第101話 お姉様とゆっくりお話ししましょう?

 そこにいたのは、高い位置で団子に纏めた水色の髪を持つ女性。

 後ろを向いていた女性が、ブレアの方を振り返った。


 こちらを見つめてくるのは、ラピスラズリのような深い青色の瞳。

 女性はつかつかと歩いて近づいてくる。

 海底のような目をきゅっと細めた女性は、口角の上がった口を開いた。


「久しぶりねー、ブレアくん。」


 小さく礼をする女性に、ブレアは嫌そうな顔を繕うこともなく目を逸らした。


「……お久しぶりです、リリ……リリカ、さん。」


「あら、なんだか歯切れが悪くなぁい?」


 何とか名前を思い出して、ブレアは形式上の挨拶をする。

 このふんわりと微笑んでいる女性こそリリカ。つまり、リアムの婚約者だ。

 そしてブレアがとても――おそらく今まで出会った人の中で、1番苦手は人でもある。


 ルークやアリサもかなり苦手なタイプだが、比にならないほどリリカが苦手なのだ。

 今だって会いたくなかった。

 挨拶も済ませたことだし、もう部屋に戻ってもいいだろうか。


「じゃあ、」


「ちょっと待って?」


 リリカの横を通り過ぎようとすると、リリカが横に移動して進路を妨げてきた。

 柔らかく微笑んでいるが、濃紺の目は全く笑っていない。


「何ですか……。」


 いつものことなので戸惑いはないが、慣れない敬語は疲れる。

 ブレアが困ったように眉を下げるが、リリカは気にも留めていないようだ。


「久しぶりお会えたんだから、お話しましょう?例えば……ブレアくんがリアムくんと、学校でどう接しているのか、とかね。」


「えぇ……。」


 妖しく笑うリリカに言われ、ブレアは疲れたように声をあげた。

 これだ。これがブレアがリリカを嫌う理由だ。


 リリカの嫌なところ、それは“リアムのことが好きすぎるところ”である。

 リアムのことが好きであることはいいことだと思う。

 けれど、リアムと仲良くしたいなら当人同士で勝手にやってほしい。


「……あまり関わってません。」


「嘘ね。見え透いた嘘をつくなんて怪しいわ?」


 リアム本人には言わないのに、勝手にブレアに嫉妬するのはやめてほしい。

 リリカはブレアと出会った時――10年前から、リアムがブレアと浮気するのではないかと疑っているようなのだ。


 初めて会った時、睨まれてるな、と思った。

 にこにこと笑っているのに瞳の奥は冷たくて、射貫くようにブレアを見ていた。


 ブレアからすれば意味がわからなかった。ただ怖かったのをよく覚えている。

 幼いながらにリアムと絡むのが駄目なんだ、と察したが、今思い出すと恐怖より呆れが勝つ。

 7歳の子供に対抗意識燃やしてどうするんだ、と。


 会う度こうして圧を送ってきて、何かあるとすぐブレアが誑かしたことにしてくる。

 本当にやめてほしい。


『あなたの婚約者が9個下の義弟に手を出すような人だと思ってるんですか?』


 と、1度耐え切れずに言ったことがある。


『思わないけど、逆なら有り得るかもしれないわねー?』


 と言われた。

 逆なら有り得、そしてその場合リアムは簡単に押し切られると思っているらしい。

 有り得るわけがないだろう。


「玄関で話していると冷えますよ。話したいなら暖かい部屋にはいりましょう?」


「なら、何で廊下で話してたの。」


 呆れたように苦笑して近づいてくるリアムに、ブレアは抗議の目を向ける。

 2人がリアムの部屋にでも行ってくれていれば、ブレアはリリカに遭遇せずに済んだというのに。


「リリがブレアを待つって言って聞かなかったんですよ。」


「だって未来の義弟ですもの!ブレアくーん、お姉様とゆっくりお話ししましょう?できれば2で。」


 にこっと笑ったリリカは、じっとブレアを見つめてくる。

 傍から見ればいい義姉に見える。本当に繕うのが上手い。


 騙されてるんじゃないかな、と思ったこともあるが、リリカはリアムが大好きなのは確かなので、別にいいかと思っている。

 リアムもリリカほど――ではないし、積極性もあまりないが、どうやらちゃんと好きらしい。

 勝手にイチャついていてほしい。ブレアは何も言わないから、放っておいてほしい。


「私は仲間外れですか?寂しいですね。」


 ブレアが困っていることを察したリアムが、さりげなく2人で話すのを回避しようとしてくれる。

 くすっと控えめに笑ったリリカは、リアムの首に腕を回した。


「冗談よ。寂しくなっちゃうリアムくんも可愛い!」


 リリカはうっとりとしたように言って、少し背伸びをしてリアムに口付けをした。

 その隙に「失礼します。」と言ったブレアは、速足でその場を離れる。


 本当に、ブレアを巻き込まないでほしい。イチャつくなら部屋にでも行ってほしい。

 親が決めた相手らしいが、あそこまで仲がいいと上手くいくだろうな、と思う。


「あっ、待って!?」


 ブレアが逃げようとしているのに気が付いたようで、リリカが少し大きな声で引き留めてきた。


「すみません、僕やらなきゃいけないことがあるので失礼します。」


「そ、それは……いいのよ。一言だけ、伝言を忘れてたの。」


 ブレアが軽く礼をすると、リリカは少し頬を染めて答えた。

 さっきまでブレアの方を真っ直ぐに見ていたのに、チラチラと横目でリアムを見ている。

 リアムと話したくなったんだろうなあ、と思いつつ、ブレアは首を傾げた。


「エリカがお会いしたい、と言ってたの。今日は来れなかったけど、近々機会があると思うわ。」


「……そうですか。」


 もう1度「失礼します。」と言ったブレアは速足に立ち去る。

 面倒なので適当に返事をしたが、リリカの言葉が引っかかった。

 意味――はわかったのだが、ブレアには致命的なことがわからなかった。


(……エリカって、誰だっけ。)


 そう、ブレアには伝言の主――エリカが誰なのか、思い出せなかった。

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