第108話 煩悩まみれの助手で申し訳ありません……

 看病、といっても、ルークは魔力酔いのことがよくわからない。

 自分が経験したこともなければ、身の回りにこうなる人もいなかった。


 そもそも魔力酔いをすること自体が珍しく、ブレアほど激しい人など全くと言っていいほどいないのだから仕方がない。


 ひとまず熱を下げるべく冷やしたタオルを額に置いたりしてみたのだが、これでいいのだろうか。


「……先輩、今魔法は使えないんですか?」


「……無理ぃ。」


 荒い息の合間に、ブレアは小さな声で答える。

 かなり息苦しそうだが、着替えられないだろうか。


「着替えできませんか?制服で寝ると皺寄りますし……苦しいと思うんですけど。」


「ぅん……無理。」


 ブレアが首を横に振ると、額に乗っていたタオルが落ちる。

 じっとブレアの様子を見ていたルークは、意を決したように声をかけた。


「えーっと、せめてブレザーは脱いだ方がいいと思うんですけど……起き上がれますか?」


「起こして。」


「失礼します」と断って、ゆっくりとブレアを起き上がらせる。

 そのまま座らせ、倒れないように支えた。


「……えと、俺が脱がせる感じですか?」


 こくりとブレアが頷く。

 思わずごくり、と喉が鳴ってしまい、ルークはばっと顔を逸らした。


「すみませんちょっと待ってください。」


 咄嗟に待ったを入れたが、こんな状態のブレアを長く座らせておくのはよくない気がしてきた。

 すーっと深く深呼吸をして、無理矢理顔に溜まった熱を逃がす。


「失礼します……。」


 唇をきつく引き結んで、緊張で強張った手でブレザーに触れる。

 ブレアが前を開ける人でよかった、流石にボタンを外すのはハードルが高い。

 ブレザーを脇に置いたルークがほっと息を吐くと、ブレアが寄りかかってきた。


「……あつい。」


「熱上がったんじゃないですか?」


 そっと額に触れて確かめるが、元々熱かったため違いがわからない。

 兎に角寝かせようとすると、ブレアが口を開いた。


「から、カーデも脱ぎたい……。」


「ええぇぇ、わかりましたけど。」


 ブレアに負けないくらい顔を赤くなった顔をルークは困ったように歪める。

 ボタンを外すのはハードルが高い、と思ったところなのに。


「シャツの、首元……と、スカートも、緩めて。」


「……すみませんちょっっっっと待ってくださいねー?」


 さっきと同じセリフで待ったをかけ、ブレアから顔を背ける。

 本当は『待ってください』どころか『無理です』と言いたいくらいだ。

 というか無理だ、ハードルが高すぎる。


「スカートって緩められるものなんですか?」


「うぅん、ホック、外してくれたら……いいから。」


 自分でやるか諦めてほしいレベルで無理だ。

 けれど横目でブレアを見るとやっぱり熱そうで息もし辛そうで、そうも言ってられない。


「煩悩まみれの助手で申し訳ありません……し、失礼します。」


 恐る恐るカーディガンのボタンを外し、ブレアに負担をかけないように脱がせる。

 そっとリボンの端を摘まんで、解く。

 第1ボタンを外して、なるべく楽になるように襟を整えて開く。

 次はスカートのホックを外せばいいのだが……。


(何か、本当に手出してる気がしてきた……。)


 出してない、絶対出さない。

 いくらブレアが大好きで、情欲的でも、病人に手を出すほど落ちぶれてはいないつもりだ。

 決して邪な気持ちなどない。

 ブレアの腰の左側に触れようとすると、ブレアの身体が少しふらついた。


「しんどい……。」


「うわっ、すみません!」


 慌てて謝ったルークは即座にホックを外し、ブレアを寝かせる。

 無駄に時間をかけてしまった。


 緊張と興奮でバクバクと鳴っている心臓を押さえて、持ってきた椅子に腰かける。


 ふうーっと長い息を吐いて、ルークは意味もなく天を仰いだ。


「看病シチュ、想像の100倍えっちだ……。」


 内心で呟いたつもりが、ばっちり声にでてしまった。

 理性がもたないので、はやくよくなってほしい。よくなってもらわなくては困る。


 「汗拭きますね?」


 ルークはタオルを手に取って、ブレアの額や首筋の汗を拭く。

 さっき、背中がシャツ越しでもわかる程濡れていた。


「先輩、ええっと……。」


 おそらく全身汗をかいているのだろうが、流石に服を捲るわけには――。


「……すみませんっ!!」


 大きな声で謝ったルークは、勢いよく立ち上がった。


「すぐ戻ってくるので、1人で寝てて下さい!」


 早口に告げると、そのまま走って部屋から出て行ってしまった。


 ルークは日和った。

 完璧に、1から100までブレアの面倒を見るつもりだったが、無理だった。

 興奮とか性欲より罪悪感が勝つ。


 直接触れると理性が飛んでいってしまいそうで怖い。

 せめてブレアが男の姿だったら……いや、男でも想像しただけで興奮する、駄目だ。


 というわけでエマに頼ることにした。

 エマも忙しいだろうに申し訳ないが、エマくらいしか頼れる人を思いつかない。


 リアムでもいいが、リアムこそ忙しいだろう。

 それにあの2人は異様に仲がよく、ルークとしては男の方が対抗心が燃えるので嫌だ。


「あっ!」


 エマを呼びに行こうと女子寮の方へ走っていたルークは、肝心なことに気づいて足を止めた。

 エマの部屋に行こうと思っていたのだが、行けない。


「俺、エマ先輩の部屋知らないじゃん!」


 そう、ルークはエマの部屋がどこかわからなかった。

 エマと放課後会う時は大抵が教室か、ブレアの部屋なので気が付かなかった。

 それだけではない。


 そもそも、女子寮に男のルークは入れない。

 入ったら教師に怒られる。それ以前に色々と問題がある。


「どうしたらいいんだ……?」


 作戦が完全に振り出しに戻ってしまい、ルークは廊下のど真ん中で頭を抱えた。





 そして、ルークがどうしたかというと――


「どうすればいいと思う!?」


 とりあえず男子寮の、ヘンリーの部屋にやってきていた。

 どうしたの?と不思議そうにしているヘンリーに、ブレアが魔力酔いで熱が出ていることなどを話した。

 そして、ヘンリーに助けを求めている。


 問いかけられたヘンリーは、少しだけ考えて――にこりと爽やかな笑顔を浮かべた。


「うん、人選ミス!」


 何でヘンリーのとこに来たのだろうか。

 そもそもどうして兄はブレアのことをルークに任せたのだろうか。

 どうすればいいか、と聞かれても、何がしたいんだ、と聞きたくなった。

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