第4章 先輩が好きな人編

第116話 ルークくんが壊れたっ!

 昼休みになるといつもすぐに――10分もしないうちに、ルークが3ーSの教室にやってくる。

 大抵そのしばらく後に、ヘンリーがやってくる。

 早くブレアに会いたすぎて、ヘンリーを置いて走ってくるからそうなるらしい。


 しかし今日、勢いよく教室のドアを開けたのは、ヘンリーだった。

 珍しくルークと一緒に来た――というより、ルークを連れて来たように見える。


「ユーリー先輩、ちょっとルークくん借ります。」


「……いいけど。」


 困ったような顔をしたヘンリーに言われ、ブレアはこてんと首を傾げた。


「先輩安定の可愛さ!好きです!付き合ってください!」


「それは無理。」


 いいけど。とは言ってもらえなかったが、何故かルークは嬉しそうだ。

 ルークを連れてアーロンのところまで来たヘンリーは、焦ったように言った。


「兄貴聞いて!?ルークくんが壊れたっ!」


「はぁ?コイツは元から壊れてんだろ。」


 何を言っているんだ、とアーロンはあからさまに顔を顰めた。

 中々に失礼な発言だが、ルークは全く否定しない。

 何もないのに、何故か上機嫌に笑顔を浮かべている。


「マジで変なの!朝からずーっとニヤニヤ?にこにこ?ニマニマ?しててまともな受け応えができない!」


「朝からずっとコレなの?それは頭イッてるわ。何があった?」


 ドン引きしたアーロンが目を向けると、ルークは緩み切った口を開いた。


「昨日嬉しいことがありまして……ふへへ、先輩可愛かったです……!」


「キッショ。思い出し笑い怖ぇ。」


 嬉しすぎて変な笑いが出ているルークに、アーロンはドン引きしている。

 ヘンリーは引いてすらいない。

 朝からずっとこんな調子で、この台詞も何度も聞いたからだ。

 ここまでずっと笑っていると、一周回って心配になってくる。


「嬉しいことって、何があった?」


「秘密です!俺と先輩だけが共有した熱い思い出なので……!」


「気持ち悪い言い方しないで。」


 席を立って歩いてきたブレアが、不満そうに顔を顰めてルークを一瞥した。

 自分の話をされているのが丸わかりだったため、気になってしまったようだ。


「すみません……!ああ、先輩の顔見たらニヤける……。」


「キモい。顔真っ赤になってる。」


 ルークは意識的に引き結んでもなお吊り上がってしまう口元を手で覆って隠す。

 それでも赤くなった顔は隠しきれず、呆れたブレアに指摘されてしまった。


「でもだって、嬉しかったんですよ!あれはもうそーゆー事として受け取ってもいいんですか!?先輩大胆っ!積極的っ!好きです付き合ってください!」


「そーゆー事ってどういう事なの……。付き合わないよ。」


 呆れたように眉を寄せたブレアは振っているのに、ルークは「はいっ!」と語尾にハートマークがつきそうな調子で返事をする。

 今なら何を言われてもこの反応をしそうだ。


「えへへー釣れない先輩も最高に好きですよ!愛してます!」


「そ。」


 にこにこ笑顔のルークに言われ、ブレアは呆れたように眉を下げた。


「んで、昨日何があったんだ?」


 ルークはよくわからない理由で秘密にしようとするので、代わりにブレアに聞いてみる。

 ブレアも話してくれないかと思っていたが、案外すんなり口を開いた。


「助手、やめてもらったんだ。」


「はぁ……それだけ?」


 ブレアは一瞬むっと口を噤んで、「それだけ。」と短く答えた。

 そのままふいと目を逸らす。

 本当にそれだけなのか怪しいが、取り合えずそれだけだったことにすると――


「ルークくん、それのどこが嬉しかったの?」


 何が嬉しいのか、全くわからなかった。

 むしろ助手兼友達から友達になったわけだから、降格ではないだろうか。


「嬉しいぞ!?助手じゃなくなっても傍に置いていただけるとか、もう俺のこと好きと言っても過言ではなくないか!?」


「過言だよ。お前馬鹿だろ。」


 ばっと一気に捲し立てるルークに、アーロンは呆れたように突っ込んだ。

 確かに最初と比べればかなり好かれている、ということになるだろうが、ルークの言う“好き”ではないだろう。


「本当は、離れて貰おうと思ってたんだけどね……。」


 嬉しそうなルークを見て、ブレアは諦めたように溜息を吐いた。


 本当は、全部やめて貰おうと思っていた。

 同室とか、食事とか、全部。

 縛りつけるのはやめようと、思っていたはずなのに。


「嫌です!何でそんなこと言うんですか先輩!?生涯一緒にいましょうよ~?」


 なんとなく嫌で、結局いてほしいなどと言ってしまった。

 彼がそうしたいならいいかな、等と甘えてしまった。


「はいはい。」


「はい!?はいって、イエスですか?結婚!?結婚してくれるんですか!?」


「しない。」


 適当に返事をすると、何だか変な捉え方をされてしまった。

 ウザい。こういうところがウザい、話すのが面倒。なのに、何故か惜しい、と思ってしまった。


「何があったのかはよくわかんなかったけど……ルークくんが何でも喜べることはわかったよ。」


「何でも喜ぶわけじゃないぞ!?先輩にキ――本気で口説きにいっていいって言われた!最高に嬉しい!」


 本当に1番嬉しかったのは接吻なのだが、それは言わないことにする。

 言ったら怒られそうな気がするのだ。


「俺はもう助手じゃないので!今日からは先輩を落とすことに全力を尽くそうかと思ってます!付き合ってください!」


「無理。」


 またしてもあっさり振られたルークに、兄弟は揃って呆れたように眉を寄せた。

 この短時間で、もう4回は振られている。

 今までは自重していて、許可が下りたことで告白する回数が増えたのだろうか。


「ルークくん、嬉しいのはわかったけど、限度がある。」


「ちゃんと弁えてるぞ!先輩が嫌がることとか、身体触ったりはしてない!」


 きっぱりと否定するルークだが、そういう問題ではない。

 そして全然目が合わない。ヘンリーは喋っているのに、完全にブレアの方を見ている。


「付き合ってだの結婚してだの、言い過ぎだろ。本気で口説いてそれならマジで希望ねぇぞ?」


 ルークは“本気で口説きにいっていい”と言っていたが、回数を増やせばいいというものではない。

 もっと言い方とか、台詞を工夫しようとは思わないのだろうか。

 あまりにもセンスがない。


「希望しかないですよ?助手の代わり、と言うのはあれですが、抜けた肩書は近々彼氏になる予定です!ですよね先輩!」


「……ないかな。」


 自信満々に言うルークだが、ブレアは無表情で否定している。

 本当に口説いていいなんて言ったか、疑いたくなる態度だ。


「お前ずっと助手、助手って言ってたけどよ……しょーみ助手って何してた?見たことねえんだが。」


 あからさまに眉を寄せたアーロンが、疑うような目を向けた。

 ルークはずっと自分が助手であることを誇っていたが、正直、ルークが助手らしいことをしているところを見た記憶がない。


「してましたよ!アーロン先輩だってみたことありますよね!?先輩が俺で魔法を試してるの!」


「ルーク、すげぇ言いにくいんだが……。」


 あまりにルークが嬉しそうなので、言うか少し迷ってから――アーロンは意を決して口を開いた。


「それは助手の仕事じゃねえ、だ。」


「確かに……!!」


 はっとした顔でようやくアーロンを見たルークは、何故か嬉しそうだった。

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