第126話 手くらいはいいかなって

 ……視線を感じる。


 魔導書を読みたかったのだが、どうしても気が散る。

 諦めたブレアは、ぱたんと本を閉じた。

 寝転んだまま、ルークに目を向ける。


「……どうしたの。」


 ルークの視線を感じるのはいつものことだが、今は種類が違う。

 いつもは愛でているんだろうとすぐにわかる気持ち悪い視線なのだが、今は探るような、何か言いたいことがありそうな視線だ。


 普段のはもう慣れてしまったというか、熱烈に好かれていると思えば悪い気はしない。見るだけなら勝手にすればいい。

 けれど今のは気になる。言いたいことがあるならはっきり言ってほしい。


「エリカ先輩?のこと、どう思ってるんですか!」


「……何の話?」


 ルークがはっきりと告げると、ブレアは困ったように顔を顰めた。

 はっきり言われたは言われたで困った。


「エリカ先輩のことどう思ってるんですかって聞いてるんです!何で一緒にいたんですか?」


「……先生に頼まれたから?」


 何故か悲しそうな顔をしているルークだが、本当に何を思っての質問だろうか。

 別に一緒にいたくて一緒にいるわけじゃない。

 リアムにいてあげなさいと言われた、それだけだ。


「断ればいいじゃないですか。」


「僕だって断りたいけど……リリ――カさんの妹だし。先生の頼みだし……。」


 不満げなルークが何を思っているのか、ようやくわかった。

 嫉妬だ。いつもそんな感じだが、部屋に帰って来ても引きずっているのは珍しい。


「先生って、リアム先生ですよね?どうしてそんなことを。」


 頼む理由が全くわからず、ルークの不満は解消されない。

 ブレアもよくはわかっていないが、一応説明する。


「あの子、学校来てなかったんだって。で、何でかしらないけど僕と一緒なら行けるとか言ってるらしいんだ。だから休み時間とか、なるべく一緒にいてあげなさいって。」


「先輩、優しいですね?」


 説明を聞いたルークは、意外そうに目を丸くした。

 ブレアなら関係ないとか、面倒だとか言って断りそうなのに。

 やっぱりリアムの頼みなら何でも聞いてしまうのだろうか。


「先生は不登校児に弱い!甘い!――って文句言ったけど、『誰のせいだと思ってるんですか?』って言われちゃったからね……。」


 つい1時間程前の会話を思い出し、ブレアははあっと息を吐いた。

 本当は断りたかったが、そう言われるとどうもできない。


「先輩のせいなんですか?」


「僕小中行ってないから。先生にずっと心配されてたんだよね。」


「そうだったんですか!?」


 意外……といえば意外だが、確かにブレア程頭が良ければ、行っても意味がなかったのかもしれない。

 行かないにも色々あるんだなーと思った。


「うん。まあそんな感じで、一緒にいてあげるくらいならいいかなって。」


「成程です。」


 すっと話を終わらせたブレアに、ルークは納得したように頷く。

 ――が、不満はそれだけじゃない。


「それはわかりましたけど!触られたりするのとか嫌じゃないんですか!?」


「嫌だけど。」


 一緒にいないといけないのはわかった。しかし、距離が近いことの説明にはなっていない。

 再びむっとしたルークが聞くと、ブレアは小さく頷いた。

 当然嫌だ。ブレアは基本的に、リアム以外の接触を許容していない。


「ならどうして嫌じゃないって言ったんですか?」


「あー、それかあ。」


 むっとしたルークに聞かれ、ブレアは納得して頷く。

 確かに言った。たった1言をそんなに引きずっていたのか。


「本当は嫌じゃないんですか?もし俺が同じことしたら嫌っていいますよね?」


「言わないけど。」


 あっさりとブレアが答えたのに、ルークは「絶対言います!」と断言する。


「鈍いね。」


「何がですか!?」


 突然ディスられたルークは驚いて聞き返す。

 ブレアは答えずに、ごく自然に話を戻した。


「普通に嫌だけど……あの子昔からああだから。もういいやって。」


 呆れたように息を吐くブレアだが、正直あまり覚えていない。

 そもそもエリカの存在すら、今日会ってから思い出した。


「諦めたんですか!?先輩が!?」


 大きな声で聞き返され、ブレアは「煩……。」と顔を顰めた。

 ルークはブレアなら魔法で半殺しにしてでも譲らないと思っている。


「うん。変に拒否してリリ、カさんに怒られるのも嫌だし。先生に心配されるのも嫌だし。邪魔じゃなければ、手くらいはいいかなって。」


「俺だって本当は先輩の手握りたいんですが……!」


 つい願望を口にすると、ブレアは睨むように冷たい目を向けてくる。

 身体を起こして立ち上がると、すっと手を伸ばした。

 そのまま、ルークが手を伸ばせば届きそうな距離まで近づいてきた。


「はい。」


「え?」


 何てことのないように手を差し出してくるブレアだが、ルークは全く状況が分かっていない。

 困ったようにブレアを見ると、ブレアは不思議そうに首を傾げた。


「握りたいんでしょ?嫌って言わないって、証明。」


「え、いいんですか!?」


 更に手を近づけてくるブレアに、ルークは頬を赤くして聞き返す。

 この前なんて、ちょっと触るだけですごく怖がっていたのに……。


 あの後だってハグさせてくれたし、最近よくわからない気まぐれが多い。

 勿論ルークは嬉しいのだが、無理していないだろうか。


「いいって言ってるでしょ。」


「なら、失礼します……。」


 そろりと手を伸ばして、ブレアの手に触れる。

 怖がらせないように気を付けながら、少しだけ力を入れて、細い手を握った。


「どういう顔?」


 きつく唇を引き結び、目もぎゅっと閉じているルークに、ブレアは呆れたように聞く。


「こうしてないとにやけるんですよ……!細いのに柔らかくて可愛い、力込めたら折れそうですね?」


「それ褒めてるの?」


 困ったように眉を下げたブレアに、ルークは「褒めまくってます。」と答える。

 唇を閉じている理由は分かったが、何故目を閉じているのだろう。


「見た目通りなんですけど、いざ触ってみると細小さくて可愛い……体格差を感じます!」


 別に手に触るのが初めてというわけではないのに、よくここまで堪能できるものだ。

 指先で撫でられると、少しくすぐったくて――何だか変な気分になる。


「そんなに嬉しい?」


「嬉しいですよ!一生触ってられます。」


「それは嫌かも。」


 嫌と言わないことを証明したつもりだったが、言ってしまった。

 ブレアは少し申し訳なさそうにしているが、ルークから見ても当然なのでそんな顔しないでほしい。


「本気にしないでくださいよ!?」


「わかってるよ……。」


 短く答えたブレアは、疲れたような顔をして、すっと手を引っ込めた。

 引かれたかな、とルークが思っていると、ブレアはベッドに腰かけて小さく息を吐いた。


「ごめん、何か頭痛い気が……する。」


「大丈夫ですか!?立ち眩み……?貧血とかですかね?」


 ルークが近づいて様子を伺うと、ブレアは倒れるように横になった。


「……わかんない。1回寝るね。」


「わかりました。」


 心地悪そうに目を瞬いたブレアは、ゆっくりと目を閉じた。

 顔色は普通だが、大丈夫だろうか。

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