第99話 400字以内で簡潔にお話しください
とりあえずソフィを家に招き入れ、汚れた上着を急いで手洗いした。
薄い色水だったため、綺麗に落とすことができた。
しかしブレアに借りた服を汚してしまったことは変わらない。
「……罪悪感がすごい……。」
とりあえず私服化している入学前のバイト着に着替えたルークは、テーブルを挟んでソフィの向かいに座った。
ソフィはまだ不機嫌そうに頬を膨らませている。
「しかも絶対匂い消えるぅ……。先輩、『匂いつけ直したいからしばらくこれ着ててください』って言ったら怒るかな、怒るよな。一緒にいたら匂い移るかな……。」
「お、お兄ちゃん?」
怒られると思っていたソフィは、よくわからないことを呟き出したルークに困惑している。
『罪悪感がすごい』などと言っているが、こっちの問題の方が深刻そうに見える。
頭を抱えていたルークが、突然はっとしたように顔を上げた。
「『匂い移したいので抱か――ハグさせてください!』ならいけるんじゃないか!?匂いも移って、先輩のお身体に触れて一石二鳥!」
「ルークお兄ちゃん!?」
何を言っているのかはソフィにはわからないが、何やらおかしなことを言っていることはわかる。
驚いたソフィが声をかけると、ルークは思い出したようにわざと表情を険しくした。
「ソフィ、先輩に借りたものだって言ったよな?あんなことして……悪いことだってわかってるか?」
少し厳しくルークが言うと、ソフィは気まずそうに顔を伏せた。
「……ルークお兄ちゃんが悪いの。」
「ソフィがわざと水かけたんだろ?」
ルークがさらに眉を寄せると、ソフィは困ったようにルークをチラリと見た。
じーっと上目遣いに見つめ、ぷいと顔を背ける。
「かけた!でもルークお兄ちゃんが悪いの!」
語気を強めたソフィに驚いて、ルークは怯んだように表情を緩めた。
「っ、俺何もしてないだろ!?」
「したのっ!!」
ついルークも強く言ってしまうと、ソフィは負けじと大きな声を出した。
お互い一歩も譲らず、無言になってしまった。
「たーだいまー!そしてお帰りぃ、ルーク!」
沈黙を破るようにガラガラっと大きな音を立てて、1人の女性が入ってきた。
低い位置で1つに結った、プラチナブロンドの髪。
そして、ルークと同じく、シトリンのような黄色い瞳。
「……母さん!?」
活発な印象の彼女こそ、ルークの母親である。
「あれ、さーてはまた喧嘩したな?アンタねえ、ソフィちゃんはまだ小さいんだから優しくしろって言ってるでしょ!?」
「俺悪くないって!そんなこと言うなら俺からも言いたいことあるんだけど!」
ガラガラっとまたしても大きな音を立てて閉めた母は、「言ってみな?」と挑発するように言う。
そんな母の様子を見て、ルークははあっと大きな溜息をついた。
「母さん……ちゃんとドアから出入りしてってずっと言ってるよな!?」
注意するように言われた母はぱちぱちと目を瞬く。
さっきからガラガラっと音を立てて開閉されているのは、ドア――ではなく窓だった。
ルークが抗議するように見ていると、母は声をあげて笑った。
「あっはは、いーでしょこっちの方が近いんだから!」
「よくない!恥ずかしいの俺だからな!?」
ルークは本気でやめてほしいのに、母は冗談だと受け取ったようだ。
母が毎回のように窓から出入りするので、小さい頃はそれが当たり前なのだと思っていた。
ルークがソフィくらいの歳の時に、ソフィに『おばさんってどうして窓から入ってくるの?』と言われてから、恥ずかしくて治してほしいと言っている。
「そんなことで恥ずかしがってどーすんのよ。ごめんねソフィちゃん、ルークに何か意地悪された?」
「え、えっと……。」
困ったように眉を下げた母が聞くと、ソフィは気まずそうに口篭った。
どうしたのかな、と母が首を傾げると、ルークが不満そうに声をあげた。
「俺は何もしてないよ!ソフィが俺の着てた服汚したんだ!」
「なーにお兄ちゃんが服の1着くらいでうだうだ言ってんの。確かによくないけど、ごめんなさい、いいよ、で終わりにすればいいでしょうが!」
理不尽に怒られたルークはムッと眉を寄せている。
そうしたいのは山々だが、ソフィが謝らないのだから仕方ない。
ソフィは素直ないい子で、普段なら自分に過失があればすぐに謝る。
だから母はソフィがとっくに謝って、それでもルークが怒っていると思っているのだろう。
ルークだって普段は十分優しくしている。
普通の服なら、こうして怒ったりしない。
「でもソフィが汚した服、先輩に借りた服だったんだぞ!?怒るに決まってるだろ!」
「アンタ好きな子に服借りてんの?付き合っちゃたりした?」
まさかルークがブレアに服を借りているとは思わなくて、母は怪訝そうに顔を顰めた。
ちょっと冷たくてクールな人と聞いていたので、中々に意外だったが、ルームメイトになっていることを考慮すると、あり得ない話ではない。
「残念ながら未だに片想い!」
「そなの!?」
悔しそうなルークの叫び声を聞いて、今まで黙っていたソフィが顔を上げた。
期待するような目でルークを見ている。
「そうなんだよ……残念ながら。」
悲しそうなルークを見て、逆にソフィは大層嬉しそうな笑顔になる。
「そうなのー?ルークお兄ちゃん、ザンネン、だからね?」
「残念って言うな!……何か嬉しそうに見えるのは気のせいか?」
けらけらと笑っているソフィを、ルークはええ……と困ったように見ている。
笑われてことも、残念と言われたことも中々ショックだ。
「まあまあ落ち着きなさいって。ルーク、先輩さんに迷惑かけてない?」
「かけて……るかもしれないけど、それ以上にお世話してるから大丈夫!なはず!」
だんだん自信がなくなってきたルークが濁すと、母はまたしても声をあげて笑った。
笑いながら荷物を置いて、2人のちょうど間あたりの椅子に座る。
「それでー?先輩さんとはどんな感じ?母さん気になる。」
「え、先輩の話したら冬休み開けるけど!?」
にやにやと笑った母が聞くと、ルークは真剣な顔で冗談みたいなことを言った。
すっと笑みを消した母は、にっこりと笑った。
「400字以内で簡潔にお話しください。」
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