第114話 いわせないでよ
思っていても、確信していても、言いたくなかった。
口にした瞬間、どうしようもなく重く、のしかかってくる気がした。
懇願、嘆願。
そんな言葉が似合うような、力強い願い。
『いわせないでよ。』
そう言う声はあの日――まだ義妹じゃなかった、けれど大切だった子の、絶望に染まった声に似ていた。
今でも耳の奥に残っている、全く予想できなかった7文字。
それとぴったり、重なった。
「……すみません。」
「いいよ。」
観念したようにリアムが謝ると、ブレアはあっさりと許した。
責めたかったわけじゃない、ただ、認めてくれればそれでよかった。
そんなブレアに、リアムはすこし驚いたように目を丸くした。
「怒らないんですか。」
絶交されてもおかしくないくらいだ。
怒られて当然、むしろ怒って欲しかった。
無意識のうちに、魔法を使ってしまうことがあった。
いつも使ってから――下手をすれば暫く後に、違和感を辿って、そのことに気づいていた。
あくまで予想だが、恐らくリアムは自分のやったことを、全て把握はできていない。
「怒らないよ。リアムは悪くないもん。僕が変なことお願いしたのが悪いんだから。」
なのにブレアはやっぱり、全責任が自分にあると思っているようで。
どうしてそんなに抱え込むんだ、と言いたくなった。
「怒ることがあるとするなら……いくら意思の介入がないとはいえ、狙い下手すぎだよ。先生の癖に。」
輪郭に指を添えて考えたブレアは、ふっと煽るように微笑んだ。
こちらが動かなければ、掠りさえもしない。そういう軌道だった。
制御が狂っているからそうなるのか――無意識のうちに、守ってくれていたのか。
「――リアムって、本当に僕のこと好きだよね。」
どっちかなんてどうでもいい。
ただ、魔石が影響するほど強かった想いが、ブレアに向けたものであったことが、申し訳ないと同時に、嬉しかった。
だから、怒ることも、悲しむこともない。
「……勿論、愛していますよ。」
「知ってる。」
こうやって、優しく、さらりと恥ずかしいことを言ってしまうところが、ちゃんと、ずっと、好きだった。
「彼がね、無効化魔法を使えるようになったの。だから、多分、魔石の効果も消せると思うんだ。」
好きだからこそ、申し訳なくて、必死に解決策を探していたのだ。
リアムの論文から愛を感じるのと同じくらい、自分が探していたものからもリアムへの愛を感じて――つい、苦笑してしまう。
「彼、もうすぐ来ると思うし、どうかな、受けてみてほしいんだけど。」
迷うように視線を彷徨わせた後、リアムは小さな声で「お願いします。」と返した。
満足そうに微笑んだブレアをじっと見て、リアムは少し遠慮がちに問いかける。
「いつから気づいてたんですか?私が、魔力の制御を上手くできないことに。」
リアム本人だって、違和感を感じることがあれど、確信に至ったのはつい最近のことだった。
それをブレアは見透かしていて、それも、ずっと前から知っていたような、そんな口ぶりだったように思える。
「……最初から。」
ぽつりと呟くように言ったブレアは、もう一度真っ直ぐな目をリアムに向けて、言い直した。
「初めて先生の家に言った時――霧がでてたから。」
「そうですか。」
ああ、そうか。そんなんだ。
と、リアムは悲しそうに眉を下げて、笑った。
不安定だった、まだ小さな子供を、不安にさせてしまったんだと思った。
どこまでも、自分が愚かで。
義兄失格じゃないか、と思って。
謝ろうとすると、コンコン、とドアがノックされた。
「あ、彼かな。」
立ち上がったブレアが、ドアの方へ歩いていく。
ドアを開けると、予想通りルークが立っていて、ブレアは薄く微笑んだ。
「え、先輩笑っ……可愛……?どうしたんですか?」
「来て。先生の方行く。」
ブレアはルークの袖口を引いて、リアムの方へ連れていく。
その動作にルークが頬を染めているのだが、何回されれば慣れるのだろうか。
「先生に無効化魔法、してみて。」
予想外の頼みだったのか、ルークは「え!」と驚いたように声をあげた。
「やるんですか?ありとあらゆる魔力が無に還りますが。」
リアムに見せたい、とは聞いていたが、もっと後だと思っていた。
まだ加減もできない状態なのにいいのだろうか。
「何ですかそのリスク高すぎる魔法。」
「無にはならないけどね。先生は僕ほど弱くないし、大丈夫だと思う。」
リアムが顔を引き攣らせると、ブレアは小さく首を横にふった。
「ほら、大丈夫だからやってみて。」
「わかりました……リアム先生、手貸してください。」
ブレアに急かされ、ルークは気持ちを切り替えるように長く息を吐く。
リアムが差し出した手を両手で掴み、目を閉じて術式を唱え始めた。
不安で若干顔を強張らせているリアムを見て、ブレアはクスクスと笑っている。
リアムの気持ちはよくわかるが、それでも見ている分には面白い。
ついでに、客観的に見ることで前回はわからなかったことが分かりそうで丁度いい。
ルークの魔法が周りに干渉しても大丈夫なように、少し離れたところから観察する。
ルークが術式を唱え終え、手のひらが淡く光る。
リアムが一瞬驚いたような顔をして、そっと手を離した。
「……変わった魔法ですね……?特に不快感が。」
「何かその言い方傷つきます!」
リアムは少し眉を寄せて、自分の手を見つめている。
魔法のことだとわかってはいるのだが、何だか自分が言われているみたいで嫌だ。
2人に近づいたブレアは、右手でルーク、左手でリアムの手をそれぞれ握る。
そうして2人の魔力の状態を確認すると、呆れたように、けれど嬉しそうに笑った。
「……君、魔力全部使いはたしちゃってるじゃん……。先生は、予想通りでよかった。」
手を離したブレアは、教室の隅に置かれている布団を魔法で浮かばせる。
「帰ろ。」とルークに声をかけると、ドアの方へ歩き出した。
「もう帰るんですか?俺はいいんですけど……。」
「いいよ。君も先生も、なるべく早く休んだ方がいいと思うし。」
先輩はいいんですか、とルークが聞くよりも速く、ブレアは落ち着いた声色で答えた。
「君には、話したいことがあるんだ。帰りながら聞いてくれる?」
「一言一句聞き逃さず聞きます!」
ブレアが振り返って、ちらりとルークの方を見た。
即座に答えたルークは、リアムに挨拶をしてから、飛ぶようにブレアの隣に行く。
「失礼しました!!」
さっさと廊下に出て行ってしまうブレアを追うように、ルークも急いで外に出た。
2人を見送ったリアムは、はあっという溜息とともに、崩れるように椅子に座る。
机に肘をついた手で額を抑えて――けれどやっぱりその手を離して、うずくまるように机に顔を伏せた。
――気を抜くと、年甲斐もなく泣いてしまいそうだった。
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