第91話おまけ 俺だけだと思ってたのに……!

 ヘンリーに引っ張られたアーロンはもう出て行ったのに、ブレアはまだ少し愉快そうに笑っている。

 ほんの少し口角を上げただけの控えめな笑みだが、やっぱり笑った顔はすごく可愛いな。と思った。

 が、その笑顔を引き出したのがアーロンだと思うと妬ける。


(――でも俺はもっと可愛い先輩の笑顔見たから!!)


 と、つい内心でマウントを取ってしまう。


「……ところで先輩、俺さっきの話でめちゃくちゃ気になったことあるんで聞いてもいいですか?」


「面倒なことじゃなければね。」


 すんっと真顔に戻ったブレアがこてんと首を傾げた。

 そのまま笑っていてくれてもよかったのにな、などと思いながら、ルークは真剣な顔で質問する。


「そのー、男子寮にいた間、風呂はどうしてたんですか!?」


 アーロンは大まかにしか話さなかったので色々気になっているが、特にここが1番気になる。

 実は大浴場行ってたらどうしようと思ってしまう。

 そんなことを言えばブレアに「そんなわけないでしょ。」と言われそうだが、それ以外の選択肢が思いつかないのだから仕方ない。


「先生の部屋の借りてた。」


「そうなんですか?でも先生は先輩が男子寮にいること知らなかったんじゃ……?」


 ルークが不思議そうに聞くと、ブレアは「知らないけど?」と返した。

 知らないのにどうやって借りたんだろうとルークが思っていると、ブレアは得意気に胸を張る。


「先生がいない時間に勝手にね。先生が鍵にしそうな術式くらい、僕にはお見通しだよ。」


「いろいろ駄目では!?よくバレませんでしたねそれ。」


 色々アウトではないだろうかとルークは思った。

 ほぼ不法侵入ではないか。それに気がつかないリアムのことも少し心配になる。


「先生は僕が家から通ってると思ってたみたいだからね。僕先生なしで列車乗ったことないのに、通えるわけないじゃん。」


 呆れたように眉を下げているブレアだが、呆れたいのはこっちの方だ。

 最早開き直っているようだが、1人で乗れるようになろうとは思わないのだろうか。


「1人で列車乗れない先輩可愛い!じゃなくて、寮に入りたいなら初めからリアム先生に相談すればよかったじゃないですか。そうすれば最初から男子寮に入るなんて危険なことしなくてよかったんじゃないですか!?」


「先生に言ったら家から通えって言われると思ったから……。」


 ルークは諦めたように小さな声で「そうですか。」と返した。

 ブレアは、男子寮に入ると言うことの深刻さをわかっていない。

 もう絶対わかってもらえないだろうなと思った。


「もういいです、過ぎたことを言っても仕方がありませんので。うぅ、先輩と同室なんて俺だけだと思ってたのに……!俺のアイデンティティが助手だけになってしまった……。」


 心底悲しそうに嘆くルークを見て、ブレアは不思議そうに首を傾げる。


「その助手も満足にできてないんだから、君のアイデンティティは何もないわけだね。」


「辛辣っ!酷いです先輩、責任とって嫁にしてください。」


「嫌だキモい。」


 真剣な顔で言ってくるルークに、ブレアは顔を顰めた。

 意味がわからない。しかも逆じゃないのか。


「あっ、そんな風に罵倒してくれるのは俺だけですよね!?キュンときました先輩っ!」


「僕はぞわっとしたけど?なんか気持ち悪さに磨きがかかってない?」


 嬉しそうに悶えるルークに、ブレアはそっと両腕を摩った。

 慣れてきてしまったのか、最近はあまり気持ち悪いと感じることがなかったのだが、今のは本気で気持ち悪かった。


「照れます。」


「褒めてない。」


「その視線もゾクゾクします……!あぁ、心臓が煩い、けど先輩の罵倒はどんなに小さくても聞き逃しませんよ!」


 へらっと笑ったルークは、ブレアに否定され更に笑みを深めた。

 ブレアは鳥肌の立った気がする自信の腕を撫でながら、速やかにルークから目を逸らした。


「……君と一緒にいると、君は何もしてないのに身の危険を感じる時があるよ。」


「――先輩、俺がさっきからわかってほしかったのはそれです!」


 ハッとしたように言うルークを、ブレアはええ……、と怪訝そうに見た。

 因みに、身の危険を感じるのは相手がルークの時だけだ。

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