1月21日特別編4 こ、これは抱き返しても……いいやつですか
そういった経緯で、今に至る。
あの後もブレアが何度も忘れたフリをするため、何度も念を押した。
ぎゅっとルークに抱き着いたブレアは下を向いているため、誰にも顔は見えない。
しかしすぐに離れたりせずに、ずっとこうしているということは、案外嫌ではないのだろうか。
エマは嬉しそうにきゃーと黄色い悲鳴をあげていて、アーロンは大笑いしながら何枚も写真を撮っている。
ルークは緊張しているのか何も言わないが、全身から嬉しさが伝わってくる。
そんなブレア以外騒がしい状況で、ガラガラっと教室のドアが開いた。
「……兄貴ー変なことしてな――え?」
入ってきたのはヘンリーで、ヘンリーは信じられない光景に固まった。
兄は変なことをしていなかった。
しかしブレアとルークがハグしているという、おかしすぎる状況だった。
しかもブレアから抱き着いているように見える。
「……ユーリー先輩、どこか悪いんですか……?」
訳がわからなすぎるので、とりあえずブレアの体調を心配する。
どうすればこんな状況になるか、と考えてみた。
体調不良か何かでブレアの意識が朦朧としているか、精神に何らかの異常をきたしているとしか思えなかった。
「バリバリ元気だぞ。何も言わねえが。」
「じゃあ何があったの……?」
ブレアの代わりに答えたアーロンに、ヘンリーは疑いの目を向けた。
何もないのにこうなるはずがない。
「オレが勝ったらルークにハグなって約束して、オレが勝った。からこうなったんだよ。」
訂正。
兄が変なことをしていた。
「……うわぁ。」
もう事が起こった後だったためやめなよとも言えず、ヘンリーは小さく息を漏らした。
「ありがとうございますアーロン先輩……!先輩から来てくれるとか夢ですか?夢なんですが!俺明日、と言わず今日死にます?」
「死なないで?」
感極まっているルークを見て、ヘンリーは困ったように苦笑した。
ルークが幸せそうだからいいのだろうか。いや、ブレアはいいのだろうか。
「ルークくん、どうして両手上げてるの?」
アーロンに注意することは諦めて、気になっていたことを聞いてみる。
腕を回しているブレアと違って、ルークは降参する時のように両手を上げている。
それを見てヘンリーは“ブレアから抱き着いた”と判断したのだが、よく考えてみればどういう姿勢なのだろうか。
「触ってないアピールです。先輩は神聖なので。」
「何か限界度上がってね?」
キツく目を閉じて言うルークが面白かったのか、アーロンは更に笑いだす。
ついこの間まで肩を撫でるとかどうとか言っていたのにな、とヘンリーは最早呆れているようだ。
「ユーリーはいつまでそうしてんの?意外と気に入っちゃった感じ?」
「……煩い。」
アーロンが煽るように問いかけると、ブレアはようやく小さな声を出した。
「えぇ、先輩のお美しい声が間近で聞こえてくる……最高すぎる……!」
なぜブレアがいつまで経っても離れず、ルークに抱き着いているかと言うと。
――誰にも顔を見られたくなかったからである。
熱があるわけではないのだが、兎に角顔が熱いのだ。
正確に言えば体が熱いのだが、特に顔が熱い。
心臓の鼓動が速いので、血の巡りがよくなっているのかもしれないが、顔が赤くなっている気がする。
それを見られたくないため、顔を上げることができなかった。
だからこうして熱が引くのを待っているのだが、一向に引かない。
気持ちを落ち着かせようとしているのに、自分のものより速くて大きなルークの心音が聞こえてきて、余計に混乱する。
「ブレア、照れてるんじゃないかしら?可愛い~!」
「マジで?撮りてぇ。」
エマには見透かされていたようで、キラキラと目を輝かせている。
ずっと魔道具で写真を撮っているアーロンだが、そうすることで余計にブレアが顔をあげなくなることはわかっているのだろうか。
「もう先輩可愛すぎて……語彙力がなくなります、可愛い……。」
可愛い、可愛い、と耳のすぐ上で連呼されると、余計に混乱するからやめてほしい。
必死に落ち着こうとしているブレアだが、ルークは兎に角ブレアが可愛くて仕方がなかった。
背が低いとか、細い、華奢だとか、いい匂いがするとか、いつも感じて悶えているが。
実際接触してみると、やっぱり小さくて可愛い。いい匂いがする。
ぎゅっと腕に力を込めてきているのに、全然痛くも苦しくもない。力が弱くて可愛い。
何故か頑なに下を向いているのも可愛い。
兎に角可愛いのだが、可愛すぎて、可愛い以外の語彙が消失していた。
「えー……と……。こ、これは抱き返しても……いいやつですか?」
恐る恐る聞いたルークは、何故か目線をアーロンとエマの方に向ける。
そんな可愛いブレアを堪能していると、欲がでてしまったらしい。
「いんじゃね?」
誰も答えないため、アーロンは軽い気持ちで答えた。
勝手に何を言っているんだ、とヘンリーが抗議の目を向けている。
「えと、失礼します……?」
更に恐る恐る、声をかけてみるが、ブレアの反応はない。
更に更に恐る恐る、上げていた手をブレアの背に回す。
かなりぎこちない動きに兄弟は苦笑していて、エマはドキドキして見守っている。
ゆっくり動いているルークの手がブレアの背中に触れ――瞬間、ブレアの肩がぴくりと跳ねた。
「――めっ!」
咄嗟に叫んだブレアは、ルークの胸板を突き飛ばすように押して距離を取った。
ほぼ無意識に強化魔法を使ったようで、ルークが尻もちをついた。
驚いたのかショックだったのか、ルークは唖然としてブレアを見上げている。
“ダメ”のダが消えて『めっ!』になっているのが可愛い、などと言っている場合ではない。
「あ……その……キモいとかじゃ、なくて……いいかなと思ってたんだけど無理だったというか……その……ダメ!」
胸の前で両手を握ったブレアは、戸惑っているのかたどたどしく言い訳を並べながら後ずさってルークから距離を取る。
拒絶されたのはショックだった。
あわよくばもっとああしていたかったとか、自分からも抱き締めたかったとか、色々思う。
――が。
今言えることは、1つ。
「――調子乗ってすみませんでした――――!」
立ち上がらないままブレアのすぐ傍まで滑り込んだルークは、深々と頭を下げた。
勢いがよすぎたためか、頭がブレアのつま先に触れそうだ。
むしろよくぶつからずに止まれたな、と一同が思った。
ブレアだって怒っているわけではない。
だからすぐ許す。
が、許されたからといってここで顔を上げると、ルークはもう1度、もっと深々と謝ることになるのだが。
今のところそれには、誰も気づいていないようだった。
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