第104話 んー……、別に気にしなくてよくね?
2学期も本格的に始まり、授業も丸1日あるようになってきた。
本音を言えば、もう少し休みたかった。
そんなことを思いながら、リアムは先程の授業で使った教科書類を片付ける。
(……昼休み、何もないといいのですが。)
リアムは内心で溜息をついた。
久しぶりの授業で、明らかに身の入っていない者が多い。羽目を外しすぎだろう。
休みが楽しかったのならなによりだが、しっかり切り替えて、勉学に励んでほしい。
リアムのクラスは活発な生徒が多いので、昼休みに何かやらかさないか心配だ。
対応が面倒なのでやめてほしい。
今も、施錠のため生徒が全員出ていくのを待たなくてはいけないのに、一向に出ていかない者がいる。
「絶対知ってる反応でしょそれ。教えてよ。」
「だから教えね……知らねえっつってんだろ!」
と、なにやら言い争っている。
「……何してるんですか?ブレア。」
しかも義妹だ。
新学期早々、隣の席のアーロンと言い合っている。
何故そうも喧嘩ばかりするのだろうか。
ブレアは元々人当たりのいい方ではないが、態度と愛想が悪く、コミュニケーションが取れないだけ。
下らない言い合いで喧嘩をするような子ではないはずだが。
アーロンと話す時は態度と愛想は悪いものの、ちゃんとコミュニケーションが取れている。
そのコミュニケーションが中等学生――どころか初等学生のようなのは如何なことかと思うが。
「あ、先生。」
「昼休みなんですから、教室に戻りなさい。あまりラングトリーさんに迷惑をかけてはいけませんよ。」
ブレアがリアムの方に目を向けると、アーロンも釣られてこちらを見た。
「迷惑かけてないよ。」
「かけられまくってまーす!」
ブレアがすぐに否定すると、アーロンが大きな声で言った。
どうせかけているんだろうな、とリアムは「どうしたんですか?」と聞き直す。
「エリ……カ?って人知らない?って聞いてみた。知ってそうなのに教えてくれないんだ。」
「そうなんですか。エリカさんとお知り合いで?」
ブレアが不満そうに言うと、リアムの視線がアーロンの方に移った。
「いやー全く知らねえです。」
そーっとアーロンが目を逸らした。
何故目を逸らすのだ、とリアムは小さく首を傾げつつ、ブレアの方を見る。
「ブレアはどうしてエリカさんのことを?リリの妹だと説明したはずですが。」
「それはわかったんだけどね。こっちにも色々あるんだよ。」
ブレアもアーロンと同じように目を逸らす。
リリカのいない間にリアムに『エリカ?って誰?』と聞いて、それは把握した。
けれどその後リリカに、
『実は同じ学校の4年生なのよー。』
『移動教室で見かけたりしてないかしらぁ?』
等と色々言われ、なんだか次にエリカに会うまでに大体を把握しておかないといけないことになってしまった。
幼い頃に何度か会ったことがあるらしいが、ブレアからすれば初対面も同然。
リリカにあれこれ言われても、覚えられるはずがなかった。
「彼人脈広いから、知ってたらどんな人か教えて貰おうと思ったんだけど……知らないの1点張りなんだよね。」
「本当に知らないんじゃないですか?」
知っていそうな反応だが、リアムはさりげなくブレアを宥める。
確かにアーロンは人脈が広い方だろう。
それでも他学年である4年生とはそこまで関わりがないのではないか。
「絶対知ってるでしょ。」
「知らねえ知らねえ。」
何やらまた終わらない言い合いが始まってしまった。
お互い1歩も譲らない、言い方を変えたりもしない。初等学生か。
「ブレア、言いたくないことを無理に言わせてはいけません。そろそろ教室に戻らないと、ディアスさんが怒るのでは?」
「まあ間違いなく拗ねるだろうね。」
施錠したいので早く帰ってほしい。
遠回しに帰るように促すと、ブレアではなくアーロンが立ち上がった。
「それオレが怒られるヤツじゃねえか。帰んぞ、立て。」
「ええ……いいけどね。」
渋々といった様子で立ち上がったブレアは、アーロンに連れられるようにして教室を出て行った。
「……あの2人、何で仲悪い風なんでしょうね?」
本当はかなり仲がいいんだろうな、と、リアムは苦笑した。
廊下に出たらはい、解散!というわけにもいかず。
一緒に教室まで帰る雰囲気になってしまって、かなり居心地が悪い。
偶にこうして隣を歩くことになるが、何度経験しても気まずいものは気まずい。
「ねえ、本当は知ってるんでしょ?何で言いたくないの?」
アーロンのことなど気にしていないかのように前を向いていたブレアが、ちらりと目線を向けてきた。
誤魔化しきれるとは思っていなかったが、聞き方を変えられるとも思っていなかった。
「どうしても言いたくないなら、話してくれなくてもいいよ。僕だって、本当に興味があるわけじゃないんだ。」
「そーなの?結構必死そうだったが。」
何度も聞いてくるものだから、どうしても知りたいのだと思っていた。
アーロンが首を傾げると、ブレアは小さく「うん。」と短く返事をした。
「他人だもん。どうでもいいよ。」
「どうでもいい割には、しつこかったじゃねえか。」
あっさりとした答えはブレアらしい。が、どうでもいいようには見えなかった。
ブレアが知らない女子生徒を探してると知ったら、ルークが発狂しそうだ。
「エ……リカだっけ?はどうでもいいよ。でも、先生のことは大事だから。」
「先生?」
首を傾げながら言うブレアに、アーロンは怪訝そうに眉を寄せる。
エリカとリアムに何か関係があるのか。
少なくともアーロンが知る限りでは思いつかない。
「うん。僕、リリカさんに嫌われてる気がするから。僕のせいで先生の印象まで悪くなったら嫌なんだ。」
「誰だよリリカさんって。」と聞きたくなったが、何だか埒が明かなそうなのでやめておく。
ブレアとリアムのつながりを見るということは、家族ぐるみで関わるような人なのだろうか。
「んー……、別に気にしなくてよくね?連帯責任って言葉もあるが、んなの仕事か学校くらいだろ。お前が嫌われてもいいなら、お前は嫌い、リアム先生は好き、にさしときゃいんじゃね?」
何を真剣に考えているのだろうか、と疑問に思いながらも、アーロンは感覚的に返す。
誰に嫌われても気にしなかったではないか。
むしろ好かれたくなくて、嫌われようとすることの方が多いじゃないか。
「お前は1年ん時から、そういう自由な……“変なヤツ”だったろ。」
「変は失礼だけど……そうだね。」
くすっと小さく笑ったブレアは、会話を終わらせたつもりなのか前を向いた。
本当に言わなくていいのか、とアーロンは少し目を丸くした。
「……お前には言うなって言われてんだよ。」
前を向いたままアーロンが口を開くと、ブレアは不思議そうにアーロンの方を見た。
「何が?」
「何がって、エリカ先輩に決まってんだろ。」
それくらいわかれ。とアーロンは呆れたように顔を顰める。
話の流れから察せると思ったが、ブレアは完全に会話を終了させていたのでわからなかったようだ。
「言っていいの?」
「これくらいいいだろ。」
「そうなんだ?」とブレアは納得いかなそうに首を傾げた。
やっぱり知ってるんじゃないか。とか、何で僕には言っちゃダメなの。とか、気になったことは色々ある。
が、折角別にいいんじゃないかと言われたから、気にしないことにする。
「ありがと。」
「……お前に礼言われたの、初めてじゃね?」
かなり驚いた様子のアーロンが、ポケットから取り出した魔道具で撮影した。
「それはない。あと撮らないで。」
そんなことを言われるなら、礼など言わなければよかった。
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