第94話 お前さぁ、極端!
マットを持ってきたアーロンは、敷きながらブレアを呼ぶ。
「寝ろ。次は上体起こしやんぞ。」
マットを敷き終わると、嫌そうにしながらもブレアは素直に寝転ぶ。
アーロンが今度はルークを見るが、ルークにも何かすることがあるのだろうか。
「何ですか?」
「察し悪!上体起こしなんだから足押さえてやれよ。」
ルークは真顔で天井を見上げているブレアをじっと見てから、再びアーロンに視線を戻す。
「俺がですか!?」
「そうだよ。お前が計測してくれるならオレがやるが。」
アーロンは『オレがやると嫉妬するだろ』と言いたいようだ。
再びブレアを見たルークは震える手で口元を押さえた。
「それは合法的に先輩の脚に触れてしまうということですが、いいんですか!?」
「いい……と思ってたが、今のお前を見てると駄目な気がしてきた。」
嬉々として目を輝かせているルークにアーロンはドン引きしている。
本当にこんな変態と同室で大丈夫なのだろうか。少しブレアが心配になってきた。
「早くして。」
「すみません!」
寝転んだままのブレアが言うので、ルークは急いでブレアの足元にしゃがむ。
「先輩足小さくて可愛いですね。足首細いから靴紐めっちゃ余ってるのも可愛いです。」
「靴を凝視するな変態。早よしろ。」
アーロンから厳しい言葉が飛んでくるが、ルークはぎゅっと目を閉じる。
「先輩が長ズボンでよかったです。素足だったら俺死んでました。」
「生きろ変態。そんで早よしろ。」
アーロンが再び急かすのでルークは「すみません。」と謝る。
そっと膝下あたりに手を回したルークはえ、と目を見開いた。
「先輩足細っ!?ズボン余りまくってるじゃないですか。好きです。」
「キモいなお前!?手動かすな、必要最低限触んな。」
さりげなく手を移動させて撫でているルークの頭を、アーロンはまたしてもバインダーで殴る。
2方向からキモいと言われたが、それよりバインダーが痛い。頭はやめてほしい。
「ちゃんとやれ。」
「すみません……。」
ルークが返事をすると、アーロンはストップウォッチを持つ。
ボタンに手をかけて開始の合図をしようとすると、「待って。」とブレアが体を起こした。
ルークは足を押さえているので、ブレアが起き上がると顔が間近になる。
「顔が近い……綺麗、可愛い、好き……。」
「限界極めんな。どした?」
ルークの相手はほどほどに、アーロンはブレアに聞く。
ブレアは長い髪に指を通すと、怪訝そうに顔を顰めた。
「……髪が邪魔。」
「ゴムありますか!?俺に任せてください!」
即座に言ったルークは何故かすごく嬉しそうな顔をしている。
「ない。けど、作れるよ。」
「ではお願いします。できれば櫛かブラシもお願いします!」
なんだか気合いが入っているルークに戸惑いながらも、ブレアは魔法を使う。
握った手が開くと、ヘアゴムとブラシが現れた。
「何するの?」
「ポニーテールにします!」
「髪触られるの嫌だ……。」
自信満々、といった様子でルークが答えると、ブレアは眉を寄せて少しルークから離れた。
やんわりと拒否されたルークは少しショックを受けている。
「お前自分じゃできねえだろ。やってもらえよ。」
「……わかった。」
数秒考えたブレアは渋々承諾してくるりと後ろを向く。
「3分でできます!」と嬉しそうに言ったルークは、ブレアの髪にブラシを通す。
「髪サラサラですね……!」
「感極まってねえでとっととやれ。無駄に触るな嗅ぐな。」
すっとアーロンがバインダーを構えると、ルークは「すみません!」と大きな声で謝る。
触るなはともかく、嗅ぐなとは……?何故バレた。
さっと全体を梳かしたルークは、長い銀色の髪を高い位置で1つに纏めた。
それから少し毛束をとって三つ編みにしていく。
「ポニテにするんじゃねえの?」
「折角なので!」
嬉々として答えるルークの目はキラキラと輝いていて、すごく楽しそうだ。
先まで編み終えると、結び目に編んだ毛束を一周させた。
「どうですか!?」
「早っ、お前すげえな?」
アーロンがが感心して言うと、ルークは得意気に笑った。
鏡を見ることができないブレアは出来栄えを確認することができないが、結ばれた髪を撫でて「いいんじゃない?」と適当に返す。
正直に言うと、邪魔でさえなければ何でもいい。
「ユーリーが髪ちゃんとしてるの初めて見たわ。かわーー案外似合うな。」
「撮らないで。普段もちゃんとはしてるでしょ。何もしてないけど。」
ジャージでもしっかり携帯していた魔道具で撮影してくるアーロンに、ブレアは冷たい目を向ける。
ポニーテール姿を初めて見たどころか、ブレアが髪を結んだり飾りをつけているところなど1度も見たことがない。
「先輩可愛いです!すっごく似合ってますね!綺麗な横顔がよく見えていいですね、耳がよく見えて可愛いです、それにうなじが……はあ、先輩のうなじ……。」
「お前もう黙っとけ。キモすぎる、言われてんのオレじゃねえのに怖くなるくらいキモい。」
自分でその髪型にしておきながら、自分でこんなに喜ぶのか。
キラキラと目を輝かせてブレアを見るルークの視線を、アーロンはバインダーを挟んで遮った。
ブレアも引いてはいるが、アーロンが代わりに言ってくれるので黙っている。
「にしてもお前上手すぎねえ?女いた?」
「いませんよ!俺は生まれる前から先輩一筋です!!」
「意味がわからないな。」
冗談で聞いたアーロンに、ルークは当然のように否定する。
ブレアが眉を寄せると、ルークは「そんなこと言わないでくださいよー。」と悲しそうにブレアに抗議した。
「近所の子によくやってあげてたので得意なんですよ。今度別の髪型もしましょうねー先輩!」
「デレデレだな……?」
「しない。僕は人形じゃないよ。」
語尾にハートがつきそうなルークをブレアは冷たく一瞥した。
ルークは笑ってブレアを見ているが、ニコニコと言うよりニヤニヤ、デレデレである。
冷ややかに言ったブレアは再びマットの上に寝転ぶ。
「早くしよう。そろそろ帰りたい。」
「まだ女で1種目しか終わってねえのわかってっか?ほらルーク押さえてやれ、いくぞ、よーい、」
慌ててルークが足を押さえると、アーロンは「始め。」と合図をする。
待つとまた変態発言が始まってしまうので、早く始めてしまうのがいいと判断した。
合図と同時に体を起こしたブレアはすぐにもう一度寝転んで――それから全く動かなくなった。
「いや何でだよ!?」
「記録1回でどう?」
一応30秒様子を見たアーロンが聞くと、ブレアは天井を見たまま答える。
「どう?じゃねえんだよ。あの早さで1回目できるなら10回以上いけるだろお前。」
「なるべく動きたくないからいけない。僕が30秒間で1回したということには変わりないんだからいいじゃないか。」
仮に1回しかできないのなら仕方がないが、絶対にそんなことはないだろう。
ブレアは寝転んだまま疲れたーと体を伸ばしている。
「屁理屈が過ぎる!あのな、コレ30秒間ガチでやった結果を記録するヤツなんだよ、30秒間ガチれ。」
「えぇー。もう疲れたから嫌だ。」
天井の明かりが眩しかったようで、ブレアは腕で顔を隠した。
「駄々こねんなガキ。変態はガン見するな。」
「だって寝てる先輩にこのアングル……めちゃくちゃえっちなんですよ。せ、先輩えっちなので目元隠さないでください……!」
呆れたように言ったアーロンはまたしても大きな溜息をついた。
ルークを連れてきたのは間違いだったかもしれない。
終わる気がしないのは気のせいだろうか。
「疲れたなら握力先やるか?体力使わねえだろ。」
「そうしよう。」
すぐに起き上がったブレアは全然元気そうだ。
ブレアが無言でじっとルークを見る。
離せと言われていると察したルークは「すみません!」と慌てて手を離した。
「そうするか。まず強化魔法解除して測って、その後強化魔法使って測ってくれ。もちろんガチで。」
体力測定のついでに魔法の技量を見るためのシステムである。
アーロンから受け取った握力計を右手に握り、ブレアはぐっと力を込めた。
「……16。」
「16!?先輩か弱い……可愛い、守ってあげたくなります……!」
「オレはお前から守ってやりてえよ。雑魚くね?ガチでやった?」
握力計をリセットしながら、ブレアは好き勝手言っている2人を不満そうに睨む。
「本気でやったよ。次は強化魔法で本気だっけ。」
アーロンが頷くと、ブレアは強化魔法を使う。
ほぼ毎日使っているので詠唱など不要で、ぐっと右手に力を込めた。
瞬間、握力計がバキッと嫌な音を立てる。
「……あ、割れた。」
少し目を見開いたブレアに、アーロンは最近で一番の大きな息を吐いた。
「……お前さぁ、極端!」
「本気でって言うから。」
「オレが悪かったな、お前の魔法忘れてたわ。」
呆れを通り越して溜息すら出ないようで、アーロンは真顔で壊れた握力計を見ている。
もう嫌だ。帰りたい。こんなので体力測定全項目終わるのだろうか。
「怪力な先輩もギャップがあって素敵です!」
「ルークは何でもいんだな……。」
アーロンの苦労の結果、3時間後に無事全種目終えることができた。
因みに握力計はブレアが魔法で直して証拠隠滅した。
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