バレンタイン特別編5 ――君はくれないの?

 放課後になるなり、ブレアはすぐに教室を出て寮室に帰ってきた。

 長々といると面倒なことになるだけなので、早く帰るに限る。


 流石に寮室までくるような面倒な人はルークくらいしかいないようで、今は普段通り魔導書を読んでいる。

 ルークはというと、そんなブレアを、探るようにじっと見つめていた。


「……何。」


「すみません!」


 ブレアが怪訝そうに見返すと、ルークは反射的に謝った。

 謝った癖に、まだじーっと見てくる。


「何なの。」


「すみません、気にしないでください!」


 怪訝そうに眉を寄せたブレアは、仕方なく魔導書に視線を戻す。

 が、まだ視線を感じる。


「気になるんだけど。」


「すみません!!」


 ブレアが睨むように見ると、ルークは萎縮したように身体を縮こまらせて謝った。

 謝っていないで、用があるなら要件を言ってほしい。


「み、見ないようにします!」


「……そ。」


 見ている理由を言う気はないようで、ルークはばっと顔を背ける。

 何がしたいのか全くわからないが、ブレアは今度こそ魔導書を読み始めた。


 ルークはちらっと横目でブレアを見て、すぐに目を逸らす。

 何故ルークがこんなにもブレアを見ているのか、というと。


(……先輩にチョコ渡したい~っ!!)


 チョコを渡すタイミングを、伺っていたからだ。

 昨日作ったお菓子を渡したいのだが、未だに渡せていない。


 ブレアが一日中忙しそうだったから、というのも理由の1つだ。

 しかしそれ以上に、昨日のエマの言葉が引っかかっていた。


 誰からのものも拒否しているし、ルークから貰うのも迷惑だろうか。

 迷惑、更にしんどいとまでなると、渡さない方がいいのではないかと思えてきた。

 現に、ルークは重い。誰よりも愛が強い自信がある。


 好きと言われるのは嫌じゃないと言って貰えたが、それとバレンタインとは違うかもしれないと思ってしまう。


「……先輩、チョコ貰うの、嫌なんですか?」


「うん。嫌だよ。」


 恐る恐る、といった様子でルークが問いかけると、ブレアはあっさり答えた。

 こっちはこんなに緊張しているのに、ブレアは平然としている。

 ルークが渡すと言ったことも、忘れていそうだ。


「そうですか……。」


「でも、例外もあるよ。」


 しゅんとしているルークを見て、ブレアは呆れたように眉を下げた。


「例外、ですか?」


「そ。」


 ぱたんと魔導書を閉じて、ブレアはルークの方を向いた。

 不安そうな顔のルークを見て、くすりと笑う。


「僕が貰いたくないのは、本当に僕のことが好きなわけじゃないって、わかるからなんだ。」


 “好き”といったような愛情、好意を表す言葉は、心に直接干渉する。

 薄っぺらい、上辺だけの愛が固まった、味のしないチョコ。

 自分勝手な欲を、どろどろの愛でコーティングしたような、苦くて後味の悪いチョコ。

 どちらも口に入れる気がしないのは、当然のことだろう。


「本当の本命は、甘くて美味しいんだろうなって思ってるから、受け取ろうかなって。」


 身体を起こしたブレアはベッドに座って、少し上目遣い気味にルークのことを見た。

 薄く微笑んだまま、こてんと首を傾げる。


「――君はくれないの?ちょっと期待して、待ってたんだけど。」


 その仕草が、表情が、視線が、声が、お菓子よりも甘くて、ドキッと胸が鳴った。

 咄嗟に目を逸らそうとするが、逸らせない。逸らしたくない。


 ルークは立ち上がって、ブレアに渡す予定だったお菓子を取り出す。

 ブレアの前に行くと、手を伸ばしてそれを差し出した。


「先輩……っ!えーと、俺、本気の本気で、誰よりも先輩のことが大好きです!なのでこれ……受け取ってください!!」


「ありがと。……顔真っ赤だよ?」


 すんなりと受け取ったブレアは、ルークを見て、また小さく笑った。

 緊張しているのか、ルークはぎゅっと強く目を閉じていて、その顔は真っ赤に染まっている。


 丁寧にリボンを解いたブレアは、袋を開く。

 生チョコを1粒、摘まんで口に入れた。

 すっと下の上でとろけて、くらっときそうな甘さが広がる。

 ブレアは1粒食べ終えて、柔らかく微笑んだ。


「甘いね。美味しいよ。」


 ルークはそろりと薄目を開け、ブレアの見る。

 よろよろと自分のベッドまで後ずさると、倒れるように座った。


「お口に合ったのなら嬉しいです……!」


 完全に語彙力を失ったルークは、やっとの思いで答えた。

 笑顔が可愛い。対応がイケメン。もう何と言えばいいかわからないほど、ブレアが魅力的だった。


 渡せた嬉しさや、食べて貰えた嬉しさ、それから格好よく渡せなかった情けなさ。

 それらが全部どうでもよくなるくらい、ブレアが好きという気持ちで埋め尽くされていた。


「――ところで、君は誰かに貰ったりしてないよね。」


 マカロンを食べながら、ブレアは探るように問いかけた。

 キャラメル味のマカロンも、甘くて美味しい。


「俺はなんか……先輩が大好きな変態として認知されてるので、全くモテません!」


「だろうね。」


 ちょっと残念そうに言うルークに、当然だろう、とブレアは頷く。

 こんな人がモテるわけがない。

 少しほっとしていると、ルークは「でも、」と通学鞄の中を探る。


「クラスの女子が1人くれましたよ。義理チョコってやつですね!」


 言いながら鞄から透明の袋に入ったチョコを取り出した。

 貰ったのに鞄から出さないのはどうかと思うが。


「……ふーん。」


 さっそく食べようと、ルークが包装を開けようとする。

 ブレアは菓子を横に置いて、真顔で近づき、ルークの手を掴んで止めた。


「どうしたんですか?」


 じっとチョコを見つめているブレアに、ルークは戸惑ったように聞く。

 さっきのこともあり、手を掴まれているだけでドキドキした。


 反対の手でチョコの袋を摘まんだブレアは、さっとその手を払った。

 ぱっと細かい光が舞って、チョコがルークの手の中から抜ける。

 ドアがひとりでに開き、チョコはどこかへ飛んで行った。


「何したんですか?」


 何が起こったのかわからず、ルークは混乱しているようだ。

 ルークと目線を合わせたブレアは、両手できゅっと手を握った。


「うぇ、先輩……?」


「目閉じて。」


 またもやドキッとしたルークは、言われるがままに目を閉じる。

 何も見えなくなり、その分聴覚が働く。


 ルークの身体が強張っていて、ブレアはくすくすと笑っている。


 笑い声が止んで、短い術式を唱える声がした。

 ブレアが動いたのか、長い髪が首筋を撫でる。


 手を離され、名残惜しいなどと思っている間に、耳元で囁かれた。


「――君は、僕に許可なく貰っちゃダメ。」


「えっ……。」


 驚いたルークがつい目を開けてしまうが、何も見えない。

 ルークが目を開けることを見越したのか、ブレアが片手で目隠しをしていた。


 目元にはブレアの手が触れていて、手にも、もう片方の手が触れている感覚。

 それはただ手を握っているわけではなく、何か小さな箱状のものを一緒に握らせてきた。


「……今、目開けたでしょ。」


「はい、すみませ――!?」


 慌てて謝ろうと口を開くと、何か入ってきた。

 小さな長方形の物が舌の上に乗り、普通のミルクチョコより甘い、チョコの味がする。


 ブレアが手を離し、視界が明るくなる。

 目の前、至近距離に、少し赤くなったブレアの顔があった。

 釘付けになった視線を無理矢理下に移動させると、手に持たされたのは、お洒落なデザインの、チョコが入った四角いの箱だった。


「――あげる。僕からバレンタインね。」


「え……本命ですか!?」


 すごく甘いな、と思いながら、ルークは上ずった声で聞く。

 ブレアの頬がますます染まり、逃げるように離れた。


「そ、んな、違……うから!……そう、ついで!昨日エマにバレンタインだよって言われて、リアムにあげようと思って、そのついでに買っただけだから!……つ、ついでだよ?ついでだからね!?」


「ついででも嬉しいですよ先輩!ありがとうございます!」


 非常に嬉しそうなルークから、ブレアは気まずそうに目を逸らした。

 まさかブレアから貰えるとは思っていなかったこともあり、すごく嬉しい。


「大切に、味わって食べますね!」


「……勝手にして。」


 ルークは嬉しそうに箱を眺めて礼を言う。

 中身も見たいと思い、蓋を開けた。


 丸や四角、ホワイトチョコやビターチョコなど、お洒落なデコレーションの施された、バラエティに富んだチョコレートが並んでいる。

 1つ空いている空間は、さっきブレアが食べさせてくれたものがあった場所だろう。


 貰えるだけでなく食べさせてもらえるとは、最高すぎる。

 そんなことを考えていると、ふと疑問が浮かんだ。


「……先輩、さっき両手塞がってましたよね?どうやって――」


「黙秘。」


 ルークが問いかけると、ブレアは魔導書で顔を隠してしまった。


 最初の術式でどこかに閉まっていた箱を出したのかと思っていたが、チョコを1粒浮かせる魔法か何かだったのだろうか。

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