バレンタイン特別編1 ……よし、明日学校休もう!

 SHRが終わり、ブレアがさっさと寮に戻ろうとすると――エマが抱き着いてきた。


「わっ、エマ……どうしたの。」


「ブレア、お願いがあるの。」


 驚いたブレアが振り返ると、エマはすぐに離れてくれる。

 面倒なお願いだったらすぐに断ろう、と決めて、「何。」と問いかけてみる。


「あのね、この後ブレアの部屋のキッチン貸してほしいなって。」


「え、嫌かも。」


 ブレアが少し眉を寄せると、エマは「お願いよー!」と胸の前で両手を合わせた。

 普通の寮室にキッチンはないから、借りたいというのはわかる。

 けれどエマは自宅から通っているのだから、料理がしたいのならば家に帰ればいいじゃないか。


「……じゃあ、一応聞くけど。何で?」


「ルークくんとヘンリーくんと一緒にお菓子作りしたくて!」


 笑顔のままエマに言われ、ブレアはますます怪訝そうに顔を顰めた。

 何故いきなりお菓子作りなのだろうか。

 そして何だその謎面子。


「ブレア、何でお菓子作るのって顔してない?」


「してないけど思ってはいる。」


 不思議そうに目を瞬いているエマに、ブレアは無表情で告げる。

 何故急にお菓子作りなのだろう、とは思ったが、顔には出していないつもりだ。

 ブレアが正直に答えると、エマはむっとしたように唇を尖らせた。


「何でよぉ~!ルークくんに作ってあげようとか、思わなかったの?」


「逆に何で思うの。彼の方が作るの上手いし、食べたかったら勝手に作るでしょ。」


 怪訝そうにブレアが返すと、エマは「そうじゃないー!」と頬を膨らませた。

 わからないのがおかしい、みたいなノリだが、ブレアには何が何だか全くわからない。


「んもう、少しくらい行事ごとに関心を持って!明日!2月14日は~?」


「あー……。」


 エマに問いかけられたブレアは、すぐに正解に思い当たる。

 間の抜けた声を出して、ますます顔を顰めた。


「……よし、明日学校休もう!」


「ちょっと!?」


 真面目な顔でずる休み宣言をするブレアに、エマは焦ったように大きな声を出した。

 残念ながら、明日は魔法創造学の授業があった。






 その後、ブレアは渋々エマのお願いを承諾した。

 一緒に部屋に行こうと誘われたが、それは用事があったので断った。

 部屋に戻る前に、行くところがあったのだ。


 それから40分ほどして、用事を済ませたブレアは寮室に帰ってきた。

 ドアを開けると、ものすごく甘い匂いがした。

 チョコレートの香りだけでなく、もっと強くて甘ったるい香りがする。


「……キャラメル?」


「あっ、おかえりなさい先輩!キャラメルですよー!」


「お邪魔してます。」


 怪訝そうに眉を寄せたブレアに、ルークは明るい声で答える。

 ぺこりと礼をしてくるヘンリーに小さく頷き、ブレアは目を閉じた。

 ふぅーっと息を吐き出して、短く術式を唱える。

 途端、部屋内に風が巻き起こった。


「ブレア!?何してるの!?」


 驚いたエマに声を掛けられ、ブレアは魔法の使用をやめた。

 もう1度息を吐き、部屋着に着替えてベッドに寝転がる。


「換気!」


 短く言い切ったブレアに、エマは困ったように笑った。


「そんな大がかりにしなくてもいいじゃない。」


「邪魔にならないようにしたからいいでしょ。」


 寝転がったまま不満そうな顔をするブレアに、エマが近づいてきた。

 制服の上から可愛らしいエプロンをしている。用意がいい。

 ブレアのすぐ傍まで来たエマは、むっとしたように少し頬を膨らませた。


「ブレアー!この間私があげたパジャマ着てよ~!」


「嫌だよ。あれ可愛すぎるんだもん。」


 ブレアが拒否すると、エマは「いいじゃない。」とますます頬を膨らませた。

 以前魔力酔いを起こした時に着せられた寝間着は、後日返そうとしたのだが受け取ってもらえなかったのだ。


『絶対ブレアに似合うなーって思ってたからちょうどいいわ!あげる!』


 などと押し付けられ、未だにブレアの部屋に仕舞ってある。

 着心地は悪くないのだが、可愛すぎる。

 あまり気が進まない。


「……そんなことより、お菓子作るんでしょ?早く終わらせて帰ってほしい。」


「わかったわ。」


 素直に返事をしたエマは、キッチンに戻っていく。


「何作ってるの?」


 天井を見つめたまま、ブレアは3人に向けて問いかける。

 チョコレートの匂いはわかるのだが、何を作ったらキャラメルの匂いがするのだ。


「生チョコとマカロンを作ってます。生チョコは沢山作れて定番ですし、エマ先輩が凝りたいって言うので。」


「そうなんだ。」


 すらすらと答えてくれたヘンリーに、ブレアは軽く相槌を打った。

 特に興味はないので、あまり話を広げる気にはなれない。

 エマは友達が多いから、あげる相手が多いんだな、とはわかった。


「俺は明日先輩に渡しますね!心を込めまくって作ります!」


「何か嫌だなあ。」


 にこにこと笑っているルークだが、ブレアとしてはあまり欲しくない。

 というかルークはそれでいいのだろうか。

 ブレアから貰いたいとか思わないんだろうか。


「嫌!?」


「うん、嫌。」


 ショックを受けているルークのことは適当にあしらって、エマとヘンリーに声をかける。


「とにかく、なるべく早く終わらせてね。換気したい。」


「すみません。頑張ります。」


 またしても丁寧に礼をしてくるヘンリーの横で、エマは「はーい!」と明るく返事をした。


 大きく息をついたブレアは、顔の半分辺りまで布団を被って目を閉じた。

 終わるまで寝――れるといいなあと思いながら。

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