第112話 今朝、何か先輩が冷たかった気がする!!
時刻を確認すると、もう8時前だ。
ブレアはまだすうすうと寝息を立てているが、そろそろ起こさねば、学校に間に合わなくなる。
昨日は体調が優れなかったが、今日は学校に行けるのだろうか。
魔法創造学があるから、意地でも行きそうだが。
「せんぱーい?朝ですよー、起きてくださーい!」
いつもこうして声をかけるのだが、大抵の場合返事がない。
同室になる前は寝起きがいいのかと思っていたが、そうでもない……というか、日によってかなりバラつきがある気がする。
今日は疲れているからか返事がなく、全く動かない。
「せんぱーい、学校行けますかー?」
申し訳ないと思いつつ、ブレアの肩に触れ、少し揺すってみる。
「ん、ぅ……。」
もぞもぞと小さく動いたブレアがゆっくりと目を開けた。
眠たそうな目を何度か瞬いて、覗き込んでくるルークの姿を確認する。
こちらに伸ばされた右腕が肩に触れている――とわかった瞬間、急に肩の感覚が働きだす。
「――嫌っ!」
ブレアが殆ど反射的に、ルークの手を払い退けた。
自分の行動に自分で驚いているようで、アメシストの目を丸くしている。
「えっ、すみません!?」
同じかそれ以上に驚いているルークが咄嗟に謝ると、ブレアははっとしたように数度目を瞬いた。
ふっと小さく息を吐いて、肩を擦っていた手を離す。
「……ごめん、寝ぼけてたのかも。なんでもないよ。」
「なんでもないならいいんですけど……。体調とか大丈夫ですか?」
本当に何もないのだろうかと、ルークは心配そうに聞く。
「平気。」と小さな声で答えて、ブレアは音もなく身体を起こした。
自分の姿をじっと見降ろして、困ったように眉を寄せる。
「何か、女の子みたいな恰好にされてる……。」
「めちゃくちゃ似合ってて可愛いですよ!気づいてなかったんですか?」
着心地が悪そうに広がった袖を撫でたブレアは、怪訝そうにさらに眉を潜めた。
じーっと胸元のフリルを眺めた後、ゆっくりと首を傾げる。
「エマが来て……何か色々してくれたのは覚えてるけど、こんなの着せられてるのは知らなかった。」
「かなりしんどそうでしたもんね?元気になってよかったです!」
嬉しそうに笑うルークを、ブレアはじっと真顔で見つめた。
小さく首を横に振ると、立ち上がって長い髪をかき上げる。
「うぅん……髪が変……。」
その動作に合わせて制服に着替えたブレアは、心地悪そうに唸った。
「汗かいてたからですね。今から風呂は無理ですし、俺が簡単にケアしましょうか?お任せください!」
先輩の髪を触りたい、あわよくばついでにヘアアレンジもさせてもらえないだろうか。
などと少々欲望にまみれた提案をするルークだが、「嫌だ。」とあっさり拒否されてしまった。
「魔法で綺麗にできるから大丈夫。」
ブレアは冷めた顔で言いながら、長い髪を指で梳かす。
サラサラと流れる髪から淡い光が舞って、魔法を使用しているのがわかった。
病み上がりでも大丈夫なのだろうか。
そう思ったルークは心配そうに見ているが、特に問題はなさそうだ。
「何見てるのかな。学校行くんじゃないの?」
「行きます!すみません!」
魔法で布団を浮き上がらせたブレアがドアノブに手を掛ける。
慌てて返事をしたルークだが、少し引っかかる――もやもやしていることがあった。
「聞いてくれヘンリー!今朝、何か先輩が冷たかった気がする!!」
もやもやすることがあったら、とりあえず相談すればいい。
ルークはブレアと別れて教室につくなり、大きな声でヘンリーに告げた。
「……いつもじゃないかなー?」
何事か、と一瞬目を丸くしたヘンリーは、困ったように首を傾げた。
ブレアが元気になったのならよかった。と言いたかったが、そんなノリではなさそうだ。
「今日は何か本当に冷たかった、というより拒絶された気がするんだよ!」
「……いつもじゃないかなー?」
ヘンリーがもう1度同じように返すと、ルークは「違う~!」と不満そうに唇を噛んだ。
「俺、いつも朝先輩を起こすんだけど、声かけても起きなかったらその……少しだけ身体を触らせてもらってて、」
「サイテー、既にサイテー。」
呆れたように抑揚のない声で言うヘンリーに、ルークは慌てて訂正する。
「誤解!そういう意味じゃなくて、肩!ちょっと肩触って揺するだけだから!」
「あーね?ルークくんのことだから、ユーリー先輩が寝てる隙にセクハラでもしてるのかと思った。」
平然と言われ、ルークは不満そうにむっとした顔をした。
俺のことを何だと思っているんだ、と言いたそうだが、勿論“ブレアが好きすぎる変態”だと思っている。
「まあそれでほぼ毎日先輩の華奢で白くて綺麗な肩を撫で――触らせてもらってるんだけど、」
「言い方!絶対楽しんでるじゃん……。1回怒られた方がいいよ?」
「本当にすみません、不可抗力……。」
ブレア本人はここにいないのに、なぜかルークは深々と頭を下げた。
そんな変なことはしていない。ただ綺麗な肩だなーと思って、触れた時にそっと、ほんの少しだけ手を動かすだけだ。
「だって先輩、朝着崩れて肩見えてること多いからえっちすぎる!今日は違う服だったから鎖骨も肩も見えなかったけど!」
「これをユーリー先輩は普通に起こされてると思ってるんだよね?普通にやばい、密告しようかな。」
最早真顔になってしまったヘンリーは冷たい目でルークを見ている。
不可抗力と言っているが、かなりよくない自覚はあるのだろうか。
初めの頃はもっと遠慮があったと思うのだが、どんどん自分に甘くなっているように見える。
「そうじゃない!俺の話聞いてくれよ!?」
「わかったわかった、とりあえず1回聞くから落ち着いて?」
一度、ツッコまずに最後まで聞いてあげよう。
ヘンリーが口を噤むと、ルークは「それで、」と話を戻した。
「それで今朝も先輩を起こしたんだけど、こう――嫌って、手を振り払われたんだよ。」
「うん。」
ツッコみたい気持ちをぐっと堪えて、ヘンリーは苦笑いで相槌を打つ。
続きを促したつもりなのだが、ルークは無言になってしまった。
「……続きは?」
「え?終わりだぞ。」
「オチは?」
思っていたより短く、どうでもいい話だった。
これでブレアが冷たいと言われても、やっぱりいつも通りに聞こえる。
「オチを求めるなよ!?先輩に嫌って言われたんだけど、俺何か嫌がられるようなことしたのかな……。」
「寝てる間にセクハラしてたのがバレたんじゃない?」
そんなことをされれば当然嫌がられるに決まっている。
ルークは「してない!」と大きな声で否定するが、しているも同然ではないか。
「先輩がちょっと肩触ったくらいであんなに嫌がるわけ――あるな?」
「ないと思ってたんだ?」
深刻な顔で意見を変えたルークに、ヘンリーは苦笑する。
ないと思っていたわけではないが、それくらいなら許してもらえるだろう――と、無意識のうちに甘えていたのかもしれない。
冷静に考えてみれば、ブレアは他人に触られるのすら嫌なのだから、毎朝のように肩に触れられるのは嫌だったのではないだろうか。
「……俺、最低なことしてた……。もうしない、先輩には指1本触らない!!」
「極端だねー。」
そこまでしなくてもいいんじゃないか、とは言わずに、ヘンリーはただただ苦笑している。
ルークにそんな細かいことを言っても無駄だと、ヘンリーはもうわかっている。
多分ルークには、0か100しかない。
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