第125話 先輩にくっついていい理由にはならなくないですか!?

 ブレアの腕に女子生徒が抱き着いた途端、ルークはガタッと勢いよく席を立った。

「なっ!?」と言葉に詰まってしまい、一度深く息を吸う。

 けれども冷静になれるわけなどなく、声を荒げて叫んだ。


「何っしてるん、ですか!?誰ですか!先輩に触らっない、でください!?」


「落ち着いて~?声が変な跳ね方してるよ。」


 明らかに挙動不審なルークに、アリサはけらけらと楽しそうに笑っている。

 焦ったような顔をしているルークを見て、女子生徒はにやりと笑った。


「どうしていけないのでしょう?」


「先輩が嫌がってるからです。」


 もう一度深呼吸をしたルークはきっぱりと言い切る。

 女子生徒は小さく首を傾げて、擦り寄るようにブレアの方に顔を向けた。


「嫌がってますの、ブレアくん?」


 聞きながら女子生徒は片手をブレアの腕に這わせるように下に移動させ、ブレアの手を握った。

 まるで、恋人繋ぎのように。

 それを見たルークは、すぐにブレアの腕を掴んで女子生徒から引き離した。


「待って、痛ぃ。」


「あっ、すみません……。」


 つい、頭に血が上ってしまった。

 ルークがすぐに手を離すと、ブレアは「ごめんね。」と小さな声で謝ってきた。


「嫌がっていますの?」


「うーん……。……別に。」


 長い間を置いた後、ブレアは心底嫌そうな顔で答えた。

 見るからに嫌そうだが、女子生徒は「やったあ!」と笑って、またブレアの腕に引っ付いた。


「……俺は嫌です。」


「ルーくんが嫌がってどうするの~。」


 アリサにあははっと笑われ、ルークは「嫌に決まってるじゃないですか!」と大きな声で言う。

 嫌に決まっている。距離が近すぎる。見たことない人なのにやけに親しげな接し方だ。


「どちら様ですか?先輩とどういったご関係で?」


「睨まれると怖いです~!」


「どういったご関係ですか!」


 茶化すように言った女子生徒に、ルークはもう一度強く聞く。

 渋々といった様子でブレアから手を離した女子生徒は、深々と丁寧にお辞儀をした。


「初めまして。4年Bクラスのエリカです。エリカ・ステュアートと申しますわ。ブレアくんとは――皆様ではどうしてもなれないような、特別な関係……ですの!」


「どういうことですか先輩!?そういう関係なんですか!?浮気ですか!?俺とは遊びだったんですか!?」


 女子生徒――エリカが微かに頬を染めて言うと、ルークの表情が一気に険しくなる。

 いつも同じような問い詰め方をしてくるな、と思いながら、ブレアは小さく息を吐いた。


「義姉(予定)かっこ予定。君が思ってるようなのじゃないから。」


「え、先輩の兄弟はリアム先生じゃないんですか?その人はリアム先生の妹なんですか?」


 面倒そうに言ったブレアに、ルークは混乱したように聞く。

 ブレアとリアムは義兄妹で、ブレアとエリカが義姉弟なら、リアムとエリカは兄妹なのだろうか。

 それでも(予定)とはどういうことだろうか。


 ルークが首を傾げていると、ブレアが「ややこしいなぁ。」と困ったように溜息を吐いた。


「この子、リリ――カ、さんの妹なの。だからリアムとリリカさんが結婚したら僕は義弟――義妹?になるわけ。」


「そして私とブレアくんは幼馴染でもありますのよ!」


 得意げに胸を張っているエリカに、ブレアは呆れたように「そうだね。」と適当に答える。

 ブレアとエリカがどういう関係なのかはわかった。

 が、ルークには納得できないことがある。


「だからって先輩にくっついていい理由にはならなくないですか!?離れてください!」


「ルーくん、顔怖いよ~?」


「わかってます。」


 茶々を入れてくるアリサに、ルークは短く答える。

 険しい顔をしている自覚はある。

 だがこんなもの、顔を顰めずにはいられない。


「でも、ブレアくんが嫌がってないなら、いいのではありません?」


「駄目です。俺でもそんなことしたことないんで!」


 握ったブレアの手を指先でなぞるように撫でているエリカに、ルークはますますむっとして聞く。

 本当にやめてほしい。切れそうだ。


「もういいでしょ。帰りたいから、離してくれるかな。」


 面倒そうにブレアが言うと、エリカは少し唇を尖らせた。


「もう帰ってしまいますの?でしたら、途中までご一緒しても?」


「君は家でしょ?僕は寮だから。じゃあね。」


 さりげなくエリカの手を振り払い、ブレアはふっと息を吐いた。

 やっぱり嫌がってたのではないだろうか。


「帰ろ。」


「はい!」


 離れてくれたことと、帰ろうと言われたことが嬉しくて、ルークは弾んだ声で返事をした。

 幼馴染、という関係は羨ましいが、こうして一緒に帰ることができるのはルークの特権だ。

 少し……いや、かなりの優越感がある。


「……残念……。ブレアくん、提案なのですが――」


「うーん、彼が帰りたがってるから、今度聞くね。」


 寂しそうな顔で言うエリカの言葉を遮り、ブレアは布団を魔法で浮かばせる。

 

「帰るのー?ばいばーい!」


 3人の様子を面白そうに伺っていたアリサは、ルークとブレアに向けてひらひらと手を振った。

 ルークはアリサの方を向き、「さようなら!」と大きな声で礼をする。

 その後アーロンにも挨拶をしようとして――アーロンがいないことに気が付いた。


 よく見ると教室の一番後ろで、誰かと話している。

 話に飽きて別の人と話すことにしたのだろうか。


「アーロン先輩!帰りますねー?」


「馬っ鹿話かけんじゃねえ!?」


 一応挨拶しておこうと思って声をかけると、何故か怒られた。

 少々理不尽ではないか。


「何でですかー?」


「逃げてたのに意味なくなんじゃねえかよ!どっか行ってる時点で察せ!」


 察せと言われても無理がある。

 ルークには逃げる意味がわからない。

 焦っている様子のアーロンだが、誰も何故焦っているのかわかっていない。


「あらー?あらあら、お久しぶりですわね、アーロンさんっ!」


 にこっと笑ったエリカに近づかれ、アーロンは気まずそうに目を逸らした。


「うっわぁ……お久しぶりでーす。」


「うわぁ、とはどういうことでしょう?私、アーロンさんとお話したいことがありますの。よろしいですか?」


 嫌そうに顔を顰めたアーロンに、エリカは笑顔のまま更に近づいた。

 なんだか圧を感じる。怖い。


「……オレはあんまり、話すことねぇかなって……思うんだが……。」


「なら、私の話を聞いてもらいましょう!どこか人のいないところ、行きましょうか。」


 どうやら、アーロンに拒否権はないようだ。

 アーロンは困ったように視線を彷徨わせた後、「……わかりました。」と渋々承諾した。


 なんだか可哀想だが、あんなアーロンを見るのは初めてな気がする。

 強いていうなら、ヘンリーに怒られている時に似ているかもしれない。


 ブレアとの関係はわかったが、アーロンとはどういう関係なのだろうか。

 今度聞いてみようかなと思いつつ、邪魔しないように小声で挨拶をしてから、ルークは教室を後にした。

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