第106話 これは褒め言葉として受け取っていいですか?

 ダンっと机を叩いたルークが、アーロンに鋭い目を向ける。


「――どういうことですか、アーロン先輩。」


「……好きじゃねえよ!?なんだその勘違い、マジで好きじゃねえぞ?」


 即座にアーロンが否定するが、逆に怪しい。

 付き合ってないのは認めたが、アリサとアーロンは仲がいいようだし、そんなアリサに言われるとなると好きなんじゃないか。


「本当ですか?リサ先輩に言われるってことは、何か好きだと思わせるような行動をしたってことですよね?」


「してねえ。マジで何もしてねぇよ?」


 ルークの迫力に気圧されて、アーロンは頬を引き攣らせる。

 怒ってるのか悲しんでいるのかわからないのはいつものことだが、今まで以上に怖い。


「してなかったら好きでしょなんて言われないんじゃないですか?」


「だからオレも何で言われてんのかわかんねえんだって。……何でオレが全面的に悪いみたいになってんの?」


 全く心当たりもないのに、何故責められなくてはいけないのだ。

 アーロンはアリサに目線で助けを求めるが、アリサはニコニコと笑ってやりとりを静観している。


「先輩がアーロン先輩のこと好きなわけがありません。」


「間違いないね。」


 ルークが断言すると、ブレアが大きく頷いて肯定する。

 当事者なのだから、ブレアのことだって疑ってくれてもいいじゃないか。とアーロンは思っている。


「……根拠は何だ?」


 絶対ないだろうな、と思いながら、アーロンは一応聞いてみる。


「先輩は俺と結婚するからです!」


「それは妄言だね。」


 困ったように眉を下げたブレアに言われ、ルークは少ししゅんとしている。

 今は妄言でも、絶対にいつか本当にしてみせると、ルークは気合を入れた。


「だからアーロン先輩の方に原因があると思うんですよ。」


「全然だからじゃねえんだが。」


「そうであってくれないと俺の情緒が保てないんですよ!」


 教室中に聞こえそうなほどの大声で言うルークに、ブレアは煩そうに顔を顰めた。

 アーロンはもう諦めて、「はいはい。」と適当に相槌を打っている。


「でもマジで心当たりねえんだわ。オレがコイツのこと好きだったのは初日だけだ。」


「それでは!?」


 余計なこと言ったな……とアーロンは眉を寄せた。

 初日は好きだった。寮に入るまでは普通に好きだった。


「違ぇだろ。そんときリサちと絡んでなかったからな。」


「えー?アーくん、もっと長いことゆりゆりのこと好きだったんじゃないー?」


 アーロンが否定していると言うのに、アリサは全く納得していないようだ。


「逆に何でそう思うわけ?僕、彼から好意を感じたことは1回もないと思うけど。」


「俺からはどうですか!?」


 ブレアは真面目に話しているのに、ルークがすかさず期待を込めて聞いてきた。

 鬱陶しそうに眉を寄せたブレアは、目を逸らしながら棒読みで返す。


「毎日気持ち悪いほど感じてるよ。」


 完全にあしらわれただけに見えるが、ルークは嬉しそうに顔を輝かせた。


「先輩が感じてくれて嬉しいです!そのまま受け入れて溺れませんか……?」


「微妙に言い回しが気持ち悪いのやめろ?」


 きらきらした目でブレアを見つめるルークは、「気持ち悪いですか!?」と聞く。

 ようやくルークの方を見たブレアは真顔で答える。


「……君はいつでも気持ち悪いよ。」


 しばしきょとんとしたように固まっていたルークは、目線をアーロンの方に移動させる。


「これは褒め言葉として受け取っていいですか?それとも振られました?」


「完全に振られてるんじゃない~?」


 代わりにアリサが答えたので、アーロンは無言で頷いた。

 むしろどう考えたら褒め言葉になるのだろうか。


「アーくんはいつでもキモくないよぉ。」


「だから何でオレと比べんだよ。」


「推しカプ推しカプ~。」


「変なもん推すんじゃねえ。」


 全く悪びれないアリサに、アーロンは困ったような、怒ったような顔をする。

 疲れるな、と思いながら、単刀直入に聞いた。


「マジでどういうことだよ。何でオレがコイツのこと好きだと思ったわけ?」


 じっとアーロンが探りを入れるように睨むと、アリサもじっと緑色の目を見返して、口を開いた。


「……だってアーくん、すぐ諦めるから。」


「は?」


 アリサの言葉の意味が分からず、アーロンはますます怪訝そうに眉を寄せた。

 何の話だ、と聞こうとすると、後ろから軽く頭を叩かれた。


「うぉおっ、て……ヘンリーか。」


「兄貴……目つき悪いと怖がらせるよ。」


 驚いたアーロンが振り返ると、弟が呆れたような、冷たい目を向けてきていた。

 積み重なったノートを片手でバランスよく持っていて、中々器用だな、と思った。


「……この話、終わりしよっか。エマちーお帰り~!」


 アリサがひらひらと手を振ると、エマは柔らかく笑った。


「ただいまー!大丈夫?ブレアとアーロンくん、喧嘩してない?」


「僕は何もしてないよ。」


 心配そうに聞いてくるエマに、ブレアは小さな声で否定する。

 ルークやアーロンは騒いでいたが、あくまで自分は何もしていない。


「ミニアーくんもおかえりぃ。」


「やめてくださいその呼び方。」


 アリサがにこーっと笑って言うと、ヘンリーは冷たい目のまま即座に返した。

 アーロンに「お前も十分目つき悪ぃぞ。」と注意され、ヘンリーは慌てて目を瞬いた。


「えーいいじゃん、可愛いよ?ミニアーくん。」


「人生で1番呼ばれたくない渾名かもしれません。」


 きっぱりと言ったヘンリーの目がまだ怖い。

 よっぽど嫌なんだろうか。


「リサー、ヘンリーくんのこと困らせちゃだめよ。みんなはこれからお昼?一緒に食べてもいい?」


「いいですよ!」


 ルークが大きな声で答えると、エマは「ありがとう。」とにこりと笑った。

 ブレアは全然よくないのだが、なんだか断れそうにない雰囲気になってしまった。


 新学期早々、騒がしい昼休みになってしまいそうだ。

 無視したら本も読めるかな、とブレアはダメ元で魔導書を開く。


「どうぞ先輩、口開けてください!」


「ん。」


 嬉々としてルークが声をかけてくるので、仕方なく口を開ける。

 ルークはどうして食事の時は大層嬉しそうなんだろうか。

 鬱陶しいほどの視線を無視しようと思ったのだが、無視をするには視線の数が多すぎる。


「……何。」


 顔を上げたブレアは、じっと見てくるアーロンとアリサを睨んだ。


「お前ら、まだそれ続いてたんだな……?」


「何か遠くで見て思ってたよりラブラブしてないなって。」


 別々のことで驚いている2人に、ルークは聞き捨てならない!と言いたそうに顔を上げた。


「いつまでも続けますしめちゃくちゃラブラブですが!?」


「それはない。」


 ブレアに真顔で否定されたルークは、悲しそうな目でブレアを見た。

 本当に、いちゃついているのかいないのか、よくわからない2人だ。

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