第129話 僕は、何も好きになれないんだ

 初めて会った時からその人――ブレアのことが好きになった。


 姉のリリカはよく……しょっちゅう婚約者の家に遊びに行く。

 流石に行き過ぎではないか、と思いはしたが、義兄|(予定)であるリアムは優しくて好きだったので、偶について行っていた。


 そんな義兄に、と、リリカに言われた。ある日突然。

 あの時は養子縁組なんて仕組みがあるなど知らず、「お姉さま、振られたんですか!?」と焦って問い詰めたことをよく覚えている。

 ちゃんと説明を受けた後、リアムに会うと、


『年も近いし、エリカはブレアくんと遊んだらどうかしらー?』


 と、リリカに白々しく言われた。

 お姉さまがお義兄様と2人きりになりたいだけでしょう?

 などと思ったが、仕方がないので2人きりにしてあげることにして、そのブレアという人がいるらしい書斎を目指した。


『確かに年は近いですが……は少し難しい子なので、合わなかったらすみません。』


 等というリアムの言葉がかなり引っかかる。

 何故わざわざそんな子を義弟にしたのか。――いや、義妹いもうとと言わなかったか。


 女の子、なのだろうか。

 女の子なら趣味が合ったりするかな、なんて思いながら、書斎のドアを開けた。


「失礼します。」


 リアムの家の書斎は、魔法関連の本が沢山あり、まるで図書館か何かのようだ。

 父が仕事のついでに集めているものらしいが、前来た時よりも、かなり増えている気がする。

 書斎に入って、大きな棚の向こうを覗いてみる。


「……あ!」


 少し大きめの机に、読み切れないほど本が積まれていて。

 そのすぐ隣に、女の子がいた。

 エリカと同年代くらいに見える、小さな女の子。


 胸下まで伸びた癖のない銀髪は、細くてサラサラしていそう。

 じっと本を見下ろす瞳は大粒のアメシストのようで、引き結ばれた唇は、薄い桜色。

 人形のように、綺麗な子だった。


 エリカのお気に入りの人形と同じくらい――いや、それより綺麗かもしれない。

 可愛いものや綺麗なものに目がないエリカは、思わず見とれてしまった。


「……何?」


 エリカに気が付いたようで、その子――ブレアは顔を上げた。

 星の見えない空のように、夜闇のように暗い紫色と目が合った。

 合ったのに、合った気がしなかった。


 高い声。幼い顔立ち。

 けれど真一文字に唇を結んだ表情や、その目、その仕草が、彼女を数段、大人に見せた。


「あ、ごめんなさい、えっと……ブレアくん――ブレアちゃん?」


「……そうだけど。」


 焦って聞くと、ブレアは少し不満そうに眉を寄せた。

 エリカへの興味を失ってしまったのか、そのまま本に視線を戻してしまった。


「私、エリカです。リリカお姉様の妹の……。」


「リリカ……?うーん、リリ……ああ、うん、成程。そうなんだ。」


 何だか微妙な反応だが、誰だかわかって貰えた、としていいのだろうか。


「あの、お隣座っても、よろしいですか?」


「……好きにしたら?」


 何だかドキドキしてしまって、声が跳ねる。

 少し遠慮しながらも、ブレアの隣の椅子に座った。


「何を読んでるのですか?」


「魔導書。」


「魔法がお好きなんですか?」


「うん。好き。」


 あっさりとした答え。

 エリカと話しているというのに、ゆっくりとページを捲っている。


「お義兄様とは、仲がいいのですか?」


「うん。」


 話題を変えてみても、ブレアの態度は変わらなかった。

 じっと本を見つめる横顔が、綺麗だ。


「お義兄様のことが、好きなのですか?」


「……うーん。」


 ブレアは少し考えてから、小さく首を横に振った。


「嫌いなんですか?」


「ううん。前は好きだったけど、もう好きじゃないんだ。」


 好きでもない人を兄にしたのか。

 兄にしたから、好きじゃなくなったのか。


「どうしてですか?」


 すごく気になって、聞いてみた。

 ブレアのことを、少しでも多く知りたかった。

 特に、好きなもののことが。


「好きになったらその分、消えちゃった時に悲しくなるなるから。――僕は、何もんだ。」


 またしてもページを捲って、ブレアは小さな声で言った。

 好きになれない。好きにならないと決めた。


「でも、魔法はお好きなんでしょう?」


「魔法は、ずっと僕の傍にいてくれるから。魔力が身体から離れたこと、ないだろう。」


 “僕”という一人称を女の子が使っているのを、エリカは初めて聞いた。

 だから姉は、勘違いしてブレア“くん”と呼んでいたのだろうか。


「……何でそんなこと聞くの?」


 ブレアは顔を上げて、エリカを見た。

 遠くを見つめるようなアメシストと、ようやく目が合った気がした。


「――あなたのことが、好きだから……です。」


 エリカは真っ直ぐに見返して、はっきりと答える。

 変だと思われたかもしれないが、ブレアを好きだ、と思ったから。


 ブレアは少し目を丸くして、困ったような――どこか悲しそうな顔をした。


「……君、嘘つきだね。」


「嘘じゃありません。」


 本当に、好きだと思ったから言った。

 はっきりと否定するが、ブレアは誤魔化すように笑って、本に視線を戻してしまった。


 その笑い顔も綺麗。

 真剣な目も、年のわりに達観しているような目も。

 堂々と自分の意見を言えるところも、魔法を愛しているのが伝わるところも。

 全部、全部綺麗だ。


 あなたが好きな魔法だって、いくらでも勉強するから。

 他は、誰も好きにならなくたっていいから。

 私は一生、消えたりしないから。傍にいるから。

 だから――私を、好きになってほしい。


 どうしようもないほど、ブレアに好かれたい。

 そのためなら何だってする、いくらでも頑張るから、私を好いてほしい。

 と、思ってしまった。






 なのに。

 ブレアを図書室に呼ぶと、見知らぬ男が着いてきた。

 やけに仲がよさそうで、やけに距離が近くて、ブレアをそういう目で見ているのが一目でわかる。


(……それはいいの、それは問題ないわ。だってブレアくんは綺麗だもの。変な虫が寄り付くのだって当然よね。)


 一度心を落ち着け、こちらに向かってくる2人を見る。

 ルーク――というらしい奴がブレアを好いているのはいい。

 しかしブレアがルークを好いているように見えるのは、気のせいだろうか。


「……納得いきませんわ……。」


 思わずエリカが呟くと、ブレアは小さく首を傾げた。


「俺も図書室来てみたかったので!一緒に来ました!」


「そうですか。……いいんですけどね。」


 大きな声で言うルークは、絶対図書室なんて興味ないだろう。

 昼休みもずっとブレアと一緒にいて、放課後も一緒――どころか、同室であるとかなんとか。


「ブレアくん……この男に誑かされていませんか?」


「何の話?」


 訝しむような目を向けてくるエリカに、ブレアはますます首を傾げた。


「誑かされてるのは、完全に俺の方なんですけど!?」


「は?」


 ルークが不満そうに叫ぶと、エリカが聞き捨てならない、と言いたそうに、鋭い目でルークを見た。

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