第86話 ただのクラスメイトっていうのも、違うかもね

 今日のブレアは、珍しく機嫌がいい。

 帰ってきたテストの結果がよかったからだ。


 別にテストが全部満点なのは当たり前だが、準備室に寄るとリアムにとても褒められたことが嬉しいのだ。


 今ならあの変態ルームメイトが何をしても許せる。

 ルークもテストが帰って来ているだろうが、彼の結果はどうだっただろうか。

 あれだけ勉強したのだから、いくら馬鹿といえど50点ずつはあるだろう。


 自室の前に着くと、布団から降りたブレアはドアを開けた。


「…………何でいるの、派手髪不法侵入者。」


「悪口をリメイクしてんじゃねえ。ルークに許可貰ってっから不法侵入ではねえよ。」


 部屋の中にいた人を見た途端、ブレアは心底嫌そうに顔を顰めた。

 変態ルームメイトことルーク――だけでなく、何故かヘンリーとアーロンがいる。


「何でいるの?」


「勉強に決まってんだろ。今日大掃除で教室使えねえからな。」


「テストも終わったのに熱心だね。」


 アーロンが答えると、ブレアは感心したように首を傾げる。

 テストが終わったばかりなのに、何を勉強するのだろうか。


「ルークくん、黙ってないでユーリー先輩にテスト見せなよ。」


「……わかってるけど、ちょっと待ってくれ……。」


 ヘンリーが苦笑しながら声をかけると、ルークは俯いたまま返事をする。

 いつもなら帰って来るなりウザいほどブレアを見つめてくるのに、何故か今日は目を合わせようとしない。


「どうしたの。」


「先輩……。」


 布団をベッドの上に戻し、その上に腰掛けたブレアは不思議そうに問いかける。

 重い足取りでブレアのすぐ前まで来たルークは、勢いよく頭を下げた。


「すみませんでした!!」


「え、何怖い……。」


 大きな声で謝るルークにブレアは戸惑っている。

 何を謝っているのかすらわからない。


「全力で謝ってるその馬鹿のテストがコレ。」


 アーロンは数枚のプリントをまとめてブレアに渡す。

 受け取ったブレアは全ての左上に書かれた数字を見て――呆れを通り越して絶句した。


「……嘘でしょ、全部30点台……。」


「でも、全部赤点ではなかったですよ?」


 頭の出来がよいブレアからすると、初めて見る数字だ。

 ヘンリーが一応フォローするが、点数が低いことに変わりはない。


「本当に申し訳ありませんでした。俺なりに精一杯頑張ったのですが、先輩やアーロン先輩のお手を煩わせた挙句、全教科赤点ギリギリという結果になってしまったことを深くお詫び申し上げます。」


「いらん語彙力発揮すんじゃねえ。何でんなに喋れんのに語学の点数低いんだよ。」


 絶対にブレアが怒ると思ったルークは、更に深々と頭を下げた。

 少しだけ顔を上げて、呆れたようなアーロンの方を見る。


「アーロン先輩、接客業で何より大切なのは懇切丁寧な謝罪ですよ?」


「何よりは嘘だろ。だから“懇切丁寧”とか言えるのに何でんな点数取んだよ。」


 無言でテストに目を落としていたブレアははあっと大きな溜息をついた。

 怒られると思ったルークは、慌てて頭を下げ直す。


「……50点はあると思ってたんだけどなあ。」


「呆れすぎて怒れねえの?」


 ブレアは怒らない。何故ならさっき“ルークが何をしても許せる”と思ってしまったからだ。

 ギリギリ赤点ではないし、不言実行ということで、許してあげようと思っている。


「今から復習するんでしょ?なら、別に怒らないよ。次はもう少しマシな点数取ってね。」


「頑張ります……!」


 ブレアがルークに返そうとしたテスト用紙を、横からアーロンが取り上げる。

 軽く目を通すと、眉を寄せてもう一度ブレアに見せた。


「でもよー、コイツこの前合ってたとこも全部微妙に間違ってんだよな。凡ミスしなけりゃ40――いや、50は取れてんぞ?」


「それは僕も思った。寝ぼけてたの?」


 ほぼ同時に顔を上げた2人に見られ、ルークは何とも言えない表情で見つめ返す。

 何かに納得がいっていないような、抗議するような目をしているのだが、何か言い訳でもあるのだろうか。


「他のことを考えてしまって全く集中できませんでした。」


「そういえば、最近上の空って感じだったよね?何考えてたのー?」


 ヘンリーに聞かれたルークは言いづらそうにしながらも、意を決したように答える。


「その……先輩とアーロン先輩って、どういう関係なんだろうって考えてました。」


「は?何そのしょうもない疑問。クラスメイトでしかないでしょ。」


 前もこの話したばっかりだよ?とブレアは顔を顰める。

 付き合ってますか?などと馬鹿な質問をしてくるから丁寧に説明したというのに、まだ納得していなかったのか。


「ただのクラスメイトとそんなに喋らないじゃないですか!今だって距離近いですし、本当はエマ先輩と同じくらい仲良しだったりしません!?」


「仲良くない。仲良しだねってよく言われるけど。」


「余計な一言を足すな。今更どうしたんだよ?」


 アーロンは呆れを通り越して心配するようにルークを見る。

 最近ルークからの視線が痛いと思っていたら、疑われていたとは。


「最初は仲悪いと思ってたんですけど、この前アリサ先輩が“ゆりゆりはアーくんと付き合うんだと思ってた”って言ってて、納得しちゃったんですよ……!」


 情緒が乱れすぎて泣きそうなルークに一同はドン引きしている。

 ルークは勿論エマのことも何度もライバル視しているが、最近はアーロンの方が気になる。


 初めは、仲が悪いのだと思っていた。

 けれど同じクラスとはいえ、一緒にいることが多い気がする。

 美男美女だし、ブレアが気軽に話せる程仲のいい人など中々いない。


「納得しないで。あの子そんなこと言ってたの?意味わかんない……。」


「マジかアイツ……1年の時からずっと訂正してんのに、まだ言ってんの?」


 揃って呆れたような顔をする2人に、ルークは真剣に問い詰める。


「この際はっきりさせてください、お2人って付き合ってない……にしろ友達とかですよね?」


「こんな友達嫌だ。でもまあ確かに、ただのクラスメイトっていうのも、違うかもね。」


 友達でもこんなに怒るんだ……と思いながらヘンリーは苦笑しているが、誰もそんなこと気にしていない。

 ブレアが小さく首を傾げると、「じゃあ何なんですか?」とルークは訝しむように聞く。

 アーロンは答えようとしたブレアの口をすかさず塞いだ。


「何で黙らせるんですか!?先輩に触らないでください。」


「それは悪ぃ、悪ぃんだけど言ったらお前ゼッテーすげえ怒るから言いたくねえんだよ!」


 既に怒ってると思うのだが、アーロンはこれ以上があると思っているのだろうか。

 

「じゃあ怒らないので言ってください。」


「それ怒る人がいうやつだよ?」


 じっと睨むようにアーロンを見ているルークに、ヘンリーはやんわりとツッコむ。

 どう見ても怒りそうにしか見えない。


「お願いします教えてください!俺は先輩のことが知りたいんです!1から100まで全て!!」


「キメエよ変態。マジで怒らねえ?言ったぞ?」


 アーロンがもう一度念を押すと、ルークは深く頷く。

 ブレアの口から手を離したアーロンは、まだ迷うように視線を彷徨わせている。


「白状しなよ。どうせ悪いの兄貴なんだから、大人しく怒られればよくない?」


「何でオレが怒られる前提なんだよ。10:0でコイツが悪ぃんだが?」


 ヘンリーに注意されたアーロンは納得のいかなそうな顔をする。

 何故と聞かれたら勿論日頃の行いだ。


「それに俺、アーロン先輩が先輩に振られたってヘンリーが言ってたの覚えてますよ?それって1度は先輩のこと好きだったってことですよね!?」


「だから振られてはねえって!怖え、圧がすげえよお前……。」


 アーロンから全く目を逸らさないルークは少し怖い。すでに怒っているのではないだろうか。

 大きく溜息をついたアーロンは、ようやく重い口を開いた。


「――オレとコイツ、最初、マジで短期間だけ――――だった。」


「…………すみません怒っていいですか!?!?」


 声を荒げるルークは、既に怒っているのではないだろうか。

 だから言いたくなかったんだよ、とアーロンは面倒そうに、小さな声で呟いた。

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