第121話 ――やっぱり僕達、友達じゃないよ
そのまま、無理矢理作った真顔で、ブレアはエマの答えを待つ。
何で笑ってるの?と聞きたくなった。
でも、聞かない。
今ブレアが欲しいのは、問いに対する答えだから。
サファイアの瞳は全てを見透かしている気がして、ブレアが聞きたいことなど、わかっていると思ったから。
「どうして?」
柔らかい、優しい笑みを浮かべたまま、エマは小さく首を傾げた。
ブレアが言ってほしいことはわかっている。
けれど言わない。
ブレアには、取り繕っても無駄だとわかっているから。
ブレアには、嘘を吐きたくないから。
「――僕、変だから。」
「どこが?」
ぽつりと零したブレアに、続きを促す。
「変でしょ!?僕が男かもしれないって、わかってる?」
「わかってるわ。ブレアが男の子かもしれないと、怖いの?」
エマは唇の形は保ったまま、困ったように眉を下げた。
「怖いでしょ!?わからないなんて気味悪いよ。同性だと思って接してた人が異性だったら、どう思う?それだけじゃない!」
エマが否定するよりも速く、ブレアが言葉を繋げた。
感情が爆発したような、叫ぶような声量が、周囲の空気を震わせた。
「こんなに魔力が高い人、こんなに魔法が使える人、目の色が変わる人、見たことある!?気持ち悪いでしょ、怖いよね!?」
「気持ち悪くなんてないわ。落ち着いて。」
声を荒げているブレアを宥めようとすると、ブレアが床に着いた手を片方動かした。
再びエマの手を、押さえるように掴む。
ぎりぎりと込められた強い力が、手首から伝わってくる。
「僕、男になったらエマより背も高いし、魔法使ったら、どれだけでも力強くできて、何でもできるんだよ。手、痛いでしょ?今、動けないでしょ?……怖くないの?」
手に力が籠っているのと反対に、声に籠った熱が逃げていく。
痛い。当然痛い。
けれどブレアは、そんなもの比にならないくらい、痛そうな顔をしている。
「……ブレアは、ルークくんが怖いの?」
エマが聞いた途端、ブレアの手に籠った力が抜けていった。
まるでルークの名が、ブレアの魔法を無効化したみたいだ。
目を丸くしたブレア表情が、ふっと緩んだ。
厳しかった表情が、弱々しくなっていく。
「……僕、魔法があったら何でもできて、僕に魔法で勝てる人なんていなかった。魔法以外のもので、僕の魔法に勝てる人も、いなかったんだ。」
「そうね。」
当然だ。ブレアほどの人など、そうそういない。
何でも魔法でやってのけるブレアに、怖いものなどないはずだった。
「でも、彼はどんな魔法でも、無効化できるんだ。僕が、お願いしたから。」
ブレアほど魔法を扱える人がいないのと同じように、ルークと同じことができる人など、いない。
その力は、唯一ブレアに対抗できると言える。
ずっと、魔法に頼ってきた。たった1つだけの、大好きなものだった。
魔法だけは絶対に、傍にいてくれると思っていた。
「魔法がないと僕、何もできないんだ。使えるようになってほしいって、自分が言った癖に……僕が望んだことなのに、そう――」
限界が来たのか、ブレアの瞳から涙が零れた。
大粒の涙がエマの頬にかかる。
ルークは、普通じゃない。
そのことに気がついたのは、ブレアだけだった。
気がついて、その“違い”を大きくしたのは、ブレアだ。
――なのに。
「――僕、彼が怖いんだ。」
整った顔が、悲しそうに歪む。
ブレアの視界はぼやけていて、エマの顔は見えない。
逆にエマがブレアの顔から読み取ったのは、恐怖――というより、罪悪感のようだった。
「怖い、怖いの。今まで会った、どんな人とも違う彼が怖い。どう足掻いても僕じゃ敵わない彼が怖い。――彼に
隠していた物を全て出すように、ブレアは怖い、と繰り返す。
何を考えているのか、何がしたいのか、わかりそうでわからないことが。
ブレアのことを、縛れる程の力を持っていることが。
触れ合う度に少しずつ、考えや感情が狂わされていくことが。
何より、何年も前に無くしたと思っていた、この感情を見つけさせられたことが、怖い。
「……そんなに、重く捉えないで。」
きゅっと唇を噛んだブレアの身体は、小さく震えている。
本当に怖がっているのかもしれない。
けれどそれ以上に、自分のことを責めているように見えた。
「怖いと思うことは、悪いことじゃないと思うの。だって私は――私も本当は、あなたのことが怖いもの。」
少し迷った末、エマはわざとはっきりと言った。
ブレアは、エマに共感してほしかったはずだった。
エマなら自分の想いをわかってくれるんじゃないか、なんて甘えて、あんな質問をした。
なのにいざ言われてみれば、想像以上に心に突き刺さって――穴を、開けられた気がした。
エマは絶対に、ブレアの傷つくことを言わない、なんて甘えがあったのかもしれない。
自分は、どこまでエマに甘えれば気が済むんだろうか。
「ごめん、怖がらせて……ううん、自分勝手で、ごめん。」
エマから顔を隠すように顎を引いて俯いたブレアは、小さく首を振った。
このまま謝って、終わりにすればいいのに。
思ったことなど飲み込んで、知らないフリをすればいいのに。
「エマは、優しすぎるんだ。だからああ言ってくれたけど――やっぱり僕達、友達じゃないよ……!」
言ったところで、誰のためにもならないのに。
エマを傷つけるだけなのに。
また自分は、身勝手なことを言う。
この期に及んで、甘えている。
けれどこうでも言わないと、また自分はこれまで通り、エマに甘えてしまう。
だから決別のつもりで、最後の甘えのつもりで――わざと酷いことを、言ってしまった。
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