第111話 頑張ってくれたのは嬉しいし、ちゃんとできるようになって偉いよ

 こちらを見てくるブレアの手は小さく震えていて、戸惑ったルークは手の力を緩めた。

 元気になるかと思ったのに、余計……というか別の意味で辛そうに見える。


「えーと……先輩?大丈夫ですか?」


 椅子に座り直しながら、探るようにそろりと様子を伺う。


(何か今の先輩、めっちゃえっちだな……。)


 とかなり不謹慎なことを思っているが、それ以上に心配が勝つ。


「……離、して……。」


「はい!すみません!!」


 ルークは大きな声で謝ってぱっと手を離した。

 ブレアは両手で赤い顔を覆い、寝返りを打って壁の方を向いてしまった。


「最悪……嫌ぁ、何これ……?」


「大丈夫ですか?体調よくなるかなって、思ったんですけど……。」


 弱々しい声をあげているブレアに、ルークは恐る恐る声をかける。

 額に触れようと伸ばした手は、嫌がられるかと迷った末、引っ込めた。


 小さく唸っていたブレアは、ルークの声を聞いてふと、自分の体調に明確な変化があることに気がついた。

 ぐるぐると体内を彷徨っていた不快な魔力が消えている。

 それに伴って、どうしようもない怠さや頭痛も引いている。


 その代わりにあるのが、経験したことないほどの疲労感。

 まるで、身体中の力という力が抜けきっているようだ。


「……何したの?」


 もう1度寝返りを打ったブレアは、じっとルークを見上げる。

 恐怖のような色はもう消えていて、殆ど普段通りに、けれど訝しむような目を向けている。


「無効化魔法です。魔力をマナに戻せるって聞いてたので、先輩の体調もよくなるかなと思ったんです。」


「使えないでしょ?」


 ブレアが不思議そうに首を傾げると、ルークの表情が明るくなった。


「それが、使えるようになったんですよ!冬休み毎日7時間以上練習し続けた成果です!」


「何してるの……。」


 やりすぎじゃないか、と、ブレアは呆れたように眉を寄せた。


 冬休み、ルークは毎日殆ど同じように過ごしていた。

 というか、食事や睡眠等を除けばソフィと遊ぶ、魔法の練習をする、短期バイト以外何もしていない。


 6時起床、8時まで魔法の練習、バイトがある日は3時までバイトをする。

 そこから6時頃までソフィと遊び、また8時まで魔法の練習。

 そこから食事や入浴を済ませた後、また眠くなるまで魔法の練習。


 規則正しいと言えば規則正しくはあるのだが、健康的とは言えない生活を送っていた。

 その成果なのか、ルークは冬休み中に、無効化魔法を習得していたのだ。


「先輩に喜んで貰いたくて、頑張ったんですよ!褒めてください!」


「はいはい偉い偉い。コントロールが全然だけど。」


 混乱は収まってきたようで、ブレアはいつもの調子であしらう。

 適当に答えたというのに、“偉い”と言われたルークは嬉しそうだ。


「そもそも、魔法使うなら事前に言ってよ。魔力使いすぎ、無駄遣い。純粋な僕の魔力まで無くしてどうするつもりだったのかな、全然力入らないんだけど……。」


「すみません……!」


 溜息交じりに注意するブレアに、ルークは萎れたように身体を縮こまらせて謝る。

 自分が何の説明もなく、魔法でルークのことを眠らせたことはすっかり棚に上げているのか、覚えていないのかどっちだろうか。


「使えるようになったとか言って、ちゃんと制御できるか確認してないんでしょ?そんな魔法人に使って、何かあったらどうするつもりなの。」


「すみません……。」


 だんだん小さくなってしまったルークの声に、ブレアは呆れたように眉を下げた。


「……魔力がなくなったのなんて、初めてだよ。身体が重くて、怠くて……あー、気を抜いたら、頭回らなくなりそ。」


「……すみません……。」


 すっかりしゅんとしてしまったルークを、ブレアは横目でちらりと見る。

 ふっと短く息を吐くと、いつもより重く感じる手を伸ばして――ルークの膝に置かれた手を撫でるように、重ねた。


「言いたいことはいっぱいあるけど……頑張ってくれたのは嬉しいし、ちゃんとできるようになって偉いよ。――ありがと。」


 ルークは丸くなった目で、自らの手に重ねられたブレアの手をじっと見た後、その視線をブレアの方へ向けた。

 ブレアの顔に向けられた目が、更に丸く見開かれ、キラキラッと輝く。

 すこし疲れたような顔をしているブレアが、口角をあげて柔らかく笑っていたからだ。


「――っはい!頑張りました、先輩に喜んでもらえて嬉しいです!先輩が考えてたより時間かかったかもしれませんし、まだまだ課題もありますけど……いくらでも努力して、必ず先輩を満足してみせます。先輩のお役に立ってみせますから!!」


「……うん。楽しみにしておこうかな。」


 きゅっと目を閉じて、ブレアは一層嬉しそうに笑った。

 その笑顔に嬉しさが加速されたのか、ルークは満面の笑みで「はいっ!」と返事をした。


「先輩が無効化魔法を完成させたかったのって、魔力酔いのためですか?」


「ううん。理由は2つあるんだけど、1つはリアムに見せたかったこと。もう1つは……。」


 ふいに言葉を止めたブレアは、じっと無表情でルークの目を見つめる。

 何かを考えているのか、瞬き以外の動きもなく、ただただルークを見ている。


「……あのさ、ちょっとお願いがあるんだけど。」


「なんですか?何でも言ってください!」


 力強く返事をしたルークから、ブレアは目を逸らす。

 ルークの手に添えた手に、一瞬握るように力を込めようとして――誤魔化すように手を離した。


「――やっぱりいいや。リアムに見せたかっただけ。」


「本当ですか?遠慮とかならしなくていいんですよ?」


 ルークから離した手を額に当てて、ブレアはふぅっと息を吐いた。


「そんなのじゃないよ。やっぱりいらないかなって思っただけ。」


 小さく首を横に振ったブレアは、ゆっくりと目を閉じた。

 魔力酔いは治ったが、今度は魔力切れによる疲労感が消えない。

 こういう時は、寝て治すに限る。


「そう、ですか……。」


「僕は一度寝るから、君も寝るといいよ。多分、魔力空になってると思うから。」


「わかりました!おやすみなさい。」


 優しく微笑んだルークは、立ち上がってブレアに布団を掛けなおす。

 そのまま自分のベッドに横になると、直ぐに目を閉じた。


 思えば、あれ以来ブレアの魔法に頼らずに寝るのは初めてで。


(……寝れる気がしない……。)


 大分慣れてきたつもりだったが、慣れたからといってブレアを想う気持ちが薄れるわけでも、ブレアに興奮しなくなるわけでもない。

 故に全く寝られる気がしなかったが、ブレアに迷惑はかけられないので寝たふりをすることにした。

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