第96話 それより先輩、俺達もラブラブしましょうよ!

 蹲って呟いているルークを見て、ブレアは怖がるように顔を引き攣らせている。


「……僕じゃなくて、先生のなんだけど……。」


「絶対聞こえてませんよ?今のは貴女の言い方が悪いです。」


 ブレアなら放っておけばいいなどと言いそうなものだが、流石に放置できないようだ。

 完全に1人の世界に入ってしまっているルークだが、どう誤解を解こうかと考えている。

 ブレアがそっと肩を叩こうとすると、ルークが突然起き上がった。


「びっくりした……。婚約者って言うのは――」


「俺とは遊びだったんですか!?」


 抗議の目を向けてくるルークに、ブレアは戸惑ったようにえ、と小さく声をあげる。

 特にルークと遊んだ記憶はなく、ルークがなぜそんなに不満そうなのかわからない。


「婚約者がいるなら最初に言って欲しかったって話です!初めて出会ったあの日、振るついでに一言言ってくれれば俺も潔く諦められ――はしませんけど!」


「しないんですね……?」


 ブレアが自分で訂正するまでそっとしておこう、と静観を決めたリアムだったが、早くも反応してしまった。

 諦められる流れじゃないのか、と苦笑している。


「諦められるわけないじゃないですか!諦めはしなくとも、少し離れたところから眺めるとか、配慮はしたじゃないですか!」


「待って、そっちの方が嫌。怖い。」


 ドン引きしたブレアは、すっと椅子を引いてルークから少し距離を取る。

 もしそうなったらただのストーカーだが、ルークはわかって言っているのだろうか。


「同棲までして今更婚約者とか酷いですよねって言いたいんです!酷いです先輩、でも好き……。2番目でもいいのでお側に置いてください、結婚が無理ならせめてセフレとかにでもしてください!」


「うちの妹に変な言葉教えないでくれますか!?」


 慌てて立ち上がったリアムはブレアの耳を塞ぐ。

 ブレアはリアムの手を払い退けると、「ちょっと落ち着いて。」と呆れたようにルークに声をかけた。


「落ち着けるわけないじゃないですか!?」


「リリカさんは先生の婚約者だよ。僕のじゃない。」


 ブレアが少し大きな声で言うと、ルークは目を丸くして固まった。

 僕のなわけないだろう、とブレアは肩を竦めた。


「婚約って先生、彼女いたんですか!?」


「何ですか、その私に恋人がいるはずがない、とでも言いたげな驚き方は。」


 丸くなった目で見られたリアムは、明らかな作り笑いで首を傾げた。

 ルークが抱くリアムの印象がどのようなものかは知らないが、リアムにだって彼女くらいいる。

 もう27なのだから、婚約くらいしていてもおかしくないだろう。


「いや、だって先生はロリコンだと思ってたので……。」


「ディアスさん、かなり失礼なことを言っている自覚はありますか?」


 笑顔を保っているリアムだが、内心少し怒っている。

 ロリコンだと思われていたとは心外だ。リアムの恋愛観は至って普通である。


「だって先輩の寝顔が好きとか聞いたので……。」


「先生はシスコンであって、ロリコンじゃないよ。好きなのは僕のことだけ。」


 少しだけ微笑んで返すブレアだが、リアムは不満そうに薄く開けた目でブレアを見ている。

 教え子にロリコンだと思われていたことも、妹にドヤ顔でシスコンだと言われることもなかなかショックだ。


「私はロリコンでもシスコンでもありません。リリカは何年も前から婚約している私の恋人です、これで宜しいですか?」


 なんだかこれ以上続けても自分がいじられるだけな気がする。

 そう思ったリアムが早々に会話を切り上げようとするが、クスクスと笑ったブレアがルークの方を向いた。


「しかもリリカさん、先生より3つ上なんだよ。」


「まさかの年上!?意外すぎます。」


 またしても目を丸くしたルークに見られ、リアムは居心地が悪そうに紅茶を口に含んだ。

 リアムはロリコン――とは言わずとも年下好きだと勝手に思っていたルークは、心底驚いている。


「リアムが渾名で呼ぶのなんてあの人くらいだし、見てられないくらいラブラブなの。」


「そうなんですか!?全然想像できません……それより先輩、俺達もラブラブしましょうよ!」


「何で。」


 すんっと真顔になったブレアに睨まれ、ルークは萎縮したように「すみません。」と謝った。

 ブレアが楽しそうに話すのでつい調子に乗ってしまった。

 まだまだリアムとリリカの話をしそうなブレアの様子を見て、リアムはこほんと咳払いする。


「とにかく、今週中には仕事を片付けますから、荷物をまとめていてくださいね?」


「えー。」


 リアムは不満そうに唇を尖らせているブレアの頭を優しく撫でる。

 ブレアが「……わかった。」と小さな声で返すと、リアムは棚からプリントの山を持ってきた。

 それらを机に置くと、椅子に座って確認し始める。


「わあ、それ全部仕事?大変だね。」


「頑張ってください!」


 少し驚いた様子の2人に言われ、リアムは大袈裟に息を吐く。

 丁度目を通していたものと、山の1番上に置いてある、クリップで留められた束を手にとり、2人の方に見せた。


「これはディアスさんを含む、成績が振るわなかった方の補習課題、残りは全部ブレアが課題でもないのに量産したレポートと論文ですが。」


「へえ、そうなんだ。」


 にこりと笑って言うリアムの意図は全く伝わらなかったようで、ブレアは適当に相槌を打った。

 ピンと来ていない様子の2人を見て、リアムは畳かけるように言う。


「自分達が私の仕事を増やしているという自覚がおありですか?」


「「ない(です)!」」


 ピッタリと声を揃えて否定する2人だが、ブレアは嬉しそうに少し笑っている。

 絶対に自覚がある顔だ。


「……いいんですけどね、成績に関してはもう少し頑張っていただきたいです。ブレアは……ブレアはもういいです。」


「今僕のこと雑に扱わなかった?」


 チラリとブレアを見たリアムは、首を小さく横に振った。

 ブレアは納得いっていないようだが、決して雑に扱ったわけではない。


 過剰に魔法を造り、自主学習として出すのはやめてほしい、と思ったのだが。

 魔法を考えている時の楽しそうなブレアを思い出すと、何も言うことがなくなってしまった。


 教師としても、兄としても、ブレアがここまで熱中してくれるのは喜ばしいことではないか。

 あの姿が見れるのなら、これくらいなんてことはない。


 そこまで考えたリアムがふふっと笑うと、ブレアは怪訝そうに眉を寄せた。


「えええ……急にどうしたの。」


「いえ。仕事が片付いたら、ブレアとゆっくり過ごしたいな、と思いまして。」


 リアムが楽しそうに言うと、ブレアはますます眉を寄せてしまった。


「絶対嫌だ。僕は1人でいたいから、リリカさんといなよ。」


 心底嫌そうに顔を顰めたブレアは、ぷいとそっぽを向いてしまう。

 ……リリカがか来ると、必ずブレアがそっけなくなるのは何故だろうか。

 冷たくされたことに傷つきながら、リアムは困ったように首を傾げた。

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