第90話 ブレア、ちょっと来なさい
翌日、HRが終わってアーロンが席を立つと、丁度ブレアが教室を出ていくところだった。
少し早足で追いかけ、ブレアの隣に並ぶ。
「よ。お前も寮帰んの?」
「……そうだけど。」
突然話しかけられて驚いたのか、ブレアは少し目を丸くした。
歩は止めないまま不思議そうにアーロンを見ていたブレアは、小さく首を傾げる。
「何でついてくるの?」
「はあ?何でって、オレも帰るからに決まってんだろ。」
冗談で言っているのではなさそうなブレアに、アーロンは呆れたように返す。
いつもすぐに寮に帰るブレアとは違い、ここ数日アーロンは友人と話してから帰っていた。
そのためこうして一緒に帰ることはなかったのだが、だからといってそんなに不思議がらなくてもいいだろう。
「そうだろうけど、何でついて……え、一緒に行くの?」
「それ以外に何があんだよ。嫌なの?」
ようやくアーロンの行動の意味に気がついたブレアは、嫌そうに顔を顰めた。
あからさまに嫌そうな顔をされると傷つく。アーロンのことが嫌いなのだろうか。
「嫌ではないけど、わざわざ一緒に行かなくてもいいんじゃない?」
「何でだよ。逆に目的地一緒なのに後ろついてく方が変じゃね?お前歩くの遅えし。」
ブレアは「一言余計。」と唇を尖らせた。
歩くの遅い、と言われたことが気に入らないらしいが、実際歩幅が違うのだから、アーロンが同じ場所を目指すとすぐに追いついてしまう。
「事実だろ。」
「君が速いだけじゃない?」
無理やり否定したブレアは、さっとアーロンから顔を逸らした。
一緒に帰る、と言っても特に話題も用もなく、無言で隣を歩くだけになってしまう。
(……気まず。やっぱタイミングずらせばよかったな……。)
何の話を振ればいいのかもわからず、かといってブレアが気の利いた話題を出すわけでもなく。
ブレアは特に気まずいなどと感じていなさそうなのが、また何とも言えない気持ちになる。
「……ねえ、君が昨日かけてくれた魔法って、どうやって覚えたの?」
アーロンが1人悶々としていると、ブレアが突然口を開いた。
コイツ自分から話すことあるんだ……などと少々失礼なことを考えてしまった。
「お前まだそれ引き摺ってたのかよ。教えねえって言ってんだろ。」
「教えないって言われたのは使い方と原理だよ。せめて使えるようになった経緯くらい教えてくれてもいいじゃないか。」
当然のように言うブレアは、どうしても諦めきれないようだ。
何がそんなに気になるのかはわからないが、確かに経緯を教えないとは言ってない。
「経緯なあ……経緯っつっても何となくで使えたっつーか、気づいたら使えるようになってた?みてえな?お前もんなことねえ?」
「心当たりがないこともない……けど、どうなんだろうね。君が言っていることと、僕が思っていることが同じかどうかはわからないな。」
アーロンが曖昧に答えると、ブレアは難しい顔で考え込む。
黙り込んでしまったので話は終わりかと思っていたが、ブレアは再びアーロンの方を見た。
「あるかどうかは置いといて、何となく使えるようになったなら、あそこまで精巧な術式を言えるのはどうしてかな。」
「あー、最初は言えなかったからイメージだけでやってたんだが、親父がちゃんとした術式教えてくれたんだよ。」
ちゃんと答えたつもりだったが、ブレアはますます眉を寄せて首を傾げてしまった。
「君がなんとなくで使う魔法の正解を、君のお父さんが知ってるの?」
「ああ、ウチの人間は大抵こうなるらしくて、昔の人が精度を上げるために術式を考えた……的な感じらしい。」
「ふーん。」と短く答えたブレアが、観察するようにアーロンを見つめてくる。
見ても何もわからないだろう。
「遺伝……ってことかな。」
「弟も同じだから、そうだろうな。」
そんなに聞かれても、アーロンだってわからないのだから確実なことは言えない。
しかしアーロンも、弟も、父や祖母までそうだったのだから、まあ間違いなく遺伝だろう。
あまり気にしたことがなかったが、ブレアにとってはそんなに気になることなのか。
「遺伝かあ……。」
「んなに不思議そうにしなくても、お前だってそういうのあんだろ?」
小さく呟いたブレアは再びアーロンの方を向くと、少し寂しそうに表情を曇らせた。
どういう顔だよ、と聞くよりも早く、ブレアは顔を前に向けた。
「僕にはわからないけど、あるのかもね。兄とその母親も似たような魔法が使えるんだ。」
「その母親って……お前の親だろうが。」
「……そうだね。」
返事をしたきり黙ってしまったブレアは、やっぱりどこか寂しそうに見える。
何を考えているんだろうなと思った。
アーロンが話した魔法のことを考えているだけかもしれないが、それだけには見えない。
完全に会話は終了してしまったが、話している間に教員寮までついていた。
不思議と初めに感じていた気まずさはなく、ブレアは帰ったらまた本を読むのだろうか、などと考えてしまう。
「――え、ブレア!?」
ぼんやりと歩いていると、突然後ろから大きな声が聞こえた。
聞き馴染みのある声に呼ばれたブレアはハッとしたように振り返る。
こんなに驚いているブレアを見るのは初めてだな、などと思いながらアーロンも後ろを向いた。
「あ、先生だー。」
すぐに無表情に戻ったブレアは、声の主に向けて小さく手を振った。
普段教室でも誰とも話していないのに、知り合いなどいたのか。
その声の主は制服を着ていない。つまり教師であるらしかった。
黒い瞳に赤い髪を持つ、顔立ちの整った若い男性教師。
何故か親しげなタメ語で話すブレアに、教師は焦ったような顔で近づいてきた。
「先生だー、じゃありません!どこへ行くんですか?」
「どこって……見ての通り寮室だよ。」
「寮室って……。」
血相を変えた教師が怒るような口振りで聞くが、ブレアは不思議そうに首を傾げている。
信じられない、とでも言いたそうに呟いた教師は、じっと不審がるような目をアーロンに向けてくる。
「ども……?」
「え、ええこんにちは。1年Cクラス担任のリアム・フロストです。」
アーロンが一応挨拶をしてみると、リアムというらしい教師は戸惑いながらも丁寧に挨拶を返してくれる。
それを聞いたブレアは不満そうに声をあげた。
「えー、先生Cクラスの担任なの?僕の先生になってくれるって言ったのに。」
「仕方ないでしょう、クラスは自由に決められる物ではないんです。来週から魔法基礎の授業は私が担当しますので我慢してください。」
呆れたように言ったリアムは、取り繕ったような笑みを浮かべる。
笑ってはいるが、怒っている気がする。
「ところでブレア、寮室――とは、どなたの部屋でしょう?」
「僕の部屋に決まってるでしょ。」
リアムは目線をブレアの奥、先まで続いている廊下に目を向けた。
戸惑ったような、困ったような、不思議な顔をしている。
ブレアはわかっていないが、アーロンには言いたいことがよくわかる。
そっちは男子寮だぞ、と言いたいんだろう。
「そちらの彼は?」
「ルームメイトだけど。どうしたの先生、なんか変だよ?」
ブレアは心配そうにリアムの様子を伺っている。
一度目を閉じ、状況を整理したリアムは、怒ったように少しだけ眉を寄せた。
「……ブレア、ちょっと来なさい。」
「え、何、どうしたの?待って先生、痛い……。」
ブレアの腕を掴んで引っ張ったリアムは、ハッとしたように「すみません。」と謝る。
1度深呼吸をしたリアムは、にこりとアーロンに笑いかけた。
「すみません。少し話したいことがあるので、ブレア連れていきますね。しばらく帰ってこないと思いますがお気になさらず。」
少し早口に告げると、リアムはブレアを引っ張って行ってしまった。
絶対怒られるんだろうな、と思った。
その後結局ブレアは帰って来ず、消灯直前に訪ねてきたリアムに、ブレアが特例で教員寮に移ることになったと聞かされた。
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