第97話 『リアムは知ってた?』って、聞かないんですね
ほぼ終点のここまで来ると、車両内の人は片手に収まる程しかいない。
小さな駅について、魔法列車が若干の揺れを伴って静止した。
席を立ったルークは、ひょいと跳ねるように駅に降りる。
もう2ヶ月くらい寮暮らしだったので、電車に乗るのもこの町に帰ってくるのも、かなり久しぶりだ。
『絶対ちゃんとご飯食べてくださいね!?』
『はいはい。』
『俺のこと忘れないでくださいよ?』
『……善処するよ。』
『善処せずとも忘れないでくださいよ〜!』
などという会話をしたのも、もう4時間以上前だ。
ブレアは今頃どうしているだろうか。
まだ寮にいるか、もう電車に乗ったか、それとももう家に着いただろうか。
リアムが一緒とはいえ、心配なことに変わりない。
帰りたくないと言っていたし、何より、ブレアは1人で列車に乗れないと言っていた。
……心配だ。非常に心配だ。
(……無理だ、先輩不足で死にそう……。)
本当は年末年始だけ帰って、すぐ戻ろうと思っていた。
しかしリアム曰く、ブレアは冬休み丸々寮にいないらしい。
更に「数日も君をこの部屋に1人にするのは不安。」とブレアに言われてしまったため、ルークも同じ期間帰ることにした。
つまり約2週間、ブレアに会うことができないわけだ。
始まったばかりの冬休みだが、既に終わってほしい、と思っている。
大好きなブレアに2週間近くも会えないなんて無理だ。
妄想とカーデで乗り越えるしか……などと言ったら、またキモい、と言われてしまいそうだ。
(先輩に会いたい……。)
久しぶりに帰るというのに、母さん元気かなー等とは一切考えていない。
ブレアのことしか考えていない。
中々の親不孝者である。
若干沈み気味な気持ちで歩いていると、いつの間にか自宅の前まで来ていた。
そのルークの家――のドアの前に、1人の少女が座っていた。
背中まで伸びた藤色の長い髪を綺麗に巻いた、10歳くらいに見える少女。
簡易絵の具セットを隣に置いて、何やら夢中で絵を描いている。
驚かせようかと思い、ルークはそっとその少女に近づく。
すぐ近くまで行くと、ルークが声をかけるよりも先に少女が顔を上げた。
ローズクォーツのような薄い桃色の、ぱっちりとした瞳と目が合う。
途端に少女はキラキラと目を輝かせて、画板を横に置いた。
ぎゅっと勢いよく抱きついてきた少女を抱き止めると、少女は満面の笑みを浮かべた。
「おかえりなさい、ルークお兄ちゃんっ!!」
約2ヶ月ぶり、対して長くない期間。
なのにやけに懐かしくて、わざわざ家の前で待っていてくれたことが嬉しくて、ルークは柔らかく笑った。
一方その頃、ブレアは学校の最寄り駅で、リアムと列車が来るのを待っていた。
リアムは椅子に座っているブレアの前に屈み、心配そうに様子を伺っている。
「ブレアー?大丈夫ですか?」
「……無理……。」
さっき来たばかりだというのに、ブレアは既にぐったりしている。
いつもこうなるから時間ギリギリに来たというのに、結局駄目だったようだ。
「まだ慣れませんか。」
「一生慣れないと思う。動力源の
リアムは大層しんどそうにぼやいているブレアの額に触れてみる。
確かに体内は中々不安定な状態で、心配になる。
「環境破壊にならない程度のはずですが。貴女が敏感すぎるんですよ。」
「わかってるけど……。」
やってきた列車の起こす風が前髪を煽ると、ブレアは渋々といった様子で立ち上がった。
「大丈夫ですか?」
「うん、歩けない程じゃないから。」
リアムが一応支えようと手を差し出すと、ブレアは素直にその手を取る。
少々不謹慎だが、毎回素直で可愛らしいなと思ってしまう。
列車に乗り込んで、ブレアを席に座らせる。
リアムもその隣に座ると、ブレアがくっつくように移動してきた。
いいのかな、と、そっと頭を撫でてみる。
「……触らないで。」
小さな声で言ったブレアは、リアムの腕を掴んで退ける。
謝ろうとすると、ブレアがそのままその手を握ってきた。
「触らないでほしいんじゃないんですか。」
「これはいい。」
リアムが軽い力で手を握り返す。
ブレアは少しだけ体を傾けて、リアムの方に頭を乗せるようにもたれかかった。
「寝るんですか?」
「うん。」
短く答えたブレアは、静かに目を閉じた。
いつもすぐに寝てしまうんだよな、と思いながら、リアムは一応声をかける。
「着きそうになったら起こしますね。」
「うん。」
クスリと笑ったリアムが前を向くと、ブレアが再び口を開いた。
「……ねえ、先生。」
「どうされました?」
小さく首を傾げたリアムは、もう一度視線をブレアの方に戻す。
さっきまで閉じていた目は開いていて、ぼーっと前を見つめている。
リアムも釣られて前を見るが、視線の先には何もなく、ただ窓に映る景色が流れているだけだ。
「あのね、僕最近わかったことがあるんだ。」
「何ですか。」
懐かしい言葉を聞いた。
昔はよく、顔を輝かせてこう言って、新しく身につけた魔法の知識を話してくれていた。
一通り話し終えた後、「リアムは知ってた?」と、期待に満ちた顔をする。
「興味深いですね。」と返すと「だよね!」と笑い、追加情報を話すと、アメシストの瞳にもっと大きな星が輝いた。
けれど今は少し違っている。
端正な顔は無表情で、虚無を見つめるアメシストの瞳は、冷たく感情を感じさせない。
その差が少し寂しくて、リアムは誤魔化すように前を向いた。
「先生、魔石詳しかったよね。」
「まあ、少しは。」
ブレアから魔石の話が出たのは初めてだ。
少々意外な話題に、リアムは目を丸くした。
「……魔石の移植って、他の生物でもできるんだね。」
ますます意外な質問に、リアムは柄にもなく少し眉を顰めてしまった。
「そう、ですね。」
少し躊躇ってからリアムが答えた。
腕に頭が軽く擦り付けられる感触。おそらくブレアが頷いたのだろう。
もう終わりかな、と思っていると、ブレアは「それと、」と続けた。
「――人間にもあるみたいだね、魔石。」
「…………何の話ですか?」
何の話だが、本当にわからない。
魔石は魔獣の体内にある宝石のような石で、魔導具に使用されている。
人間にも魔石がある、という話は聞いたことがない。
リアムがブレアの方に目を向けると、既に目を閉じていた。
それはつまり、会話は終わり、寝るから邪魔しないで。ということで。
こうなったら真意も経緯も聞き出せない。
リアムはふっと小さく息を吐くと、再び前を向く。
「……『リアムは知ってた?』って、聞かないんですね。」
どうせ聞いていない。
わかっているが、小さな声で、寂しそうにそう呟いた。
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