第117話 魔法は、いい感じだったよ?
そして土曜日。
ブレアは部屋でゆっくり過ごす予定だったのだが、結局いつもの森の奥に来ていた。
「……練習してどうするの?」
いつも通り大きな石に腰かけて頬杖をついたブレアは、こてんと小さく首を傾げた。
使用する魔力量や魔法の影響範囲を調節できるようになりたいらしいが、何をそんなに一生懸命になっているのだろうか。
「授業にも使わないし、勉強した方がいいんじゃないかな。」
ブレアからコツを聞いた後、もう2時間は試行錯誤している。
正直、ルークが無効化魔法を覚えても、あまり使い道があるとは思えない。
それをそんなに頑張って、何の意味があるのか。
「練習するに決まってます!俺がちゃんと使えたら、先輩が魔力酔いした時とか力になれるじゃないですか!なので付き合ってください!」
「……!それは無理。」
少々驚いたように目を丸くしたブレアは、すぐに取り繕うように真顔に戻った。
ブレアから顔を背けたルークは、再び魔法の練習に戻る。
ブレアの顔を見たいのは山々だが、ブレアを見ると想像が鈍るのだ。
どうしてもブレアのことを考えてしまって、色々やらかしてしまう可能性がある。
現にルークには前科があるのだ。
取り払っても取り払えない煩悩をむりやり散らして、魔法に集中する。
範囲を狭める方法は、力を抜くこと。狭い範囲をイメージすること。
例えば目の前に本があるとする。
本をイメージすれば本に作用するが、ページ1枚をイメージすればページ1枚に作用する。
とブレアは教えてくれた。
それを基にイメージしている……のだが、中々難しい。
魔力を無効化する、つまり魔力をイメージするわけだが、目に見えないものをイメージするのは難しい。
そもそも対象がなく空打ちしているため、ちゃんと改善されているのかはわからない。
けれど、手応えはある、気がする。何となくだが。
使う魔力量が少なくなっている気がするのだ。
「先輩!多分できました!!空打ちなので何とも言えませんけど!」
「へぇ。じゃあ、実践してみる?」
ばっと振り返ったルークが言うと、ブレアが立ち上がった。
そのままルークの前まで来て、手を差し出してくる。
「実践って……何するんですか?」
ブレアの行動の意味がいまいちわからないルークは、戸惑ったように首を傾げた。
「僕の強化魔法だけ無効化してみてよ。わかりやすいでしょ。」
「体張らないでくださいよ!?失敗したらどうするんですか?」
この間はあんなに怒ったのに……と思いながらルークは焦って返す。
失敗して魔力全部に作用したら、ブレアは立つのも難しくなるはずだが。
「君の様子を見てる限り、大丈夫そうだったよ。君が変なこと考えない限りは。」
それに、もしそうなったら先日と同じように――いや、それはやめておこう。
ブレアが内心で自分の考えを否定している間に、ルークは「頑張ります……。」と自信なさげに答える。
小さく息を吐いて、両手でブレアの手を握った。
正直、手を握るだけでドキドキしてしまうのだが、必死に煩悩を取り払う。
気持ちを落ち着かせるのに数秒を要してから、ようやく術式を唱え始めた。
ブレアはつい手を引っ込めたくなる気持ちを堪えて、無言で耳を傾ける。
ゆっくり気味に紡がれる術式は、自分が指定したものと完全一致している。
結構長い式なのに、よく覚えたな、と今更ながら感心した。
ルークが術式を唱え終え、手のひらが淡く発光する。
ピリピリッと前回よりは弱く、けれども強い電流のような衝撃が全身を駆け巡った。
それを追いかけるように、気持ちいいような悪いような、なんとも言い難い不快感が通り抜ける。
瞬間、全身の力が抜けて、軽い眩暈がした。
「先輩っ!大丈夫ですか?」
「ん~……。」
前に傾いた身体を、ルークがそっと受け止めた。
小さく唸ったブレアは何度か居心地悪そうに目を瞬かせて、ようやくはっきりと目を開いた。
「大丈――ぶっ!?」
“大丈夫”と答えようとしたブレアは、はっとしたように飛び退いて、ルークから距離を取った。
裏返った声とその行動に、ルークは目を丸くしている。
「あ……えぇと、ごめん。違うの、ちょっと、びっくりした……だけだよ。」
胸の前で手を組んだブレアは、気まずそうに目を逸らして1歩足を後ろに引く。
「本当に大丈夫ですか?魔法上手くいきませんでした?」
大丈夫ではなさそうなブレアが心配になって、不意に手を伸ばそうとしたルークは――宙をきらせた手を、そのまま降ろした。
焦っていたルークの表情が、すっと悲しそうな、静かに心配するような顔になる。
強張ったブレアの肩が、微かに震えているように見えたからだ。
アメシストの瞳に浮かんでいるのは、やっぱり怯えに似た色に見える。
「えぇ、と、魔法は、いい感じだったよ?ちゃんと強化魔法は無効化されちゃったから、さっきかけ直したし。だから――」
――だから、そんな顔しないで。
なんて言おうとして、やめた。
ルークがそんな寂しそうな顔をしているのは、間違いなく自分のせいなのだから。
そんな顔しないで、なんて言って、無理に笑わせて、何になるのだ。
「……ならよかったです、けど……先輩、本当に大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。多分、疲れちゃったんだ。眠いのかも。僕、先に部屋戻ってるよ。」
また1歩後ずさりながら、ブレアは早口気味に告げる。
そのままくるりと後ろを向いて、早足に歩き出してしまった。
(……今、明らかに逃げられた、よな?)
いつもなら、帰りたくなったら『そろそろ終わりにしようか。』と言って、一緒に部屋に戻るのに。
今日はさっさと1人で帰ってしまった。
何が原因だったのかわからず、戸惑う。
間違いなく自分が悪いことはわかっていて、罪悪感も湧いて出てくる。
けれど何がいけなかったのかは、よくわからない。
悲しそうな目でブレアに触れた感触の残る手を見て、ルークは大きく首を振った。
もう少し、魔法の練習をしてから帰ろう。
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