第130話 先輩……やっぱり俺のこと、弄んでませんか!?

 敵意すら感じる鋭い目でルークを見たエリカは、むっとしたように言う。


「ブレアくんがそんなことするわけないじゃないですか!ましてやあなた相手に。」


「俺が駄目なんですか!?先輩に誑かされました、弄ばれましたよー絶対!ですよね?」


 ボソッと失礼なことを付け足すエリカに、ルークは全力で否定する。

 さりげなく、かっこよくブレアをセクハラ(?)から守る予定だったのに、これでは普段通りである。


「……いや、してないかなぁ……?」


「ですわよね~?」


 2人に見られたブレアは、戸惑いながらも否定する。

 人聞きが悪い。騙したりした覚えはない。


「絶っ対誑かしてますよ先輩!無自覚天然タラシなんですか?そんなところもたまらなく好きです!」


「情緒どうなってるの……。してないから。」


 真剣な顔で詰め寄ってくるルークに、ブレアは呆れたように更に否定する。


「してますよ!好きでもない男にあんなこととか……あ、ああいうことをするのは完全にもう……よくないと思うんです!」


「待ってくださいなブレアくん?一体何をしたんです?」


 思い出して顔を赤くしているルークにツッコみたかったのだが、エリカに深刻な顔で詰め寄られてしまった。

 この2人、揃うと面倒さが増すのだろうか。


「もう……君達煩い。図書室は騒いじゃだめだから、静かになってから入って来なよ。」


 面倒なら、逃げるのみ。

 一方的に話を終わらせ、ブレアは図書室のドアを開けた。


「ああっ、待ってください先輩!静かにしますから!」


「答えてから入ってくださいません!?」


 その声量が既に煩いんだよなぁ……などと思いながら、ブレアは止まらずに図書室に入った。


 久しぶり――具体的には2年ぶりくらいに来たが、景色は何ら変わっていない。

 初めの頃はここで魔導書を読んだりもしたものだが、途中から借りて部屋で読むようになって――全て読み終わって、来なくなっていた。


 この場で読むのを辞めたのは、寝転びたかったから。

 それから、読書が進まないほど話しかけられるからだ。

 特に執拗に外に誘ってきた図書委員はまだいるかな、等と思ったが、顔を覚えていないからわからない。


「おお、図書室……広いですね!」


 ……まあ、横にこんな煩いのがいれば、他は何も気にならないだろう。

 ちゃんと小声で話しているのに、何となく煩い。

 室内ではなくブレアを見ている気がするし。視線が煩いのだろうか。


「ちょっと、話は終わってませんわよ?」


「話より先輩の方が大事だと思うんですよ!」


 何で少し喧嘩腰なんだろうか、と思いながら、ブレアは呆れたように溜息を吐いた。

 静かになってから入れと言ったのに、何故そのまま入って来たんだろう。


「君は僕じゃなくて本を見る。君は何が見たいの?目当ての本があるなら、探すの手伝うけど。」


「私はブレアくんのおすすめの本が読みたいです!君ではわかりづらいですし、名前で呼んでくださいなっ!」


 エリカがぎゅっと腕に抱き着いてきて、ブレアは少し嫌そうに眉を寄せる。

 ルークが「やめてください。」と言おうとしたのを察したのか、ブレアは小さく首を横に振った。


「僕魔導書しか読んでないけど、それでもいいならこっちの棚だよ。」


「魔導書は好きです!」


 ブレアが前方を指差して歩き出すと、エリカは嬉しそうに笑った。


 魔導書や魔法関連の本の棚にやって来たブレアは、一番上から順に背表紙を眺めていく。

 一番上の段は到底届かない高さだが、魔法でどうにかできる。


「うーん、おすすめって言っても……難しいなぁ。どんなのがいいの?」


「どんなのでも!」


 嬉しそうに笑ったエリカが答えると、ブレアは再び本棚を睨むように見上げた。


「どうしようかな……彼はレベルがわかるからいいとして……。」


「……ブレアくん。」


 エリカに掴まれていない方の手を顎に当て、ブレアは真剣に本を選んでいる。

 じっと見ていたエリカが声をかけると、「何?」と目線を動かさないまま聞いた。


「何だか雰囲気が……以前より柔らかくなりました?」


「……そうかな。」


 ブレアはエリカの方に目を向けて、不思議そうに首を傾げた。

 特別優しく接しているつもりはないのだが、変わったのだろうか。


「はい。以前ならもっと冷たかったといいますか……関わり易くなったような気がします。」


(私への態度だけではなく、全体的に。)


 そう付け足そうとして、エリカ小さく首を振った。


「そうなんだ?僕、変わったのかな。」


 きょとんとしたブレアが、何故かルークを見た。

 意見を聞かれているのだろうかと思い、ルークは少し考える。


「少なくとも、俺への態度はめちゃくちゃ柔らかくなってますね。あと俺を見る目も。」


「目?」


 目は変わらないだろう、とブレアはますます首を傾げた。

 全く自覚のないブレアに、ルークはうっとりとしたように語る。


「ごみを見るような目も素敵でしたが、今の……なんでしょうね何だかこう……何て言ったらいいのかわからないんですけど、優しい目をしてる気がします!」


「そうなのかな……。」


 形容するのを諦めたルークが、つい大きな声で言った。

 静かに、と注意することも忘れ、ブレアはじっと考え込んでいる。


「目は、私も変わったと思いましたわ。少し……いえかなり、明るくなったかと。」


 エリカはじっとルークの方を見ながら、落ち着いた声で賛同した。


 星のない夜のような暗い、紫色の目をしていた。

 それが今では満点の星空のようで、ますます綺麗になった。


 あなたにブレアくんの何がわかるの?なんて思っていたのに、ちゃんと理解して、エリカと同じことを感じたらしい。

 そして、エリカより先にそれを言った。

 

「……うん、確かにちょっと、変わったかも。」


 下を向いて考えていたブレアは、ようやく納得したように小さく頷いた。

 雰囲気を変えたつもりはなかったが、確かに考えは、自分でよくわかるほど変わった。


「僕、人と話すの嫌いだったんだ。でも、最近は……そんなに嫌じゃなくなった、かも。」


 するりとエリカから離れたブレアは、ルークに少し顔を近づけた。

 赤面したルークが少し後ずさると、くすりと笑う。


「誰のせいだろうね?」


「……っ!俺、なんですか……?」


 背伸びをしたブレアに笑いかけられ、ルークは戸惑って聞く。

 またしてもくすりと笑ったブレアは、「さあ?」と肩を竦めた。


「君、ちょっと焦りすぎじゃない?」


「いや、だって……先輩近い、可愛い……綺麗です!」


 何だかしどろもどろになっているルークを見て、ブレアはくるりと踵を返す。


「キスでもされると思ったー?」


 機嫌よく言ったブレアは、棚から1冊、魔導書を手に取る。

 何とも言えぬ顔で一連を見ていたエリカに手渡した。


「これ、結構面白いからおすすめかも。」


「待ってくださいなブレアくん?今何と――」


「何も?ほら、本読みに来たんでしょ。」


 ブレアは何事もなかったように、ルークに薦める分の本を厳選している。

 問い詰めたい気持ちしかないのだが、ブレアに答えるつもりはなさそうだ。


「先輩……やっぱり俺のこと、弄んでませんか!?」


 さっきのブレアが可愛らしかったことに加え、時のことを思い出してしまったルークは、顔を真っ赤にして叫んだ。

「やめてくださいありがとうございます!」と抗議か感謝かわからないことを叫んでいるルークは、すぐに司書の先生に怒られていた。

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