第91話 え、お前女じゃねえって言ったよな……?
ブレアと同室になってからそうでなくなるまでの約1週間の出来事。
出来れば忘れたい、けれどとても忘れられそうにないその内容を、アーロンはざっくりと(都合の悪いことは伏せて)簡単に話した。
間違いなく怒るであろう話は避けたが、険しい顔で何も言わずに話を聞いているルークはどこに怒るか全くわからない。
無言のルークよりも先に、ヘンリーが口を開いた。
「兄貴、大変だったーみたいな感じで話してるけど、ちょっと喜んでたの知ってるからね?」
「はあ?1ミリも喜んでねえよ、いい迷惑だ!」
若干引いたような口振りのヘンリーに、アーロンは慌てて否定する。
必死に否定されると図星っぽいな……とヘンリーは苦笑した。
「同室の人が女子かと思ったら男子だったとか、すっごい美人でドキドキするって言ってたの覚えてるよ?あの時は兄貴とうとうおかしくなったのかーって思った。」
「おかしくなってねえ。オレの印象どうなってんだよ。」
ヘンリーは楽しそうにクスクス笑いながら言う。
兄から電話がかかってきたと思ったら、会話の内容が8割意味不明だったことを思い出した。
『すげー綺麗なの。』『意味わからねえ男なんだよ。』『マジで可愛いんだよコイツ……。』と正反対の意見を交互に言っていた。
なんだか変な趣味に目覚めたのかと思っていたが、だんだん否定的な意見が増えたので、勝手にフラれたんだと思っていた。
頭の中で話を整理していたルークは、アーロンの方に向けていた目線を、体ごとブレアの方に移した。
「先輩……なんでそんなことしたんですか!?無防備すぎますもっと警戒心を持ってください!浮気ですか!?」
立ち上がったルークに詰め寄られたブレアは煩……と顔を顰める。
「ちゃんと言ったら1人部屋にしてもらえるなんて知らなかったんだもん。時系列で見ると君が浮気相手で、これが本命ってことになるけど大丈夫?」
「おいお前余計なこと言ってんじゃねえ!」
「嫌・で・す・〜っ!!それにアーロン先輩、やっぱり先輩のこと可愛いと思ってたんじゃないですか!裏切りでは!?しかも何か先輩の当たりちょっと優しくないですか!?」
嫉妬したルークに怒られそうだと思ったアーロンが怒鳴るが、予想と反してルークは怒らなかった。
怒りを通り越して最早泣きそうな顔をしている。
「これは君ほど馬鹿じゃなかったからね。今は……変態盗撮魔に成り果てたけど。」
「変態言うな。別に趣味じゃねえよ。」
冷ややかな目を向けてくるブレアから、アーロンはそっと目を逸らした。
ブレアだってあの時は仲良くしよう――とは思っていなかったが、過ごしづらくなったら嫌なので、それなりにやっていこうと思っていた。
「知らなかったからって、なんで男子寮に入ろうってなるんですか!せめて女子寮にしてください……!」
「それも考えたけど、女の子が男かもしれない人と同室になったら怖いでしょ。」
勿論逆ならいいと思ったわけではないが、ブレア基準で“マシだ”と判断されたようだ。
だからと言って、ルークとしてはブレアが男と同室など許せない。心配すぎる。
「先輩は女子に甘すぎると思います……。先輩のイケメンッ!俺にも甘く接してください!」
「お前は優しくされてえならその限界ムーブをやめろ。つーかユーリーは女子寮を選択肢に入れるな、男だろお前。」
呆れたような口調でアーロンが言うと、「え?」とルークとブレアが目を丸くしてアーロンを見た。
何に驚いているのかわからないアーロンは怪訝そうに眉を寄せた。
「僕、男の子じゃないよ?」
「はあ?今更何の冗談だよ。」
「冗談じゃなくて本当に。」
きょとんとしたブレアが答えると、アーロンはますます眉を寄せる。
男じゃないならば、なぜ男子寮に来た。なぜ今ルークと同室なんだ。
「え、お前女じゃねえって言ったよな……?」
「『女の子じゃないかもしれない』的なこと言ったと思うけど、男だとは言ってないと思うよ。」
アーロンは混乱しているのか、「え……?」と目を瞬いている。
確かに“女子じゃないかもしれない”と言われただけで、“男だ”とは言われていない気がする。
「先輩の性別はトップシークレットですよ!」
「そういうふざけたヤツいらねえから!真面目に、男だよな?」
ルークに聞いてもまともな答えは返ってこないと思ったのか、アーロンはじっとブレアを見て答えを促した。
そういえば言っていなかったかな、と思いながらブレアは正直に答える。
「男かどうかって聞かれても、僕もどっちが本当かわからないんだ。」
「じゃあ本当に女性かもしれなくて、男性かもしれないんですか!?」
ヘンリーが確認すると、ブレアはこくりと頷く。
アーロンがルームメイトだと言っていたから、てっきり男性だと思っていた。
何だか申し訳なくてルークには『男性だよ?』と言えず、“性別不詳”と濁したが、合っていたとは。
「……マジで言ってる?」
「兄貴、ちゃんと確認しないで同室になったんだ?うわ、最低。マジでない。キモい。絶対下心あった。」
「ねえよんなもん。あの流れなら男だと思うだろ普通!?マジかよお前……わかんねえって何だよ……。」
アーロンは疲れたように大きく息を吐いた。
衝撃的すぎる事実に、思考を放棄したくなっている。
前髪を掻き上げるように額を抑えているアーロンに、ルークは訝しむような目を向ける。
「アーロン先輩、今更やっぱり好きとか言いませんか?」
「言うか。女じゃないかもしんねえなら論外だわ。」
まだいまいち感情の整理ができていないものの、それだけはないと断言できる。
否定すれば安心すると思ったのに、ルークは怒ったように大きな声を出した。
「じゃあ女子だったら言ってたってことですか!?」
「言うか!最初だったら言ってたかもしんねえけど、中身知っても冷めねえのお前くらいだろ!」
ひとまず顔を上げてアーロンが否定すると、ルークはますます声を大きくする。
「先輩は外見も中身もめちゃくちゃ可愛くて魅力的ですが!!」
「はいはい、煩えよ盲目信者!もうそれでいいから静かにしろ。」
アーロンは手で払う動作をして無理やり会話を終わらせる。
ルークはまだ納得いっていなさそうだが、ひとまずライバルが増えそうになくて安心しているようだ。
「ねえねえ弟さん。思い出したことあるから聞いて。」
「何ですか?」
「兄貴も煩いけどね〜。」と笑っていたヘンリーは、ブレアに声をかけられて首を傾げる。
ブレアは数秒アーロンを見た後、ニヤリと少しだけ口角を上げた。
「あれ、君のこと好きすぎて僕のこと君と間違えて声かけて、あって顔してたんだよ。何回も。」
「やめろ言うな!」
折角アーロンが伏せて話したというのに、何故バラす。
羞恥で少し頬の赤くなったアーロンを見て、ブレアは愉快そうに続けた。
「今は僕じゃない人と同室らしいし、あの様子ならその人にも同じことしてたんじゃないかな。」
「へぇ〜、そうなんですか。そんなことがあったんだねー兄貴?」
ヘンリーはアーロンの腕を掴んでにこりと笑いかけた。
ブレアがアーロンにつけたらしい、“重症ブラコン”とかいう迷惑な渾名はこれが原因か。と思った。
「兄貴。話あるから部屋行ってもいい?」
「…………はい。」
こういう時、残念ながら兄に拒否権はない。
否定の言葉を考えようと視線を彷徨わせていたアーロンは、観念したように小さな声で返事した。
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