第102話 この人しかいないって思えるくらい、好きなんだよ
冬休みも終盤、明日は寮に戻る日になった。
ルークに禁断症状が出ている――というわけではなく。
意外と大丈夫だった。
勿論寂しい、早く会いたい。けれど情緒は安定していて、普通に冬休みを楽しんでいた。
課題をしたり、魔法の練習をしたり、ソフィと遊んだり、短期バイトをしたり、母の手伝いをしたり。
何かと忙しく過ごしている。
「……ほら、できたぞ。」
「できた!?鏡貸してー!」
ルークの声にソフィは顔を輝かせて、大きな手鏡を手に取った。
ルークにアレンジを頼んだソフィの髪は、少し複雑な、編み目がハートの形に見える編み込みが施されていた。
じっくりと鏡を見ていたソフィは、ルークの方を向いて嬉しそうに笑った。
「すてき!すっごくかわいい、お姫様みたい!」
「よかった!俺もかなり上手く出来たと思うんだよな。ああ、先輩髪弄らせてくれないかな、絶対この髪型似合うのに……!」
ルークは、普通に冬休みを楽しんでいる。
けれどソフィはそんなルークに、1つだけ不満があった。
(……ルークお兄ちゃん、センパイの話しすぎ!)
ルークは、事あるごとにブレアの話をする。
お菓子や料理を作った時も「先輩、ちゃんとご飯食べてるかな。」や、「先輩に食べて貰いたいな……。」と言っていた。
事がなくてもする。
暇になったらすぐに「先輩に会いたいー。」と嘆き出す。
ソフィはそれが、大層不満だった。
どうしてそんなにブレアの話ばかりするのだ。
ブレアのどこが好きなのだ。
初日に語っていたが、全然よさがわからない。
「……お兄ちゃん、ソフィも、似合ってるでしょ?」
「似合ってるぞ!」
ソフィに聞かれ、はっとしたルークはすぐに答える。
まだ不満そうなソフィは、悲しそうに俯いた。
ルークは「どうした?」と不思議そうにソフィの様子を伺う。
「……お兄ちゃんなんて、振られちゃえばいいの。」
「何でそんなこと言うんだよ?普通に傷つく!」
ルークが若干焦って聞くと、ソフィははっとしたようにルークを見た。
見開かれたローズクォーツの目をぎゅっと瞑って、また俯く。
「ソフィね……ルークお兄ちゃんのこと、好きよ。」
「うん……?俺も好きだけど、どうしたんだよ。」
やっぱりおかしいな、と思ったルークは、心配そうに聞く。
ソフィはこんな風に、よく「好きよ。」と伝えてきていた。
可愛らしくにこりと笑って、けれども背伸びをしているような、不思議な“好き”だった。
けれど今は笑顔がなく、なんだか悲しそうに見える。
じっと俯いていたソフィは、真っ直ぐにルークを見た。
「そうじゃなくて、ソフィ、ほんとに、お兄ちゃんのこと好きなの!」
「うん……うん?」
何を言っているんだろう、とルークは首を傾げたまま肯定した。
ルークのことを好いてくれていることは、ずっと前から知っている。
何度も言ってくれたのだから、ちゃんとわかっている。
なのにソフィは、「わかってないの……。」と呟いた。
「ソフィ、ずっとずっと、ずーっとルークお兄ちゃんのこと好きだったの。いきなり、知らない人好きになるの、酷い……!」
「え、いや、先輩のことが好きだからって、ソフィのことが嫌いにはならないぞ?」
戸惑ったルークが言っても、ソフィはぶんぶんと首を振った。
違う、そうじゃない、違うの、と、混乱したように繰り返している。
「違うの、ソフィ、ルークお兄ちゃん好きなのよ。お兄ちゃんが、センパイに言ってるより、もっともっと大好きなの。」
ソフィは隠すように、両手で顔を隠した。
ルークの顔も見ないまま、掠れた声で言った。
「お兄ちゃんは、わかってない……。ソフィ、お嫁さんにしてほしいって、いう、好きなの。」
「……!」
“お兄ちゃん”ならこういう時、なにか気の利いたことを言って、元気づけなくてはいけないのに。
ソフィの言葉を聞いて、ルークは何も言えなかった。
知らなかった。
ソフィの愛情は、友愛は兄弟愛だと思っていた。
そう思われていたなど、気づけるはずがない。
「何回も言ってたのに、全然!お返事くれなかったのに!何でセンパイなんて……好きになるの!?」
ソフィは手を放して、悲しそうな顔でルークを見つめる。
困ったような顔で固まっているルークをじっと見て、返答を待っているようだ。
小さな子供の言う“好き”は、軽い。
ソフィは来年中等学生になる。その3年後には、高等学生になる。
そうして人脈が、世界が広がっていけば、他に好きな人ができると思う。
ルークのことが好きだと言うのは、好きになれるほど親しい異性が、他にいないだけだろう。
けれどルークは、“好き”という言葉を言うのに、どれほど勇気がいるのかよく知っている。
その想いを抱いてしまったら、適当にあしらわれたら、どれほど苦しいか知っている。
だから、ちゃんと答えなくては、と思った。
真剣な顔で暫く考えていたルークは、ゆっくりと口を開いた。
「何でって言われたら……正直、わからない。見た目が好みとか、魔法が上手いとか、頭がいいとか、本当は優しいとか、好きなところはいっぱいあるけど――」
ルークは一度言葉を飲み込んで、はっきりと告げる。
「――一目見た時から、どうしようもなく好きなんだ。この人しかいないって思えるくらい、好きなんだよ。」
ルークは柔らかく微笑んで、ローズクォーツの瞳を見返した。
真剣さが少しでも伝わるように、ブレアへの想いがわかってもらえるように、目で気持ちを伝えているつもりだ。
桃色の目でルークをじっと見ていたソフィは、ふいと顔を逸らす。
「わかっ……、そんなの……ズルい。だってソフィずっと、ずっと!うぅぅ……。」
ソフィはわかった、と言おうとした。
ルークの真剣さが伝わってしまったから。
聞き分けの悪い子だと、嫌われてしまったら嫌だから。
ルークの好きな人――“センパイ”は、そんな我儘言わないとおもったから。
けれど、そう簡単に受け入れられるわけはなく。
恋心が、愛心が、嫉妬心が、涙になって溢れてしまった。
「わ……かっ、た……よ。ご、めん、なさい。」
ソフィは慌ててルークに背を向けた。
色んな心の染み出した、醜い涙を見られたくなかった。
こんなところを見られたら、余計に勝ち目がなくなってしまう。
『やっぱり先輩の方がいいな。』と、思わせてしまう。
「ソフィ――」
「やめて!もう……いいの。」
よくない、いいわけがない。
けれどこれ以上言われたら、体中の水分がなくなるくらい泣いてしまう。
慰めも、ブレアのことが好きな理由も、ソフィにとってはいらない言葉。
かける言葉に迷ったルークは、大きく首を横に振って――そっと、ソフィの頭を撫でた。
ソフィはルークの方を振り返る。
潤んだ瞳で、探るように見てくるソフィの頭を、ルークは優しく撫でた。
「……ほら、まだやりたい遊びあるんだろ。次は何して遊ぶ?」
今は、こんな悲しませるような話をするより、遊んだ方がいい。と思った。
ルークが柔らかく笑いかけると、ソフィはごしごしと涙を拭う。
「うん……と、次は、ね……。」
まだ溢れる涙を無理やり止めて、ソフィはにこっと笑った。
この話は終わりでいい。そうしてくれるルークの優しさが、やっぱり大好きで――
――この話は終わりでも、初恋は終われないな、と思った。
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