1月21日特別編2 言い方変えたら僕がハグしてくれると思ってるの?

 今朝に遡り。

 ブレアが登校してくると、エマがいきなり抱き着いてきた。


「ブーレアっ!おはよー!」


「え、エマ?どうしたの。」


「肌綺麗ね、今日も可愛いわよ!」と頬擦りをしてくるエマに、ブレアは戸惑っている。

 エマの距離が近いのはいつものことだが、登校してすぐに抱き着かれるとは思うまい。


「ごめん……ちょっと苦しい。」


「あっごめんね!?」


 エマがぱっと離れると、ブレアはふうっと胸を撫でおろした。

 申し訳なさそうにしているエマに、「――で、何?」ともう1度問いかけた。


「何って、今日が1月21日だからよ?」


「そうだけど。それとこれになんの関係があるのかな。」


 きょとんとしているエマに、ブレアは怪訝そうに眉を寄せた。

 今日の日付くらい、ブレアはちゃんとわかっている。

 だがそれと抱き着いてくることに、何の関係があるのだ。


「何って、ハグの日じゃないー!だから、ハグしてるのっ!」


「きゃ、ちょっと……。」


 今度は緩い力で抱き着かれ、ブレアは困ったようにその手を外そうとする。

 顎を引いて顔をなるべくエマから離しているブレアを見て、エマはふふっと笑う。


「避けないでー!抱き返してくれてもいいのよ?」


「返さない。そろそろいいでしょ、離して。」


「釣れないわね~。」


 残念そうに言ったエマは、渋々抱擁を解く。

 人が多いから恥ずかしいのか、ブレアは少しだけ頬を染めていた。


「折角ハグの日だから、ブレアも誰かにした方がいいんじゃない?」


「言い方変えたら僕がハグしてくれると思ってるの?しないよ。」


 ブレアは眉を寄せて否定すると、エマは「わかってるわよ~。」と笑った。

 エマは心配になるほど全く気にしていないが、ブレアからすればエマに抱き着くのは少々――いや、かなりハードルが高い。

 ハードルが高いどころか普通に駄目だと思っている。


「私じゃなくてもいいのよ?例えばほら――ルークくんとか!」


「は?ふざけないで。するわけないでしょ?」


 ルークの名前を出した途端、ブレアの声色が一気に冷めて、厳しくなった。

 するわけがないだろう。エマより嫌だ。

 性別、という意味ではいくらかハードルが低い気がするが、嫌だ。


「どうして?」


 仲良しだからできるかと思ったわ。とエマは不思議そうに聞いてくる。


「嫌だから。」


 どうして、と聞かれても、理由は決まっている。

 何故嫌か、と聞かれたら――


「絶対調子乗るでしょあのド変態。」


 そう、ルークが変態だからである。

 抱き着くだけで――ましてやブレアから等、有り得ないほど喜んで、調子に乗る未来が見える。

 なんなら嬉しすぎて倒れそうだ。


「してあげたら喜ぶと思うわよー?」


 そもそもどうしてハグの日だから、なんて理由で人と接触しなければいけないのだ。

 というかハグの日ってなんだ。誰が決めたその全く意味のわからない日。


 エマは楽しそうにしているが、自分は絶対に乗らない。


「はぁー……嫌っ!?」


 大きく溜息を吐くと、後ろから突進するような勢いで誰かがぶつかってきた。

 腰に手を回されたのをみるに、抱き着かれたんだろうとがわかる。

 そしてそこから、誰なのかも検討が付く。


 よろめいたブレアは体制を立て直すことができず、前に倒れ込んでしまった。

 が、幸いエマに受け止められ、床に倒れ込まずには済んだ。

 ――胸に顔を埋める形で。


「きゃっ、ちょっとブレア、大丈夫!?」


「ごめ――」


 慌ててブレアが離れようとすると、支えようとしてくれたのか、エマが頭に腕を回して抱き締めてきた。

 顔が柔らかい物に埋まり、「みゃ!?」と自分でもよくわからない声が出た。


「もう、リサってば、勢いつけると危ないわよ?」


「えへへーゆりゆり、体幹ないねぇ?」


 抱き着いてきたのはブレアの予想通り、アリサだったようだ。

 よしよしとブレアの頭を撫でながら、エマは困ったようにアリサに注意する。


 前にエマ、後ろにアリサがくっついていて、ブレアは完全にサンドイッチの具材状態になっている。

 お願いだからもう少し気にしてほしい。離してほしい。

 離れたいのに、少しでも動いたら詰む。いや、既に詰んでるかもしれない。最悪すぎる。


「…………死にたい。」


「どうしたのブレア!?大丈夫!?」


 呻くようなブレアの声を聞いて、エマは心配そうに大きな声を出した。

 訳もわからないまま慰めようとしたようで、更にぎゅっとブレアを抱いて撫でてくる。

 それが死にたい原因なのだが、わかってもらえそうにない。


「ゆりゆり、何か今日ネガティブ~。ハグの日なのに。はっぴーになぁれぇ。」


「ハグの日だからだよ……。」


 能天気に言うアリサに、ブレアは溜息すら吐けない。

 申し訳ないけれど、少し殺意が沸いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る