第109話 そんなことしたら色々飛ぶ自信ある!
どうすればいい、と聞かれたヘンリーは、困ったように笑って誤魔化す。
完全に人選ミスだと思う。
ブレアが酔ったからといって、ヘンリーにできることも、言えることも何もない。
それより早く部屋に戻って、傍にいてあげるべきではないか。
「ルークくんが看病してあげたらいいんじゃない?喜びそうだと思ってた。」
「先輩のお役に立てるのはめちゃくちゃ嬉しい。弱ってる先輩めちゃくちゃ可愛い。でも俺には限界があったんだよ……。」
ヘンリーのルームメイトの椅子を借りたルークは、深刻そうな顔で告げる。
かなり不謹慎なことを言っているが、そんなに弱っているのか。
「何ができなかったのー?ルークくん、生活力ちょー高いのに。」
ルークなら喜んで、しっかりこなせると思っていた。
意外そうに目を丸くしてヘンリーが聞く。
迷うように視線を移動させたルークは、赤くなった顔を両手で覆った。
「……先輩がえっちすぎて、汗拭いてあげれないんだ……。」
「動機は予想通りだった!」
しゅんとして言うルークを見て、ヘンリーは呆れたように苦笑する。
どうせそんなことだろうと思っていた。
「仕方ないだろ!?顔赤くて、熱で目がとろんてなってて、息も荒くて汗すごくてえっちすぎるっ!最早激しめの事後だろ!!」
「うん、席外してくれてよかったー。」
両手を話して言うルークを怒ることも宥めることもせず、ヘンリーは苦笑している。
ルームメイトが気を使って席を外してくれたのだが、本当によかった。
クラス中に“ユーリー先輩のことが変態級に好きな人”として認知されているルークだが、流石にここまでの変態だとは思われていないだろう。
「体の汗拭いた方がいいと思う、本当は着替えさせてあげたい!でもそんなことしたら色々飛ぶ自信ある!」
「……うん、着替えはやめた方がいいと思う。絶対。」
絶対不用意に変な所を触りそうだ。
そうでなくても、こんな変態に肌を晒すのはさすがのブレアでも嫌なんじゃないだろうか。
「だからどうすればいいか聞きにいたんだろ。」
「だからそれ絶対オレに聞くことじゃないって!エマ先輩にお願いしたらいいんじゃない?」
ヘンリーが聞くと、ルークは首を横に振る。
それくらいルークだって思いついている。
それができないから助けを求めているのだ。
「俺エマ先輩の部屋知らないんだよ。」
「あー、兄貴なら知ってるかな?電話してみる?」
ルークが「お願いします!」となぜか敬語で頼んできた。
通信用魔導具を手に取ったヘンリーはアーロンに電話をかける。
できればかけたくないのだが、ルークが困っているし、具合の悪いブレアをなんとかしてあげたい気持ちもある。
『ヘンリー?お前からかけてくるの珍しくね!?』
「そうだね。嬉しそうにしないでよー?」
1コール目で出たアーロンに、ヘンリーは冷たい目で釘を刺す。
調子に乗る前に言っておかないといけない。
「なんかブレア先輩が具合悪いらしいんだけどさー、」
『ああ、それは知ってるが……待てルークが何かしたのか?』
さっさと本題に入ると、微妙に察しのいいアーロンがあからさまに嫌そうな声を出した。
一瞬でルーク絡みだと察し、そして何かやらかしたと決めつけている。
「まだ何もしてないと思うよ、多分ね。」
『“まだ”?』
アーロンが溜息を吐いているのが聞こえてきた。
“まだ”ということは、やらかす予定があるのか?と思っていそうだ。
「そー。何か、そろそろ変態が限界突破して取り返しのつかないことしそうだからエマ先輩に助けてほしいらしいんだけど……エマ先輩と連絡取れる?」
「言い方酷くないか!?」
『あー。』と間の抜けた声を出したアーロンが、急に無言になる。
何か考えているんだろう、とルークを無視したヘンリーも無言で返事を待った。
考えている、ということは長文で答えが返ってくるのだろうか。
ヘンリーは何も説明せず、ルークに魔道具を渡す。
『……一応聞いてみるが、エマ、寮生じゃねえから来れるかわかんねえぞ?』
「そうだったんですか!?遠くから来てもらうのは申し訳ないですね……。」
『ビビった……ルークじゃねえか。』
ルークがいることはわかっていたが、ルークから返事が返ってくると思っていなかったアーロンはかなり驚いている。
変わるなら変わると言ってほしかった。
エマは初めのルークのように、寮に入らず実家から通っている。
家が徒歩で帰れるほど近いらしい。
『放課後はリサちとかの部屋で遊んでること多いらしいし、一応聞いてやんよ。』
「ありがとうございます!」
申し訳ないな、と思いつつ、ルークは丁寧に礼を言う。
『んじゃ、エマにかけるから切るな。後でかけなおすから、ヘンリーと一緒にいろよ。』
「わかりました!」
ルークが返事をすると、すぐに電話が切れた。
声の聞こえなくなった魔道具を、礼を言ってヘンリーに返す。
「どうだった?」
「エマ先輩に聞いてくれるって。後でかけなおす?から一緒にいろって言われた。」
ルークの言葉を聞いて、ヘンリーは魔道具を仕舞うのをやめた。
どうせすぐ使うなら、持っていた方がいい。
「わかった。ユーリー先輩1人にして大丈夫?」
「めちゃくちゃ不安だけど仕方ない……。寝てるから大丈夫、だと思う。」
本当は今すぐに走って帰りたいが、頼んだ手前そうもいかない。
やっぱりリアムにも言うべきだっただろうか。そもそもリアムは知っているのだろうか。
「魔力酔いってどんな感じなの?聞いたことはあるけど、そんなに重くないと思ってた。」
ヘンリーは不思議そうにルークに聞く。
魔力酔い自体は偶にある症状だと聞いているが、そこまで重い症状ではなかった気がする。
稀に酷い頭痛や吐き気等が伴う人もいるらしいが、ルークの言うような状態にはならないと思うのだが。
「激重だったぞ?めちゃくちゃ熱高くて汗凄いし、息も辛そうで心配なんだ……。」
「そうなんだ?」
「そしてえっち。」と付け足された言葉は聞かなかったことにして、ヘンリーは心配そうに眉を下げる。
症状が重いのは、魔法が異様に得意なことと関係があるのだろうか。
魔法を使っている時の、七色の光がチラつく瞳。
恐怖を感じさせる、縦に大きく開いた白い瞳孔。
それから――それ以上に七色の光が暴れていた、揺れる白い瞳孔で魔石を見つめる瞳を思い出す。
正体は、恐らく魔力や
魔法の上手いブレアなら、勿論それらの制御も完璧にこなせるだろう。
ならば何故、七色の光は不安定に舞っているのだろうか。
うーんと考えていると、手の中で魔道具が振動する。
魔法が得意ではないヘンリーには、いくら考えても難しいことはわかる気がしない。
「兄貴ーどうだった?」
思考は諦めて電話に出る。
『やっぱリサちの部屋にいたらしい。一旦帰ってすぐユーリーの部屋行くってよ。』
「おっけー。どんくらい掛かるかわかる?」
一刻も早く帰りたそう、そして一刻もはやく来てほしそうなルークを見て、ヘンリーは聞いてくれる。
『わからん。30分は掛からねえんじゃね?』
「わかった、ありがとねー。じゃ。」
軽く礼を言うと、ヘンリーはすぐに電話を切った。
ルークに早く教えてあげようと思ったのだ。
……決して面倒だったからではない。
「エマ先輩、30分しないくらいで来てくれるって。部屋で待ってたらいいと思うよー。」
「やった、ありがとうな!お邪魔しました!」
早口で告げたルークは勢いよく立ち上がった。
今すぐにでも出ていきそうなルークに、ヘンリーは最後に1言だけ、一応声をかける。
「ルークくん、本当に変なことしちゃだめだよ?」
「しないって!もっと俺のこと信用してほしい!」
出ていったルークをヘンリーは苦笑しながら見送った。
信用してほしいなら、日頃の行いをもう少し正したらどうだ。
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