ホワイトデー特別編3 今日、付き合ってくれて、ありがと

 じーっと真剣な表情で商品を睨んでいるブレアは、かれこれ3分程、同じところから動いていない。

 もう学校を出てから2時間は経っているし、アーロンとしてはそろそろ決めてほしいところだ。


「それでいんじゃね?」


「うーん、いいと思う?」


 少し飽きて自分用のピアスを見ていたアーロンが、いい加減待ちくたびれて声をかけた。

 ようやく視線を動かしたブレアは、アーロンを見て首を傾げた。


「自分で決めれねーわけ?んなに難しく考えんでも、自分の服選ぶ時とかと同じでいーじゃねえか。」


「こういうの選ぶの、リアムの誕生日くらいだし。僕の服はリアムに全任せだったし、そもそも入学してから制服しか着てないし……。」


 呆れたように聞かれ、ブレアは気まずそうに目を逸らした。

 そういえばブレアと休日に会うことは滅多にないが、偶然出会っても制服を着ている気がする。

 服を選ぶのが面倒なのか、それとも意外とセンスに自信がないのだろうか。


「アイツならどうせ何でも喜ぶんだし、お前が似合うと思ったらそれでいんじゃねーの?」


 ブレアはもう1度商品棚に目を向け、じっと見つめる。

 5秒ほどそうしていて、またアーロンを見た。


「似合うと思う?」


って言ったよな!?」


 困ったような顔をしたブレアに、少し強く言う。

 どれだけ自信がないんだ。さっきの言葉聞いていたのだろうか。

 散々迷ったのだから、それくらい自分で決めてほしい。


「えぇ、さっきまでこれはどうとかいっぱい教えてくれたじゃん。」


 悲しそうな顔で見てくるブレアが何だか可哀想になるが、自分で決めないと意味がないと思う。


「最終決定は自分でするもんだろうが。頑張れよ。」


 不満そうに唇を引き結んだブレアは、ぎゅっと目を閉じて考え込む。

 暫くそうしていると、覚悟を決めたのか再び目を開いた。


「……これにする。」


「いんじゃね?会計してこい。」


 こくりと頷いたブレアは、少し早足気味に会計へ向かう。

 なんだか小さい子のお遣いみたいだな、と思い、アーロンは苦笑した。


 一足先に店を出て待っていると、すぐにブレアが出てきた。


「持ってやろうか?」


「いいよ。自分で持ちたい。」


 抱くように紙袋を抱えるブレアは、無表情のつもりだろうが少し嬉しそうだ。

 何でもすぐに決断してしまうイメージがあったから、ここまで悩んでいるブレアを見るのは少し新鮮だった。


「子供かよ。」


「もうすぐ18。君より上だね。」


「そういう返しが子供っぽいんだよな。」


 ついアーロンが声を出して笑うと、ブレアは「わざとだよ。」と不本意そうに言った。

 そろそろ寮に戻らないと、と言うまでもなく歩き出す。


「マジでめちゃくちゃ集中して選んでたな?オレが撮ったの気づいてねえだろ。」


「は?撮ってたの!?嘘、いつ?」


 けらけらと笑いながら魔道具を操作したアーロンは、撮ったばかりの写真を見せる。

 真剣な表情で品物を選んでいるブレアの横顔の写真。結構間近で取られている。


「えぇ、全然気づかなかったんだけど。」


 ブレアが引いたような顔で見つめると、アーロンは画面を何度も切り替える。


「10枚くらいは撮ったんだがな。」


「嘘でしょ!?」


 本気で驚いているブレアを見て、アーロンはますます大きな声で笑った。

 無視されているのかと思いながら撮っていたが、まさか気が付いてすらいなかったとは。


 むっと唇を引き結んでいるブレアを横目で見て、魔道具をポケットに仕舞う。

 無言になったな、と思っていると、ブレアが「あのさ、」と口を開いた。


「どした?」


「急かさないでよ、言い辛い。」


 軽く睨まれてしまい、アーロンは一言謝って口を閉じる。

 何も言わずに続きを待っていると、ブレアは何度か視線を彷徨わせた後、再び口を開いた。


「その、えっと……今日、付き合ってくれて、ありがと。」


「ん?あー気にすんなって。どうせオレも暇だし、お前オレ以外頼れるヤツいねーんだろ。」


 照れたように礼を言われ、アーロンはにかっと笑って返した。

 ここまで悩むと思っていなかった、という意味では面倒だったが、なんだかんだで楽しかった。


 ちょっと調子がよくなって、「また何かあったら頼ってもいいぜ。」なんて返そうとすると――


「――ストップです先輩方――っ!!」


 後ろから滑り込むように、すごい勢いで誰かが間に割り込んできた。

 勿論、そんなことをする人など1人しかいない。


「先輩、俺よりアーロン先輩の方がいいって言うんですか!?」


「る、ルーク!?何でいるの!?」


 少し上がった息を整えたルークが、心底悲しそうな顔でブレアを見た。

 ブレアは相当取り乱したようで、素早く後ずさってルークから距離を取った。

 紙袋を後ろ手に隠して、丸くした目でルークを見ている。


「すみません、ずっと尾行してました。ヘンリーと!」


「ヘンリーもかよ!?止めろ!?」


 ばっとアーロンが振り返ると、ヘンリーが店の影から出てきた。

 “ずっと”とはいつからだろうか。

 はじめからなら、手を繋がれたことも弟に見られている可能性がある。


(……来なけりゃよかった。)


 さっきまで満足していたのに、今になって後悔してきた。

 すぐ傍まで来たヘンリーは、眼鏡をかけ直して息を吐いた。


「急に走っていくからびっくりしたよ……どうしたの?」


「浮気だった!現行犯!俺捨てられたんだ!」


 大きな声でルークが言うと、3人とも驚いたように目を丸くした。

 ブレアとアーロンからすれば全くの誤解であるし、ヘンリーには、(少なくとも今は)そうは見えなかった。


「浮気じゃないよ。」


「いえ、浮気です!今先輩が『付き合ってくれてありがとう。』って言ったの聞こえましたからね!?」


 落ち着いたのか真顔で否定するブレアに、ルークは「どういうことですか!?」と詰め寄る。

 ヘンリーの様子を見るにかなり離れたところにいたのだろうが、本当に聞こえたのか。


「それはソーユー意味じゃねぇって。」


「アーロン先輩もアーロン先輩ですよ!」


 アーロンが誤解を解こうとすると、すごい剣幕で睨まれた。


「『オレ以外いねーんだろ。』じゃないですよ!先輩には俺がいるんですが!?」


 似たようなことは言ったが、かなり改変されている。

 どれだけ都合のいい耳をしているんだ、とアーロンは呆れたように、大きく溜息を吐いた。

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