バレンタイン特別編4 先輩チョロいんですから!

 昼休みになり、ブレアと昼食を食べに来たルークは――不満そうだった。

 ブレアがいなかったからだ。


 今日の4限は移動教室だったようなので、ルークの方が早く来てしまうのはわかる。

 それにしても遅い。

 これまでで一番遅い。


「……エマせんぱーい!先輩どうしたか知りませんかー?」


 耐え切れなくなったルークは、通りすがりのエマに縋るように聞いた。

 急に声をかけられてびっくりしたのか、エマは目を丸くした後、困ったように苦笑した。


「多分、声掛けられてるんじゃないかしら。女の子に。」


「本当ですか!?」


 ルークが勢いよく席を立つと、ガタッと大きな音が鳴った。

 周りの生徒に注目されたが、ルークは全く気にしていない。

 そんなことより、ブレアのことが気になるのだ。


「多分よ?毎年そうだから、そうかなーって。」


「こ、告白……されてたりするんでしょうか?」


「そうかもしれないわねー!」


 頬に手を当てて照れたように言うエマだが、ルークは凄く深刻な顔をしている。

 深刻に決まっている。

 すぐに帰ってきたらまだいいが、帰ってきていないのだ。


「告白されてなんかいいなと思っちゃってそのまま色々してたらどうしよう……!?」


「落ち着いて!?ブレアがオーケーするわけないじゃない?」


 本気で焦っている様子のルークを、エマはそっと宥める。

 ルークだってわかっているが、不安にはなる。


「もしかしたらあるかもしれないじゃないですか!『付き合ってくれたら珍しい魔法見せてあげるよっ!』とか言われて先輩が断ると思いますか!?」


「絶対断らないわね……。」


 苦笑したエマが答えると、ルークは机をバンバンと叩く。

 せめて否定してほしかった。


「心配なので探してきます!」


「入れ違ったらどうするの?」


 走っていってしまいそうなルークを、エマは慌てて引き留める。

 教室まで迎えにいくだけなら簡単だが、どこかに呼び出されている可能性もある。

 ちゃんと出会えるのだろうか。


「そんなこと気にしてられませんよ先輩チョロいんですから!魔法と引き換えに交際を無理強いされてたり、押しに負けてたりしたらどうするんですか!」


「大丈夫だと思うわよー?」


 切羽詰まった様子のルークだが、思考が迷走しているような気がする。

 チョロい、などと言っているが、そのチョロい人を一向に落とせていないではないか。

 そもそもブレアが珍しがるような魔法を使える生徒はほぼいないのだから、大丈夫だろう。


「行ってきます!」


「待ってルークくん前見て!?」


 エマの方を向いたまま走り出したルークは、さっそくドアの前で人にぶつかった。

 よほど焦っていたのかバランスを保てず、そのまま倒れ込んでしまった。


「ちょっと、何してるの……。」


「すみませんお怪我は――ああぁぁ!先輩だぁ!!」


 謝りながら顔をあげたルークは、巻き込んでしまった人を見て顔を輝かせた。

 間近で大声を出され、ブレアは煩そうに顔を顰める。

 何故か男体で、嬉しそうなルークを奇妙そうに見ている。


「先輩今日もイケメンですね!イケメンのあまり女の子から告白されたりしませんでしたか!?」


「したね。そんなことより退いて。」


 あっさりと答えたブレアは、不満そうに抗議する。

 ルークに押し倒されるような形になっているので、退いてくれなくては起き上がれない。

「2人とも大丈夫ー?」とエマが様子を伺ってくる。助けてほしい。


「断りましたか?」


「うん。退いて。」


 もう1度言うが、ルークは一向に退いてくれない。

 というか情緒がおかしい気がする。何かあったのだろうか。


「男に告白されるとかはありませんでしたか!?」


「あったからこの姿なんだよね。振ったから退いて。」


 聞かれそうなことは先に答えて、三度退くように言う。

 心配してくれていたのだろうが、そんなことより退いてほしい。


「セクハラされたとか、無理矢理身詰め寄られたとかは!」


「……今だね。とりあえず退いてくれない?」


 ルークは本気でブレアを心配しているが、今自分がしていることは棚に上げているのだろうか。

 早く退いてほしいのだが、ルークはほっとしたように息を吐いている。


「はっ、俺転んだ時顔おもいっきり先輩の胸に……?興奮します……!」


「ああもう、早く退いてって言ってるでしょ変態!?」


 ブレアは強化魔法を使用して、ルークを押しのけるように起き上がった。

 寒気がした気がする。

 ルークからイケメンなどと褒められるのはもう慣れたが、男のない胸にでも興奮できるのか。


「すみません!」


「2人とも、こっち戻っておいでー。ドアの前だと寒いでしょう?」


 クスクスと笑ったエマに言われ、ブレアはゆっくりと立ち上がった。

 何だか視線――主に女子からのものを感じて、すぐに女体になる。

 アーロンからは意味がない的なことを言われたが、少しくらいは効果があると思いたい。


「先輩、全然帰ってこないから心配したんですよ?」


「そうなんだ。」


 自席に座りながら、ブレアはなんてことないように返す。

 ブレアだって早く戻りたかったが、全然解放して貰えず、やっと帰れると思っても他の人に声をかけられ……と大変だったのだ。


「ルークくん、心配だから迎えにいこうとしてたのよ。」


「エマが相手してくれてたんだ。何かごめん。」


 心配、というより取られたくなかっただけではないかとブレアは疑っている。


「いいのよ。楽しかったわ。じゃあ、私はもう行くわね。」


 軽く手を振ったエマは、紙袋を持って教室を出て行った。

 おそらく、昨日作ったチョコを配るのだろう。


「俺達はお昼食べましょうか。」


「うん。」


 小さく頷いたブレアは、当然のように魔導書を開く。

 ルークが前の席に座ると、女子生徒がブレアに声をかけた。


「ユーリーさん、今時間――」


「ないです。」


 ブレアが顔を上げるよりも速く、ルークがきっぱりと答えた。

 ブレアと女子生徒の間に手を割り込ませ、警戒するように女子生徒を見ている。


「先輩は俺と昼食を食べるので。食べ終わっても、この後もずーっと時間ないです!」


「そ、そっか。えと、ごめんね?」


 ルークに気圧されたのか、女子生徒は気まずそうに自分の席に戻って行った。

 ほっとしたルークは、何故かドヤ顔をしている。

 ……番犬みたいだな、とブレアは思った。

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