バレンタイン特別編3 チョコ受け取り拒否って本当ーぅ?

 翌朝、ブレアはいつものように、時間ギリギリに登校してきた――のだが。

 座らず、自席の前で立ち尽くしていた。


「……だから休みたかったのに……。」


「おー、今年も貰えねえヤツより気分の沈んだ貰えてるヤツいるなー。」


 はぁーっと溜息をついているブレアに、煽るように笑いながらアーロンが言った。

 ブレアの気分が沈んでいる理由は、すぐに思い当たる。


 今日がバレンタインだから。そして――ブレアの机の上に、――山のようにチョコ達が盛られていたからだ。

 色もデザインも様々な、可愛らしい包装のされた贈り物が積み重なっている。


「沈むよ……今日は絶対男にならないって決めてる。」


「お前がそういうこと言うから、いねえ間に置かれんだろ。」


 顔を顰めているブレアとは逆に、アーロンは楽しそうだ。

 愉快そうに笑いながら、「ちなみに、」と付け足す。


「それ男も置いてたから、多分性別関係ねえぞ。」


「……はぁー。」


 大きな溜息を吐いたブレアは、さっと右手を振った。

 ぱっと光の粒子が舞って、机上に置かれたチョコ達が飛んでいった。


「今年もそれやんのかよ。」


「バレンタインのためにこの魔法を考えたといっても過言ではないね。」


「才能の無駄遣いすぎる。」とアーロンは笑っている。

 ブレア曰く魔力から送り主を参照し、送り主のところに戻す魔法らしい。

 去年詳しく教えてくれたが、よくわからなかった。


「んな意味わかんねえ魔法作ってねえで、素直に受け取っときゃいいんじゃねえの?」


「嫌だよ。捨てたら申し訳ないでしょ。お返しとか面倒だし。」


 1年の時はまだこの魔法を思いついていなかったので、放課後にそのまま机に放置して帰っていた。

 その後リアムに怒られたのだが、仕方がないと思う。

 そもそもバレンタインの存在すら知らなかったから、かなり怖かった。


『リアムだって困ったことあるでしょ?』


 と、わかって貰いたくて聞いたのだが、


『ないですよ?私はあまり好意を抱かれないので。』


 とかなり意外な答えが返ってきたのを覚えている。

 あの時はリアムがモテないわけないだろう、と嘘を疑っていたが、後日リリカが裏で片っ端から牽制をかけていたことが判明した。


 ブレアに渡そうとしている人のことも、誰かが止めてくれればいいのに。


「そういや、お前が来てから渡したいって言ってた女子いたぞ。」


「はぁー……。」


「教えてやってんのにクソデカ溜息を返すな。何か言えや。」


 不満そうなアーロンを、ブレアはじっと見つめる。

 何と返事をするか考えているようだ。


「……朝から甘いものいっぱい食べるんだね。」


「冷めた目で見るんじゃねえ。」


 先程からずっとチョコを食べているアーロンを、ブレアは呆れたように見た。

 そういえば彼もモテるんだっけ。と今更思い出した。


 女子好きらしいし、よく話しているので、沢山貰うのも、それで喜べるのもわかる。

 だが朝休みからそんなに沢山食べて、お腹いっぱいにならないのだろうか。


「朝ご飯でもういいやってならないの?」


「朝食ってねえんだよ。チョコ食べねえとだから。」


 ブレアは、もぐもぐと口を動かしながら答えるアーロンを呆れたように見た。

 ブレアほどではないがかなり貰っている。

 これを全部食べるつもりなのだろうか。


「大変だね?」


「普通に嬉しいから、別に。ちゃんと感想言ってあげてえし。」


 ブレアだったら絶対嫌だが、アーロンは平気らしい。

 合わないなーなどと思いつつ、アーロンの席に置かれているお菓子を1つ持つ。


「これは食べない方がいいと思うよ。」


「ああ、わかってる。」


 当然のように言うアーロンを見て、ブレアは不思議そうに目を丸くした。

 貰って浮かれてるだけかと思っていたが、意外とちゃんとしている。

 というかわかるのが意外だ。


「感想はどうするの?」


「あー……それは適当に。しゃーない。」


 軽い調子で言うアーロンはどこまで真剣に向き合っているのかわからない。

 ブレアと違って慣れているのだろう。


「おはよーゆりゆり~!チョコ受け取り拒否って本当ーぅ?」


「……本当。」


 ぴょこんと跳ねるように近づいてきたアリサに、ブレアは短く答える。

 言い方がなんだか引っかかるが、間違ってはいない。


「チョコ嫌いなの?」


「別に。好きでも嫌いでもないかな。」


 不思議そうに伺ってきたアリサは、曖昧な答えに苦笑した。


「ゆりゆりぃ、はっきりしない男子はモテないぞ~?」


「モテてるから困ってるんだよね。」


「めちゃくちゃ皮肉なこと言うなお前。」


 モテない人が聞いたら恨みを買いそうだが、ブレアは全くわかっていないようだ。

 少し考えていたアリサは、背伸びをしてブレアに囁く。


「ルーくんにはあげるのー?」


「ひゃ、ちょっと、耳元で喋らないで。」


 ブレアが耳を押さえて離れると、アリサは楽しそうに笑った。

 あげるなど1言も言っていないのに、「頑張ってねー。」と言っている。


「ちなみにリサはぁージュンジュン登校待ちでーす!」


「ジュンなら今日寝坊してたから遅ぇぞ。」


 にこにこと笑って言うアリサに、アーロンがすかさず答える。

 ブレアですら結構ギリギリなのだが、SHRまでに来られるのだろうか。


「あー、アーくんウチがあげたやつ食べてるじゃん~!美味しい?」


「うん、美味いよ。ありがとな!」


 アーロンが礼を言うと、アリサは嬉しそうににこーっと笑った。

 生徒寮にはキッチンがないので、昨日はわざわざ作るためだけに家に帰った。

 正直に言えばかなり疲れたが、美味しいと言ってもらえたなら、頑張った甲斐あったというものだ。


「――んで、お前はルークには貰うの?それともあげる?あげるんだよな?」


「……貰う予定。」


 興味深々と言った様子のアーロンに、ブレアは少し引いて答える。

 昨日『先輩に渡しますね!』などと言っていたが、まだ貰っていない。

 朝はブレアはぼーっとしていたので、当然かもしれないが。


「あげはしねえのかよ。普通は女子があげるもんだぞー?」


 にやにやと笑って聞いてくるアーロンから、ブレアはふいと顔を逸らした。


「僕、女子じゃないかもしれないし。」


「どっちかっつーとお前の方が女子だろうが。ルークは100%女子じゃねんだわ。」


 呆れたような顔をするアーロンから逃げるように、ブレアは更に顔を背けた。

 一理ある。正論だが、ルークはあげたいからあげる。

 ならブレアがあげたいかあげたくないかも、勝手ではないか。


「あげねえの?」


「……気が向いたらね。」


「えー、あげようよぉ。」


 不満そうに言ってくるアリサを無視して、ブレアは自分の席に座る。

 そのまま話は終わり、とばかりに顔を伏せてしまった。

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