第103話 今年もよろしく

 久しぶりなドアノブに触れたルークは、一旦深呼吸をして、心を落ち着ける。


(……先輩、もう帰ってきてるかな……。)


 明日が始業式、ということで寮に帰ってきたルークだが、ブレアはもう帰ってきているだろうか。

 時刻は4時過ぎ頃。いてもいなくてもおかしくない。

 本当は朝1番の電車で帰ってきたかったが、ソフィがどうしても見送りたいというので遅くなってしまった。


 覚悟を決めて術式を唱え、ドアを開ける。

 部屋の中はいつも通り。

 ベッドに寝転んで、本を読んでいるブレアがいた。


「――あ、おかえり。」


 ルークに気が付いたブレアは体を起こして――ほっとしたように、薄く微笑んだ。

 久しぶりに見てもやっぱり可愛いな、などと思っていると、ブレアは驚いたように目を丸くした。


「何!?何でちょっと泣いてるの。」


「すみません……!ずっと会いたかったので……ただいまです。」


 ブレアの方からおかえり、と言ってくれたのは、初めてな気がする。

 わざわざルークのために起き上がってくれるんだ、とか、微笑んでくれるんだ、と思うと、嬉しくて涙がでてしまった。


 少し心配になったブレアはルークのところに行こうと立ち上がりかけて、誤魔化すようにまた寝転がった。


「……そ。寒いからドア閉めてよ。」


「すみません。」


 ドアを閉めたルークは、自分のベッドに腰かけてブレアを見つめる。

 寝返りを打ったブレアは壁の方を向いているため、顔は見えない。

 それでも久しぶりにブレアの姿を見られるのが嬉しくて、ただ何もせず、じーっとブレアを見つめている。


「何?」


「あの……先輩にお借りした服、汚してしまって……一応綺麗になったんですけど、すみません。」


 自分の来ているカーディガンを見下ろしながら、ルークは申し訳なさそうに言う。


「それ、あげたつもりだったから気にしないで。」


 あっさりと言ったブレアはまだ視線を感じて、怪訝そうに「何?」ともう1度聞いた。


「先輩にお会いできて嬉しいんです!」


 ルークが答えると、ブレアはもう一度寝返りを打ってルークの方を向く。

 紫色の瞳でルークを見つめていたブレアは、体の向きは変えぬまま目を逸らした。


「……僕も、嬉しいよ。」


 呟くように小さなブレアの声を聞いてルークの瞳がキラッと嬉しそう輝く。


「先輩も同じこと思ってくれたんですか?うわあ、めちゃくちゃ嬉しいです!両想い、以心伝心、相思相愛ですねっ!」


「大袈裟。」


 短く答えるブレアの頬が、照れたように紅潮している。

 それに気が付いたルークの顔が、より一層嬉しそうに輝く。


「照れ顔の先輩も素敵です!好きです、愛してます!……はっ、もしやこれも同じように考えてたりしませんか?」


「は?そんなわけないでしょ!?」


 ばっと起き上がったブレアは、睨むようにルークを見た。

 その顔がますます赤くなっていて、ルークは睨まれたというのに嬉しそうにしている。


「その顔も素敵です先輩!もっと見てください!」


「気持ち悪い。調子乗らないでよ変態。」


「あぁっ!久しぶりの罵倒が刺さるっ、興奮します!」


 ブレアはもう1度「気持ち悪い。」と呟くと、倒れ込むようにベッドに横になった。

 仰向けになったブレアは、ちらりとルークの方を見た後、天井に目を向けた。


「僕、実は昨日帰ってきたの。君のことだから、早く帰ってくるかと思って。」


「そうだったんですか!?ソフィ――近所の子がどうしても見送りたいって聞かなくて……えぇと、ご期待に沿えず申し訳ありません?」


 とりあえず謝るルークだが、流石に1日も早く帰ってはこない。

 勿論一刻も早く帰りたかったが、今日帰ると約束してしまったので、今日帰ってきたのだ。


「別に昨日帰ってきてほしかったわけじゃないよ?僕、魔力酔い激しいから、列車乗ると酔うんだよね。半日くらいはぐったりしちゃうんだ。」


「大丈夫ですか?」


 ルークが心配して聞くと、ブレアは小さく頷いた。


「だから、君が帰ってくるまでに回復しときたかったんだよね。」


「そのために1日早く帰ってきたんですか?気にしなくていいんですよ?」


 むしろルークがいるときの方が看病できていいではないか。

 体調が悪い時に1人で部屋にいるのは大変じゃないだろうか。


 そう思ったルークが言うが、ブレアは先程と違って首を横に振った。

 ブレアは一瞬ルークの方を見て、すぐにまた天井に視線を戻す。


「……君に、弱ってるとこ見られたくなかったの。僕先輩なのに、また前みたいになったら、格好がつかないでしょ。」


 前みたい、とは倒れた時のことだろうか。

 ブレアはあまり気にしていないと思っていたので、すこし驚いた。


「君、“大人っぽい僕”が好きだったんでしょ。全然違ってるなって。気にするの、変かな。」


 ブレアは今度こそ、ちゃんと顔をルークの方に向けた。

 いつも通りの無表情で、じっとルークを見つめている。


「変じゃないと思います。俺も先輩にはかっこいいって思われたいですよ!それとこれとは違うって感じかもしれないですけど……。」


「……そっか。」


 気にならなかったんだけどなあ、と、ブレアは顔に手をかざすように当てて呟いた。


 今までは全くといっていいほど気にならなかった。

 自分の容姿が優れている自覚も、それを有効活用したこともあるが、それだけだ。

 綺麗だと思われなければそれでいいし、内面だって合わなければ合わないでよかった。


「君と一緒ってことは、やっぱり変かもね。」


「人からどう見られてるかって、誰でも気になることじゃないですか?」


 “勝手に期待したのが悪いんだろう”と、思っていた。ルークに対しても。

 なのに今は、始めに言われた印象と違うことを、恥じている。やっぱり変だ。


「でも俺は、意外と子供っぽくて、弱くて頼りなくて、可愛らしい先輩も大好きですよ。」


「馬鹿にしてるの?」


 クスリと笑ったブレアに、ルークは「してません!」と慌てて否定する。


「そういうところも全部大好きですって言いたかったんです!それに先輩は今でも大人っぽくて素敵ですよ。」


「どっち。」


「どっちもです!子供っぽいところも大人っぽいところも両方兼ね備えた先輩が好きです!」


 ブレアは笑みを崩さないまま少しだけ顔を赤くして、壁の方を向いた。

 ルークを見たり、逸らしたりと、やけに視線が動く。

 何か迷っているのか、自分でもわからない。


「……ありがと。」


 そのまま頭まで布団を被ろうとして――ふと、言い忘れていたことを思い出した。


「――今年もよろしく。ルーク。」


「え。」


 不意打ちで名前を呼ばれ、目を丸くしたルークの顔が一気に赤くなった。


「こ……今年もよろしくしたいと思ってくれてるんですか!?しかも俺の名前、え、えええ……?」


「煩い。君は何か言うこと、ないの?」


 驚きと喜びで一気にテンションの上がったルークに、ブレアは誤魔化すように少し語気を強めて聞く。

 え、と連呼してしまいそうな自分の口を塞いだルークは、柔らかく微笑んだ。


「はい、今年もよろしくお願いします!」


 ブレアの顔は見えないが、「うん。」と小さな、けれど確かな返事が聞こえてきた。

 嬉しさにルークの笑みが一層深まる。


「それから――今年こそ付き合ってください!!」


「それは無理。」


 何でですか!?とすら聞けず、ルークはがっくりと項垂れる。

 格好のつかない人だな、とブレアは密かに苦笑していた。

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