えない兄を見てあからさまに顔を顰めた。

 微妙な顔で一同を見回したヘンリーは、すっと真顔になった。


「兄貴、面白いからってユーリー先輩に変なことしちゃ駄目だよ……?」


「何でだよ明らかにオレがされてるだろうが!」


 迷いなくアーロンに近づいたヘンリーは、乱暴にフードを捲った。

 髪が崩れるからやめてほしい、と、アーロンは抗議の目を向ける。


「うーん、確かに。でもそれ、兄貴が何かしたからこうなってるんでしょ?」


「してねえよ!?全責任オレにあって当然みたいな言い方すんのやめろ!」


 弟にどんな人間だと思われているのだろうか。

 今回は本当に何もしていない。


「アーロン先輩が先輩に気に入られたんだよ!ズルくないか!?」


「……そんなことある?」


 ルークが悔しそうに言うと、ヘンリーはますます顔を顰めた。

 何がどうなっているのか全くわからない。


「アーロン先輩が雪合戦してくれたら許します。」


「だからオレ何も悪くねぇって。嫌に決まってんだろ寒ぃ。」


 ぷいと顔を背けたルークに、アーロンは怪訝そうに返す。

 本当はブレアと雪遊びがしたいのだが、とりあえず妥協するらしい。

 1回遊んで、改めて誘い直すのだろうか。


「ルークくん可哀想だししてあげたらいいじゃん。頑張れー。」


「他人事かよ。お前も参加な。ユーリーはやんねぇのかよ?」


 渋々了承したアーロンは、若干距離を取りながら聞く。

 警戒しているなぁ、と苦笑しつつ、ブレアは首を横に振った。


「やらないよ。興味ないし、僕寒いのあんまり得意じゃないんだ。」


「得意じゃねぇなら氷魔法使うんじゃねえよ……。」


 大きく溜息を吐いたアーロンに、ブレアは肩を竦めた。

 本当に寒さに弱いのか怪しくなってきた。

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